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「ああああああああ!!」


その頃、ラリータは自室で頭を抱えていた。

思わず、独り言が口をついて出る。


「信じられない……!せっかくのチャンスを、自分で棒に振るなんて……!教授のほうから誘ってくださったのよ!?それなのに、私は……私は……!」


悔しさのあまり、ベッドに突っ伏す。

何度目かわからない後悔を、また最初からなぞるように繰り返していた。


「……こちらから頼んでみる?『お願いします、この部屋で薬を作らせてください』って……?無理無理無理!……絶対無理!!」


がばっと起き上がり、今度は部屋を行ったり来たりし始める。


「だって、さっき……私自ら『騎士団にも調合室があります』、って言ったばかりなのよ!?いまさら、『やっぱり教授の部屋がいいです』、なんて……そんなの、どう考えてもおかしいじゃない!」


自分で言って、自分で否定する。

思考がぐるぐると同じ場所を回り続ける。


「でも……教授は、あと一日しかここにいないのよ……」


ふと立ち止まり、ぽつりと呟く。


「……だったら……」


だが、すぐに首を振った。


「……ダメよ、一度、この恋を諦めたんだもの。いまさら、何を……」


そう言いながらも、胸の奥がちくりと痛む。


「……でも……きちんと気持ちを伝えたわけじゃない……ただ、逃げただけじゃない……?」


自分の頭に、そっと手を当てる。

あのとき。

何年も前、ベールが何気なく頭を撫でてくれた、その感触。

今でも、はっきりと思い出せてしまう。


「……本当に、いいの?ラリータ……」


誰にともなく問いかける。


答えは、とっくに決まっていた。

ただ、それを実行する勇気が、ほんの少し足りないだけだ。


(想いを……伝えるだけでいいのよ。振られるのはわかってる。でも……ここで勇気を出さなかったら、いつ出すの?)


きゅっと、拳を握りしめた、その時だった。


コン、コン。


ドアがノックされる。


「……はい」


「ラリ、僕だ。今、いいかい?」


声に促されて「どうぞ」と言うと、入ってきたのは兄のアルカナだった。

騎士団から直行してきたらしく、剣を携え、騎士団の訓練用の服のままだ。


「どうなさったの?お兄様」


「先ほど父上から連絡があってね。今夜の夕食は、お客様とともに取るので、ダイニングに来るようにと……」


「……また、お父様ったら……」


ラリータは、心底うんざりした顔をする。


「そんなことをしたら、こちらが常識のない家だと思われてしまうわ……」


「……まったくだ。我々は宿を提供しているだけだ。陛下と同じテーブルで食事をするなど、厚かましいにもほどがある……」


アルカナもソファに腰を下ろし、同じように頭を抱える。


「お兄様は、どうなさるの?」


「……無視すれば、父上がまた騒ぐ。騎士団にも迷惑がかかるのは目に見えているからな……仕方ない、参加するしかないだろう」


「……私は……出たくないわ……」


(……そんな場に出たら、『陛下を狙う浅ましい女』だと教授に思われてしまう……)


胸の奥が、ぎゅっと縮む。


(それだけは嫌……ただでさえ、さっきのお誘いに答えられなかったのに……これ以上、印象を悪くしたくない……)


「でも、父上の狙いはラリだろう?」


(……『あわよくば、娘が陛下に見初められれば』……父の考えなど、見え見えだわ……)


「……それは、わかりきっているけれど……本当に、嫌なの……」


沈んだ表情の妹を、アルカナはじっと見つめる。


「そうか…………この一行には、ラリの憧れの人も同行しているんだったな……」


ふと、数日前。

来賓リストを見て、珍しく浮き足立っていた妹の顔を思い出す。


「……会えたのか?」


「……ええ、お会いできたの……でも……」


言葉が途中で途切れ、妹の顔がさらに曇る。

あまりにも悲壮感の漂う表情に、アルカナは思わず立ち上がり、ラリータのもとへ歩み寄った。


「どうしたんだ、ラリ?何か……あったのか……?もしかして、そいつから嫌なことでも……」


もし、ラリに酷い仕打ちをする者がいるのなら、それはもはやアルカナにとって『敵』だ。

アルカナは片手でラリータの頭を優しく撫でながら、もう一方の手を、無意識のうちに強く握りしめていた。


「いいえ……教授は……」


ラリータは小さく首を振る。


「私なんかに、声をかけてくださったの。薬の調合をするなら、場所も貸してくださるって……そこまで言ってくださったのに……」


声が、かすかに震える。


「でも、私……咄嗟のことで、何も言えなくて……結局、返事もできないまま……無視したみたいになってしまって……」


「ラリ……」


ラリータの瞳に、じわりと涙が滲む。


「お兄様だって……自分の言葉を無視するような、そんな女……嫌でしょう……?」


ぽつりと落とされたその一言は、弱々しく、しかし痛いほど切実だった。



目の前の妹は、辺境伯令嬢でも、薬師でもない。

ただ、好きな人の前で一歩踏み出せずに立ち尽くした、ひとりの少女だった。


アルカナは、しばらく何も言わずに妹の頭を撫で続けていたが、やがて静かに口を開いた。


「……嫌だと思うかどうか、か」


低く、落ち着いた声だった。


「それは、相手が『どう受け取ったか』で決まることだ」


ラリータが、驚いたように顔を上げる。


「本当に……?」


「ああ。きちんと話せば、わかってくれるのではないか?……だって相手は教授なんだろう?たしかラリは昔、『教授は生徒の話をよく聞いてくれる』って言っていただろう?」


アルカナは、少しだけ口元を緩めた。


「お兄様……そんなことを覚えていたの?」


その言葉に、ラリータの胸がわずかに軽くなる。


「ああ。あの時のラリは、本当に浮かれていたからな……その教授に憧れているって……」


アルカナは、妹の目をまっすぐ見て言った。


「まだ一日ある。誤解なら、解けばいい……」


兄の声は、騎士団を率いる者らしく、迷いがなかった。


「……ラリは辺境伯の娘だ。まさか、逃げるなんて考えているわけじゃないだろ?」


兄は、わざと揶揄うようにラリータの顔を覗き込む。

ラリータは、ぎゅっと唇を噛みしめた。


その問いかけは、胸の奥にまっすぐ突き刺さる。


「……ええ、そうね……わかったわ。今夜の夕食に出席する……そこで、教授に話しかけてみる」


「……ああ、その意気だ。じゃあ、教授のためにおめかししないとな」


ラリータはアルカナに強く頷いた。

それを見たアルカナは微笑み、ラリータの部屋の呼び鈴を鳴らす。

すぐに侍女がやって来ると、アルカナは着替えを手伝うよう指示し、部屋を後にした。

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