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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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24/24

第24話 巫女装束とさくらの恋

「…………」


 ドクン、と。

 昨日の放課後、救急箱を手にした時以上の激しい心拍数の上昇が、僕の胸の奥で起きた。


 ……異常事態だ。視覚的ノイズの出力が想定を大幅に上回っている。


 僕は慌てて視線を逸らし、手元のおみくじの束(全て大吉)に目を落とした。


「……演劇部の衣装のサイズが、真乃極さんの骨格に適合していて何よりです。接客における視覚的プラシーボ効果としては、十分すぎるほどの機能を発揮するでしょう」

「ふふっ、頼斗くんにそう言ってもらえると嬉しいな」


 真乃極先輩は花が咲くように微笑み、またしても僕のパーソナルスペースへと一歩踏み込んできた。ほのかに香る甘い匂いが、スモークの匂いと混ざり合って脳の思考領域を侵食してくる。


 僕は、昨日の放課後、ボールペンで『エスパー育成防衛対策録』に書き込んでしまった、消せない文字を思い出していた。

『至近距離で僕を見つめる、潤んだ瞳の熱量。そして、少し恥じらうような、けれどひどく嬉しそうな笑顔』

 まさに今、目の前にあるその事象が、僕の強固なはずの『確率〇%』の論理を、根底から揺さぶり続けている。


「た、ただちに補充します。真乃極さんは持ち場に戻って、恋愛成就という非科学的な幻想の提供に専念してください」


 僕は動揺を隠すように早口で言い捨て、逃げるように配線ボックスの裏へと身を隠した。

 サイバー神社の喧騒けんそうの中で、僕の論理的防衛線は、かつてないほどの危機に瀕していた。


 +++


 文化祭の熱気に包まれた校内は、どこもかしこも人であふれかえっていた。

 私、伊藤さくらは人混みをかき分けながら、キョロキョロと周囲を見渡した。


「もう、健太のやつ、どこ行っちゃったのよ……」


 シフトの休憩時間、一緒に回ろうと言っていたはずなのに、ちょっと目を離した隙に健太とはぐれてしまったのだ。あいつ、情報通とか言ってるくせに、こういう時に限って連絡もつかない。


「はぁ……一人で回るのもつまんないし、教室に戻ろうかな」


 そう思ってきびすを返そうとした時、ふと、少し離れた廊下の窓際に、見覚えのある横顔を見つけた。


沙紀さき先輩……?」


 三年生の高橋沙紀先輩だ。

 ショートボブの髪を揺らし、アンダーリムの眼鏡の奥の瞳は、どこか遠くを見つめているように寂しげだった。周囲の喧騒から一人だけ切り離されたような、その大人びた静かな横顔に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。


「あ、さくらちゃん。どうしたの、こんなところで一人?」


 私の視線に気づいた沙紀先輩が、いつものハツラツな笑顔を作って近づいてきた。

 さっきまでの寂しそうな表情は一瞬で消え去り、頼れるかっこいい先輩の顔になっている。


「えっと、その、健太とはぐれちゃって……」

「またあいつは……。さくらちゃんを置いてきぼりにするなんて、後で説教しとくわ」


 沙紀先輩は呆れたようにため息をついた後、ふわりと優しく微笑んだ。


「もしよかったら、私と一緒に回る? ちょうど中庭のクレープ、食べたいなって思ってたところなんだけど」

「えっ! い、いいんですか!?」

「もちろん。可愛い後輩を一人にしておくわけにはいかないからね」


 可愛い、後輩。

 その言葉に、胸の奥がチクッと痛んだ。でも、それ以上に、先輩と一緒にいられることが嬉しくて、私は「はい!」と勢いよく頷いた。


 中庭のクレープ屋は行列ができていたけれど、先輩と並んでいる時間は全く苦にならなかった。

 イチゴと生クリームがたっぷりのクレープを受け取り、私たちはベンチに並んで座った。


「んーっ、美味しい!」

「ふふっ、さくらちゃん、口の端にクリームついてるわよ」


 沙紀先輩が、自分のハンカチを取り出して、私の口元をそっと拭ってくれた。

 先輩の指先が触れた瞬間、顔がカァッと熱くなるのが分かった。


「あ、ありがとうございます……!」

「どういたしまして。……さくらちゃんは、いつも元気でいいね。見てるこっちまで明るい気持ちになるわ」


 先輩は眩しそうに目を細めて、私を見つめた。

 その優しい眼差しに、私はすい込まれそうになる。

 ずっと、かっこいい先輩への『憧れ』だと思っていた。

 でも、違う。

 先輩が時折見せる寂しそうな顔を、私が笑顔にしたい。先輩の特別になりたい。


 私……沙紀先輩のことが、好きなのかも。


 賑やかな文化祭の空の下で、私は自分の中にある明確な『恋愛感情』を自覚した。

 健太が私のことを気にかけてくれているのは、なんとなく分かっている。頼斗はあんな調子だし、真乃極先輩の恋も前途多難だ。

 そして、私のこの想いもきっと、簡単には届かない。

 それでも、隣で優しく微笑む沙紀先輩の横顔から、私はもう目を逸らすことができなかった。

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