伯爵を知らない勇者は、死にかける
今日こそ、王女を抱く。
僕は王女の私室の前で、にやりと、思わず笑った。
僕は今日、もやもやむらむらとしたこの感情を、王女にぶつけることを決めた。
いつもお高くとまった高慢ささえ感じるこの国の王女。
貫くかのように鋭い視線は、僕を蔑むかのように、いや見下すかのような視線に、僕はいつかあの顔を崩してやろうかと考えていた。
もう、僕と王女の結婚は秒読みだ。
結婚前に、味見したって問題はない。
いつもここに入ろうとすると邪魔をしてくるエルト殿下はいない。
邪魔だったんだよね。僕のスキルでこっそり入ろうとしてもバレて入れなかったりもしたし。なんか強そうだし。
だけど、その殿下も、カシムに言われて西へと去って行った。
もう僕を遮るものはない。
王女は先日から伏せるかのように私室に籠ったままだ。
僕との結婚が嫌なのだろう。
嫌なら嫌でいいのさ。
それを体に分からせて屈服させればいいだけだから。
「王女様、入るよ」
「……どうぞ」
こんこんっとノックして声をかけると、意外と元気そうな声が聞こえた。
扉を開けて中に入ると、ベッドに腰かけたキャミソール姿だった。あれは異世界風に言えばパジャマなのだろうか。だとしたらなかなか刺激的な服装で寝ているんだなと思う。
薄い絹のような柔らかそうなパジャマ。凝視してたらもしかしたら見えるんじゃないかと思う程には薄い。白いはずの素材が、ほんのり隠された肌の色を映していた。思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
「少し、話しがしたいのだけども。僕と君の結婚について」
「では、こちらへ」
そう言うと、王女は僕を隣へ座るように促してきた。
王女が座っているのはベッドだ。
誘われている。間違いない。こうなったらすぐにでも押し倒して存分に楽しませてもらおうじゃないか。
この私室は、王女によってここ数日は人の出入りを禁じている。
それはもしかして、僕のことを待っていたんじゃないかとさえ思えてきた。
本当は乗り気だった?
だけどキュア王子という男がいたから、あくまで悲しんでいるというスタンスをとらなきゃいけなかっただけ?
……なんだ。そうだとしたら、とんだアバズレじゃないか。
「今日は誰も来ない。なのに僕をここに引き入れた。この意味は、そうとってもいいのかな?」
「お好きなように」
やったっ。
ついに王女を抱ける。
僕に寄りかかってきた王女の柔らかさに興奮は止まらない。
王女がすっと立ち上がると、僕の前に立った。そのまま僕の両肩に手を置く。僕の視界を塞ぐは王女の双丘。珍しい。まさかこのまま押し倒されるパターンなんじゃないだろうか。
なんだ、なんだ。本当に王女も僕に抱かれたくて仕方なったんじゃないか。
そう思い、目の前の双丘から王女の顔を見た。
「イタダキマス」
がぱっと。
王女の口が裂けた。
「ひぃぁああああああっ!?」
大きく開いた口と思われる暗闇。
思わず王女を思いっきり押した。
たたらを踏むようによろめき僕から離れた王女。
なんだ、何をみた?
ベッドから立ち上がろうとするけど、先ほどの光景が目に焼き付いて怖くて思うように立ち上がれない。
ベッドからずり落ちるようにして床に座り込む。
ああ、だめだこれ。
腰が抜けてる。
「餌は餌らしく、じっとしていてください」
先程の口角が頬まで裂けた口ではない。
王女が僕に見せたことのない笑顔でゆっくり近づいてくる。
餌?
餌ってなんだ?
僕の事か?
「来るな、来るな来るなっ!」
逃げる。
逃げなきゃいけない。
食われる。食べられる。
扉へと必死に逃げる。
逃げる逃げる。
「お腹が減っているんです。だから」
逃げたいのに進めない。
匍匐前進みたいに床を這っていた僕の足を誰かが掴んでいる。
「久しぶりのご馳走。いただきます」
「あああぁぁぁぁああああああっ!」
叫ぶ。
誰か、誰か助けてくれ。
「エスフィ姉さん!」
「今の声はっ!? 誰か王女様の部屋に侵入者がっ!」
救援だ。
救援。僕を助けてくれる誰かが来た。
良かった。これで僕は助かる。
そう思ったら、僕は意識を手放してしまった。
「――あぁぁぁ……っ」
ばっと目覚める。
一気に覚醒。
目の前にもしあれがいたら、僕は死ぬ。
すぐさま起きる。
起きようとしたところで、僕はベッドに寝かされていることに気づいた。
「……ここ、は?」
ここは、王城の僕の寝室。
夢?
夢なのか?
そうだよな。王女があんな感じになって僕を食べようなんて。
食べるのは僕だ。僕が王女を思う存分頂くんだ。
それとも僕は、女性に食べられる願望なんてものでもあったのだろうか。
いや、ない。いや、ある。断じて――……と言えないのが正直なところ。
「まあ、予知夢というわけでもない」
単なる悪夢。
だからこそ、今日は王女の元にいって、ついに念願の王女を手に入れるのだ。
立ち上がる。
立ち上がったときに、足首に痛みを感じた。
座る。
ベッドに座って足首を見た。
「ひっ」
足首に、しっかりとついた、人の手で握りしめられたような、痣。
そこは夢の中で王女に握られた場所だ。
「夢じゃ、ない。夢じゃないっ!?」
怖くなって布団を被る。
だけど、そんなことをしていても何が変わるわけじゃない。
生きている。
僕が生きているのだから、きっとすべてがうまく終わっている。
落ち着いてから外に出る。
「いそげっ!」
「緊急会議だっ!」
「これは大変なことだぞっ!」
「情報を集めろっ!」
王城は。
僕の未来の家でもある、王城は、騒がしく、慌ただしい。
それはそうである。
王女が、ドッペルゲンガーに食われて成り代わられて、死んでいたのだから。
そして、それを実行したのが。
まさかの、カシム殿下。
なんてことが、騒がれているのに、そのカシムが王城にいないのだから。




