伯爵狙いの第二王子は、弟の想いにも気づけない
私が帝王になるにあたって、障害となるのは、何もフィン兄上だけではない。
姉上はキュア王子との婚姻を阻まれたことでふさぎ込んでしまって部屋から出てこなくなった。姉上には申し訳ないことをしたとは思うが、私の障害となりかねなかったので仕方がないと割り切ることにした。
もう一人。障害となる相手がいる。
エルトだ。
エルトは西方の領土を任せている。
そのためほぼ帝都に戻ってくることもないのだが、エルト自身の武がまさに危険であると思うのだ。
エルトは、我が弟ながら、帝国のA級ダンジョン【嘆きの牢獄】を中層まで突破した強者である。しかもそこで手に入れた魔剣をも持ち、帝都でも弐つ名を持つに至っている。
帝王の紋にかけた弐つ名――【獅子帝】。ふん、我よりも偉そうではないか。
そのように称されるエルトは、西方の帝国領土だけでなく、北西に位置するナーガ国の七公国の一つとも交流がある。そこの公子とはダンジョンを共に潜る戦友である。
エルトには、七公国のうちの一つが背後にいる。
帝国に比べれば小さな公国だ。しかし、五王七公国を一つにまとめれば、帝国と同じくとても巨大な国となる。
そして、今は停戦・同盟しているとはいえ、元々ナーガ国は争いの絶えない国であった。ナーガ王が一つにしたとはいえ、それでもまだ燻り続ける国だ。
それだけ、個々の武、国力も高い。
ナーガ国ともっとも親交の熱いシアルフィ公国が背後にいるエルトは、公国だけでなく、エルト自身が持つ地域にある戦力――保有する戦力は馬鹿にならない。ランページ以上とは言わないが、帝国で保有する力だけでもそうであるのだ。
なぜ、父上は、エルトにそこまでの戦力を与えたのか、甚だ疑問である。まさに、反乱を起こしてほしいといっているようなものだ。
以前は削ろうと画策した。
だが。難しかった。
エルト自身に隙がない。
あらゆる方面から、それこそ高位貴族の力を借りてみたものの、何一つうまく行かない、結果、逆にエルトに潰された高位貴族もいたほどだ。
我が弟ながら、恐ろしいものである。
その力が、私や私の帝国に向くとは思うからこそ、私はエルトを帝都に来させたくはないのだ。
「……エルト」
「あれ? 珍しいじゃないか、カシム兄から声かけてくるなんて」
だが、そんなエルトにも、弱点はある。
そう――
「――お前、領土に戻らなくていいのか?」
自身の領地。西の領地である。
「……僕の所には何も情報はきていないけど?」
「ああ、お前ごときの情報網では探しきれなかったのだろう。先日、ナーガ国のブリギット公国が我が国に攻めこむ準備をしていると情報が入った」
「……はぁ? ユングウィ・ブリギット公女が? ははっ、兄さん、それは無茶だよ」
「なぜだ? なぜそう思う?」
「あのね兄さん、ブリギット公国は、シアルフィ公国の隣にあるんだ。そしてシアルフィがある限り、こちらには向かえない――いや、むしろ、シアルフィが壁となってくれているからこそ、帝国は襲われることがないんだよ。ナーガ国がインテンスに攻め込むには、必ずシアルフィの領地のど真ん中を通って行かなきゃいけないからね」
「そのシアルフィと共に、といったら?」
「……」
私の助言に笑っていたエルトが私が次に伝えた言葉でぴたっと笑いを止めた。
その直後、私の体全体から、ぶわっと汗が噴き出した。
「……なあ、カシム兄。僕が笑っていられるうちに、冗談はすませておくものだよ」
それは殺気だ。
私に向けられた殺気。
エルトは腰にぶら下げた魔剣に手をかけている。いつでも抜けるように。私を見ながら。
私は、その顔を、ただ固まってみることしかできなかった。
恐怖。
普段と変わらないエルトの顔だ。見慣れた顔だ。
だが、その顔から溢れだすのは怒り。
私への怒りだ。
ただその怒りを向けられただけで、私は今すぐににでも、その場に座り込んで許しを請いたくなった。
そんなのは、帝王になるべく私の矜持が許さない。
だけども、このままでは。
死にたくない。
死んでしまう。
あわよくば、生きるために、いますぐ這いつくばって懇願したい。
その変わらぬ表情の奥に隠されて、私を殺すと言う明確な意思。
これが、ダンジョン中層の制覇者の力なのかと、魔剣を持つ者の力なのかと、私にはないその力に、私は立ち竦む。立っていられるのも不思議なくらいだ。いや、正しくは、座ることも立っていることも、許してくれない。ただ立っていたからそのままでいられただけなのだ。
「……まあ、いいよ」
ふっと、エルトから向けられる殺気が、止んだ。
私の体も、重圧から解放されるかのように軽くなる。酸素さえも消えてしまっていたのか、私は息をしていなかった。突如自身の周りに現れたかのような酸素を、私はすぐさま吸い込む。
息を、息を吸う。
息を吸えることがこんなにも幸せであるのかと、思わず涙がこぼれそうになった。
「兄さんがどうして僕にそんなことを言ってきたのか。まあ正直何が起きていてもどうでもいいし、それに――、――だしね」
エルトが何か言った気がした。だがそんなことをより息を吸うことが必要だった私は、エルトの言葉を、自身の息を吸う音で聞き逃す。
「な、なんだ……なにが、言いたい……」
「……兄さんさ」
気づけば、息を吸うために座り込んでしまっていた私。そんな私を見てため息をついたエルトは私と同じ視線となって、言った。
「ドッペルゲンガーなんて王城に連れ込んで、しかもそれでフィン兄やら僕やら、それともキュア王子やらを殺そうなんて、馬鹿なこと考えてないで、もう少し現実的に自分がどうやって帝王になれるかを考えたらどう?」
「なっ……!?」
知っていた。
まさか、エルトが、知っていたとは。
ぶるぶると震える。
今、私は、エルトに殺されるところまで来てしまっているのではないか。
だからか。
だから私に殺しかねないほどの殺気をぶつけてきたのか。
「フィン兄も言っていたかもしれないけども。僕も、カシム兄が帝王になることにはなんら文句はないんだよ。なんだったら、姉さんだってそうだ。だって、面倒じゃないか」
「め、面倒、だ……と……っ」
「僕にはそうだってこと。なんで自分の姉兄を相手に王権争いなんかしなきゃいけないんだよ。だから僕は父さんに頼んで西をもらったっていうのに」
「……」
なん、だと……?
お前は、そのような理由で、西を……っ。
「まあ、でも。兄さんのその口車に今回は乗ってあげるよ」
「な、なぜだ」
「だって、兄さん、西にまた貴族使ってちょっかいだしてきてるでしょ」
「なっ……」
「暇じゃないんだから、これっきりにしなよ? いい加減僕も疲れるからさ」
エルトは私を立ち上がらせると、ぱんぱんっと、私の服に着いた埃を払いながら言う。
「後さ、フィン兄とマリ姉にもちょっかい出しちゃだめだよ? これは本当に。忠告であり警告だよ」
何がだ。
何を知っているのだ。
何かがあるのか。
「ああ、まあ。あれか。知ったところでもう遅いか。気にしないで」
私には到底理解できそうもないそれに、未来の王として腹立たしさを覚えた。
私を馬鹿にするかのように手をひらひらと振ったエルトは、
「未来の帝王様の仰せにままに。それでは、最愛の弟である私は、西へと引きこもることにしましょう」
そう言って、私に背中を向けて去って行く。
「……殺してやる……」
やはり、エルトは、いつか殺さなければならない。
なぜなら、いつか私を殺しに来るだろうから。
帝国すべてを支配する帝王の地位が、欲しくない者などいない。
油断させたいだけなのだ。
騙されるな。
私は、私は、エルトにも、フィン兄上にも。誰にも帝王の座を、渡さない。
まもなく手に入るランページ。
その力を手に入れ、エルトを倒す。
そして、私だけの帝国を築き上げるのだ。
私の計画は、まだ綻んではない。
「……アルヴィス」
「なんだい? 王子様」
「お前は、今すぐ、先触れとしてランページへ向かえ」
「へぇ? 何をしに?」
「ランページ不可侵法の撤廃とともに、私とマリーニャは、婚姻をする」
「……それは自分で言いに行くといい。撤廃についての先触れはやろう。だが、俺がマリーニャを手に入れる」
「……好きにしろ。できもしないからな」
背中を向けていくエルトに、いつか殺してやると睨みつけながら、私は自身が行うべきことをやりに、ランページのタウンハウスへと向かうことにした。




