ピンチの順番!
「プロゴルファー⁉」
思わずオレと”ノブ”は同時に驚き大声を出してしまった。
ダメだ・・・。このベトナムの暑さでオレも”ノブ”も幻聴が起こっている。
「そう、プロゴルファーよ。何か問題ある?」
軽く酔いながら、ニコッとして何食わぬ顔で言うのは我が一押しの”レイレイ様”。
やはり、幻聴ではない。
オレと”ノブ”は東海トレーディングの北島ベトナム支店長代理・・・つまり、オレの元同僚で同期の出向えをホーチミン国際空港で受け、北島の車で市内にある東海トレーディングの事務所へ行き、”ノブ”と北島の間で「アジアエンタメ共同プロジェクト」なるオレには良くわからないプロジェクトの打合せをしていた。
夜間飛行で寝不足のオレは殆ど居眠り状態で2人が何を話していたのかも覚えていない。
その後、所用のあった北島と別れ、東海トレーディング運転手付き社用車で、あの”QSV劇場”へ”ノブ”と向かい”レイレイ”出演の公演を観に行く。以前、”ノブ”が言っていた通り出演メンバーは”レイレイ”を含めて3人だけ。そして残ったメンバー2人は、エースセンターの”リンマイ”と北島の秘書であるメイの妹”モチ”だ。オレ自身残っている”レイレイ”以外のメンバーはこの2人であろうことは何となく予想していた。
しかし、劇場は半年前に来た時よりもますます”廃墟”となった感じがした。兎に角、客がオレら以外は2人しかいない。それでも一所懸命に”劇場公演”を行っている3人をクワトロセゾンのオタとして、偉く誇らしく思えていた。”ノブ”は「哀れですよ。可哀想過ぎますよ。」と言ったがオレは立派なメンバーだと感じた。
公演終了後、”レイレイ”と話す事が出来、1時間後に半年前にお世話になった「亜香里さんのお店」で夕食を共にすることになった。しかし、こんなに簡単に”レイレイ”と打ち合わせをして、こんなに簡単に「食事のアポ」が取れるなんて半年前までは考えられないことだった。
今のこの距離感に少し怖さを感じた。
そして、あの「焼肉屋」以来3人での夕食会となり、酒も進んだところで”ノブ”がオフィス北条への移籍スカウトの話を始めようとした瞬間だった。
「元々やりたかったの。だから3月に帰国したらQSも芸能界も完全に卒業・引退するつもりよ。」
オレは長年の”レイレイオタ”だ。先ず彼女の口から”卒業・引退”の言葉が出たのは大ショックだった。ただ次に思ったことは、オレは彼女のプロフィールから将来の夢を含め何でも知っている・・・はずだ。でも、オレの中で「プロゴルファー」は初めて聞いたデータだ。とは言え、本人から直接聞くから間違いなく本当の事だろう。オレ的にはかなり頭が混乱してた。
「なんで、プロゴルファーなの?」
オレはなんの捻りもなく”レイレイ”に聞いた。
「だって、今更OLなんて出来ないし、スポーツには自信があるからね。」
”スポーツには自信がある?”、確かにダンスは素晴らしい。だが、ゴルフは別物だし、それに彼女は取り敢えずオレが卒業した”有名大学”の後輩でもある。他にも可能性はあるじゃないか・・・とオレは言おうとしたところ、”レイレイ”は続けて話し出した。
「3年ぐらい前にQSメンバーでバラエティーの企画でゴルフやった番組覚えてない?」
”バラエティー?”と思ったが、確か・・・、そうだ、お笑いタレントの司会の番組だったと思う。
そういえば・・・。
「もしかして、ゴルフの上手い芸能人とQSメンバーがハンディー付きでラウンドするやつ?」
「ピンポン!それよ。あの時のワタシ覚えている?」
オレは思い出した。そうだ、”レイレイ”が珍しくQSメンバーとしてテレビに出演した番組だと言うか、彼女が全うな地上波のゴールデンタイムの番組出るのは、この時が2度目か3度目位だったはずだ。だから、簡単に思い出した。そしてこの時、初心者のQSメンバーの中で唯一見せ場を彼女は作っていた。
「確か、低い位置のバンカーから直接カップインしたよね。」
「そう、流石ワタシのオタね。で、あれからさ、なんかゴルフに才能があるじゃないかって思って、ゴルフ練習場に暇な時通ったのよ。レッスンプロに指導受けてさ。で、そのレッスンプロさんからも『筋がいい』言われてね。で、QSの暇なメンバーで河川敷のコースとか回って。で、結構勝っちゃったんだ。だからね、もっと練習するば、プロになるチャンスがあるかなって思ってるんだよ。少なくても実力が全てな世界だしね。」
”レイレイ”、ベトナムに来る前の数年何をやっていたんだよ・・・と、オレは思わず言いたくなった。
不人気なりに一生懸命QSで日々精進していると思っていたが、やっていたことは”仕事のできないダメオヤジ”と一緒だった。大体、一緒にやっていた”ダメメンバー”の名前は察しが付く。しかしそれ以上に彼女がゴルフをやっていることも知らず、オレは身銭を出し尽くし応援していたこと一瞬バカバカしくなった。
そして、オレが遠回しでそのことを彼女に言おうした時、”ノブ”が”レイレイ”の目を見て話し出した。
「やればいいんだよ。プロゴルファーも。」と、”ノブ”が一言言った。
「プロゴルファーも?」と不思議な顔で”レイレイ”は”ノブ”を見る。
「そうだよ。タレントもプロゴルファーもマルチに。」と”ノブ”は言うと笑って”レイレイ”を鋭い眼差しで見つめていた。
オレも”レイレイ”の目を見つめた。
”レイレイは何を考えているのだろう”そう思い見つめ続けた。
「私がマルチタレントになれるって。真面目に言ってんの?」
「真面目だ。3月に帰国したら、ウチの事務所に来てくれないかな?」
「ウチの事務所?」
そうだ。未だ”ノブ”は自分が芸能事務所のマネージャーに復帰したことを”レイレイ”に言っていない。まして彼の事務所がどこかも。
「”オフィス北条”だ。ウチならキミをマルチにマネージメント出来る。オレを含め部長の片桐さんも約束してくれている。QS時代よりもっと幅広くエンタメの世界へ活動できるぞ。」
「”オフィス北条”?”片桐さん”って?・・・。あの”オフィス北条”の片桐GMさん?」
「そうだよ。」
「嘘よ。」
「嘘じゃない。」と、”ノブ”言い”レイレイ”に名刺を渡す。
「『オフィス北条・タレント部チーフマネージャー』って。」と、”レイレイ”は言い”ノブ”を見た。
「私が”オフィス北条”なの?」
”レイレイ”完全に酔いが醒めたみたいだ。
「キミ以外ここに誰がいるんだよ。」
確かにそうだ。少なくてもオレではない。
「”ノブ”さん。大丈夫なの?元クワトロセゾンで”オフィス北条”所属って。あの・・・」
「そう、あの”マイン”葉月舞だけだよ。」
「私が”マイン”と同じ事務所。しかも、”オフィス北条”。チョット…にわかには信じられないけど。」
それはそうだろう。まさか”クワトロセゾン伝説のセンター・マインこと「葉月舞」”と同じ土俵に立てるって、これは10年前いや今もそうだが”レイレイ”にとって青天の霹靂以外何物でもない。本人からすると「どっきりカメラ」で騙されている位の冗談としか思えないだろう。
「まあ、後帰国までに2-3ヶ月あるし考えてもらってもいいよ。でも、これはキミの人生で最大のチャンスだと思うけど。違う?」
”ノブ”の言い方は上手い。流石だ。芸能生活10年。その10年間がダメダメで最後はベトナム派遣まで味わった”レイレイ”の気持ちを上手くついた誘い方だ。
そこへこの店のオーナー”亜香里さん”がベトナムのサンドイッチ・バインミーを持って我々の席に来た。
「ピンチを順番にクリアしたんだもん。これからはチャンスにしなきゃ。彼は”チャンスの神様”じゃない?」と”レイレイ”の肩を叩きながら笑ってそう言った。
「チャンスねえ。今までもそう思ったことあったけど・・・。掴むこと出来なかったなあ。」
そうだ、”レイレイ”その通りだ。キミはそのチャンスにいつも人の好さが出て逃しまくってきた。
だからこそ、今度こそ!とオレは心で思い続けた。
「QSVの二人のベトナム人メンバーは心配しなくていいよ。ウチと東海トレーディングさんが組む『アジアエンタメ共同プロジェクト』のメンバー候補としてフォローするから。」
夜でも暑いホーチミンシティで深酔いしている。目の前にいる”レイレイ”が”一つ上を目指す天使”に感じ、横にいる”ノブ”がそれを助ける”神様”に見えてきた。




