ローテンション
久しぶりに続けて作品が出来ました。第10回です。まだまだ続きますのでよろしくお願いいたします。
「もう一緒に警備が出来なくなるな。寂しいよ。」
12月も半ばになろうしていた。数か月前まで、連日30℃越えの日々は今では嘘のようだ。
昨日は雨が一時的に雪に変わり仕事していても身体が凍り付く感じがしていた。天気は良いが今日も最高気温は4-5℃ぐらいだっただろうか。
職場である建設現場で2週間ぶりに”ノブ”とペアを組んで警備をし終わった後、駅前に近いいつもの居酒屋で2人で熱燗を飲んでいた。
いつもであれば、冗談も飛び出しながら2人で馬鹿話をして盛り上がっているのであるが、今日は違う。
と、言うよりオレが落ち込んだ感じになってしまう。
「ヤブさん、別にもう会わなくなるわけじゃないっすよ。東京にはいるわけっすからね。」
「まあな。」
実は”ノブ”、年内を以て警備の仕事を辞めることになった。
「偶々なんですよ。偶々。昔いたグラドルの事務所の先輩の誘いで行くことになったんすよ。」
「良かったよな。出世だよ、ホント。」
「そう言わると・・・。まあそうなのかな。兎に角、先輩と繋がっていたことが良かったっすよ。」
”ノブ”の年明けからの勤め先は芸能プロダクションの”オフィス北条”。俳優が50人以上所属する老舗で力のある事務所だ。最近は有名どころのミュージシャンを移籍させたり、アイドル系も育てている。”ノブ”の先輩の名前は”片桐健司”。現在、”オフィス北条”の取締役営業本部長だ。ここ数年業界では彼の辣腕ぶりが有名で、一時低迷していた”オフィス北条”を再建させた人物でもある。その片桐氏から”ノブ”は、タレント部門担当のチーフマネージャーとしてスカウトされたのだ。
「片桐さんは、昔オレがヤラカシた時も最後まで味方になってくたんっすよ。『辞めなくていい。オレが何とかする』って最後まで事務所の社長に掛け合ってくれたんっすよ。でも、まあね。商品に手を出した以上、オレはもう自分で落とし前つけるしかないって・・・その・・・。」
「前にも聞いたよ。”ノブ”の男気だもんな。」
「辞める時、片桐さんが『またいつか必ず、一緒にやろう!』って言ってくれたんっすよ。オレ・・・実は忘れていたんですけど。”いつか”が今だって言ってくれたんで決めたっす。」
オレは自分自身を情けなく思った。最初出会ったときは「その辺のヤンキー上がりの兄ちゃん」程度と”ノブ”を見下していた気がする。”レイレイ”の事がきっかけにオレはオレの都合で彼を引きずり回したが、嫌な顔せず付き合ってくれた。尚且つ、オレの長年の押し”レイレイ”にもアドバイスをしてくれている。ん・・・待てよ、そう言えば、”ノブ”はオレと2人で話すときは”ヤンキー”言葉で馬鹿っぽく話すが、事、第三者が入ると社会人らしくキチンとした丁寧語で話していた。
”ノブ”はオレ何かと比べられない程の苦労と努力で生きてきた人間だ。敵うわけがない。年下とかも関係ない本当に尊敬出来る”友人”だと思い過去を反省した。
「で、ですね・・・ヤブさん。一つお願いがあるんですが。いいっすか?」
”ノブ”はそう言いオレに迫ってきた。まあ、今までこっちの都合ばかり押し付けいたから、今回は”ノブ”の話を聞くのは当然だ。何もしゃべらず、ただ頭だけを下げた。
「年明け、一緒にホーチミンへ行ってほしいんですけど。いいっすか?」
「え?何だって?」
「だから、一緒にホーチミンに行かないっすか?”レイレイ”に会いに。」
「急にどういうことだよ。」
「スカウトですよ、スカウト。”副島麗香”をスカウトしにホーチミンへ行くんです。ヤブさんにも協力して欲しいっすよ。交通費、宿泊代は”オフィス北条”が全額払いますから。」
途中から”ノブ”が何を言っているか分からないぐらい衝撃的な話しで、オレはあっけに取られた。
「よく分からないんだけど・・・。”ノブ”は何で”レイレイ”をスカウトするんだよ。彼女・・・。わかるだろ、10年クワトロセゾンにいて総選挙は常に”圏外”なメンバーだぜ。それに、クワトロセゾンのメンバーで”大手事務所所属”って・・・。今までトップクラスの4-5人しかいないだろ。」
オレは一ファンというより、客観的なことで”ノブ”に質問をした。
それも一番気になったのはホーチミンへ行くことではなく、”レイレイ”を大手芸能事務所に所属させることだ。クワトロセゾンのメンバー全員は”QSマネジメント”という運営が経営するプロダクションに所属している。ただ、トップクラスのメンバーになると単独で”外仕事”が多くなるため別に外仕事用の芸能事務所と契約するようになる。そう、トップクラスでタレント兼任の有名メンバーでなければ新たに別事務所と契約できないのだ。
しかもだ、”ノブ”が入社する”オフィス北条”はかなり敷居の高い事務所だ。クワトロセゾンの売れっ子ってだけじゃ契約なんて簡単に出来るわけがない。過去に於いても、クワトロセゾンの創成期
にセンターで活躍し数年で卒業した”葉月舞”一人しか所属してないはずだ。”葉月舞”と”レイレイ”では余りにレベルが違う。”葉月舞”は今や日本代表する若手女優だ。
それにだ。”レイレイ”についてオレは”ノブ”と3人で行った西新宿の焼肉屋で分かれて以来、彼女のことを封印していた。そのことは”ノブ”はよくわかっているはずだ。なので”レイレイ”がホーチミンで今どのような活動をしているか、元同僚の北島にも聞いていないし、北島から連絡があってもその話は避けてきていた。
ただ、いずれにしても、彼女は現在、クワトロセゾン・ベトナムのメンバーである事は確かだ。その彼女を大手芸能プロダクションが今スカウトすることの意味が全く分からない。
「あの、ヤブさん。あのね、”クワトロセゾンの副島麗香”をスカウトするんじゃないっすよ。”副島麗香”と言う1人のタレントをスカウトするですよ。」
「どういうことだよ。」
「だって、あの焼肉屋で言ってたでしょ。彼女は『卒業する』って。」
「いや、あれは考えるって話だろ。」
「考えて答えが出ると思いますか?」
「だとしても、今直ぐ”卒業”はないだろうよ。」
「いや、”卒業”させるんですよ。」
「おい!」と、オレは半分怒りに満ちた言い方を”ノブ”にしてしまった。
「ヤブさん、落ち着いてくださいよ。”レイレイ”は今何やっているか、ヤブさん知らないでしょ。」
「知らないよ。封印したんだから。”ノブ”は知っているんかよ。」
そうオレが言うと、”ノブ”は店のオヤジから湯呑みを貰い熱燗の入っている徳利を縦にして思いっきり注ぎ、一気に湯呑みの中の酒を飲み干した。そして、鋭い目でオレを睨みつけ言った。
「オレも知らないっすよ。多分、ヤブさんがホーチミンへ行ったときと同じで”廃墟”みたいな”劇場”のステージで今もパフォーマンスしているでしょうね。でも、ハッキリしたことが分かっているんですよ、オレは。」
そして、”ノブ”はもう1本熱燗を店のオヤジに頼むと再び話し出した。
「クワトロセゾン・ベトナムは、来年3月で解散です!」
オレは・・・。もう言葉が出なかった。オヤジが運んできた熱燗を”ノブ”から奪い、今度はオレが湯呑みを貰って一気に飲んだ。
「何で知っているだ。」
「これでも、オレ、もうすぐ大手芸能事務所のチーフマネージャーですよ。既に情報は入っていますから。」
この話はもう完全に”ノブ”の勝ちだ。オレにはその情報とやらは簡単には取れるものではない。所詮、クワトロセゾンの一オタでしかない。
”ノブ”から詳しい話を聞いた。当初、クワトロセゾン・ベトナムはクワトロセゾン・タイに吸収合併される予定だった。しかし今年の夏以降、またメンバーが離脱し現在、”レイレイ”含めて3人しか残っていないそうだ。”レイレイ”以外の2人のメンバーは誰だか分からないがどちらもタイと合併した際は卒業すると公言しているという。
となると問題は”レイレイ”本人だ。”ノブ”はクワトロセゾン本部の”とある幹部”から聞いたそうだが、”レイレイ”自身もタイに行く気は全く無いらしい。ただ、”卒業”については未だ何も彼女は語ってはいないようだ。
「ヤブさん、”副島麗香”は確かにクワトロセゾンでは日陰暮らしだったけど、本当のタレント性はオレは買ってるんっすよ。彼女、卒業すれば一タレントとしての将来性は高い。なんと言っても彼女は”高学歴”が売りになりますよ。クイズ番組等も含めフィールドはいくらでもあるって。」
「そう言われればそうかもしれないけど・・・、でも、QSの本部と”オフィス北条”の関係はどうなんだよ。ある種引き抜きだろ。」
「その辺はね。オイラが既に上手くやってますよ。昨日、間宮さんに直談判してきましたから。」
「間宮って?もしかして、”間宮祥子"???」
「そうですよ。あの有名な”間宮祥子”QSグループ会長ですよ。」
酒を飲む湯呑みを持とうした手が一瞬止まった。
そしてオレは”ノブ”の目をしかっりみた。いくら”尊敬出来る年下”と言っても、今日の今日まで、オレと一緒に建設現場に出入りするダンプカーやトラックの交通整理をするただの警備員の相方だ。確かにクワトロセゾンについては、彼の後輩が支配人をやっているのでそのコネは利用させてもらったことはあった。でも、まあそんな奴と知り合うって幸運だなぐらいの思いだった。
だが、この話は全く異なる話だ。”間宮祥子”、クワトロセゾンのドンいや、”女帝”と言っていい女性だ。元々は70年代ニューミュージック系のシンガーソングライターで、アイドル的な可愛さがあり人気実力とも他を寄せ付けないカリスマ性のあった歌手だった。80年代後半からはプロデューサー業に転じ、結婚相手の舞台プロデューサー兼振付師”山形憲一”と共にミュージカルの総合演出を行っていたが、2000年代後半になり、”身近なアイドル”を謳い文句にクアトロセゾンを起ち上げ、爆発的にオタ人気を得た。
”間宮祥子”は現在、アイドルプロデューサー業だけではなく、大企業の経営者を取り纏めたり、政界にも通じるエンターテインメント界のカリスマなのである。その人物と目の前の”ノブ”が面識があり、しかも、わがアイドル一押しの”レイレイ”の身の振り方を打合せしている。
少し身震いがしてきた。いや、寒いだけか?
「そんで、間宮さんからお墨付きを貰いましたよ。副島麗香本人がオフィス北条の話に乗るのなら、QSとしては何ら問題ないって。」
だろうな。”間宮祥子”にしてみれば”副島麗香”は、何百人もいるQSメンバーや研究生の一人でしかない。しかも、所属は長いが不人気メンバー、しかも海外にある意味”左遷”させているお荷物メンバー。それにクアトロセゾン・ベトナムは、副島麗香以上のお荷物。”オフィス北条”なんて考えてもいない所からのオファーだから二つ返事OKだったんだろうな。
と、オレは酒も回ってドンドン落ち込んでいった。
「まあ、そんなわけで”レイレイ”ちゃんの外堀はかなり埋まってきているのですよ。そこで、オイラとヤブさんで現地に行って口説くいう流れなんですよ。」と、”ノブ”は相変わらず機嫌がいい。
「でもよ。なんでオレも行くんだよ。確かに直接話や食事もしているけど、結局のところオレは1人のオタだぜ。」
「東海トレーデイングの北島さんっていい人ですよね。」
「はあ?」
また、とんでもない名前が出てきた。北島は東海トレーディングのベトナム支店長代理でオレの同期だぞ。
「実は東海トレーディングさんの子会社に東海エンターテインメントって会社有りますよね。」
「そんなことは知っているよ。だってオレだって東海トレーディング社員だったんだからな。」
「その東海エンターテインメントと”オフィス北条”が、アジアエンタメ共同プロジェクトっての始めるは知ってますか?」
「いや、知らんよ。そんなことやっているのかよ。」
「まあ、これからなんですけどね。で、ベトナム地区の担当がその”北島さん”って方なんっすよ。ほら、東海エンターテインメントってベトナムに今ないじゃないですか。なんで、東海トレーディング・ベトナム支店が代行されているんです。で、今回、オイラが視察ってことになりまして、片桐先輩が直に北島さんに連絡した所、”元社員の矢吹”も呼んでもらえないかって、エンターテインメントに詳しいからって。なんで、これは、東海トレーディングから命じられた仕事なんで、フリーのヤブさんに来てもらわないと”オフィス北条”としても困るんで。へへ。」
「じゃあ、北島もオレが行くこと知っているのかよ。誰も言ってこねえじゃねーか。ふざけんな!」
と、オレはまたまた怒りをあらわにしてしまった。
とは言え、もう関係ないとも言えない状況だ。北島も酷いが”ノブ”も酷い。オレが知らない所ですべてが決まっている。
「だけどよう、なんで北島が言った”矢吹”とオレが合致するんだよ」
「簡単でしたよ。だって、6月にヤブさんが行った話、片桐先輩に言ってましたからね。当然、オイラの出張には来てもらうのは当然だと。」
「本人の許可なく」
「だって、未だ来年の警備のシフト入れてないでしょ。それに”ヤブさん”他に仕事してます?」
「いや」
「じゃあ、協力してくださいよ。したくないですか?”レイレイ”の件ですよ。」
「はい、行きます!」
オレこそ完全に最初から外堀を埋められていた。
そしてオレはフリーランスのコーディネーターと言う建前で”オフィス北条”のスタッフとして渡越することになった。
行きのフライトは6月に行った際と同じ便。つまり夜間飛行の便だ。
羽田を離陸した後、直ぐにとなりの”ノブ”はイビキをかいて寝ている。
オレは未だ何し行くのかも良くわからず、この旅に乗ってしまった。
ウトウトしていると、前回もみたベトナム上空の朝日が眩しく見えてきた。
オタなのに、今回は一押しの”レイレイ”に会うのが少し躊躇しているオレが機上にいた。




