10
「たまにいるんだよな……そう言った生徒が。……すまん……起こしたか」
(私に謝るんだ……そこは……)
ラリータは、内心で思いながらも、視線を実験台に向ける。
「その……何を、やっていらしたんですか?」
すると、教授は一瞬だけ迷った後、ぽつりと答えた。
「解毒薬だ。万能のな。」
その言葉に、ラリータの胸がきゅっと締めつけられる。
(万能な解毒薬?・・・・・・)
「……まあ、まだ完成してないんだがな。いや、正確には・・・・・・完成する気配すらない」
教授は自嘲気味に笑った。
「薬学の頂点? 笑わせる。俺は、この程度で、何年も足踏みしてるんだ……」
(いつも薬学の頂点と言われている、あの教授が……落ち込んでいる?)
ラリータは、ぎゅっと拳を握る。
「……あの」
教授が顔を上げる。
「私もお手伝いしていいですか?」
「……は?」
しばらく沈黙したのち、数秒後ケベック教授は、ふっと小さく息を吐いた。
「……変わった学生だな、君は」
そう言いながら、実験台の横を少し空ける。
「いいだろう。どうせ、今の俺は何をやっても失敗続きだ……君を起こしてしまったことだし、見ていてもかまわない」
ラリータは、ベールの気が変わる前に、その隣に立った。
結局、その実験は朝方まで続いたが、これと言って進展はなかった。
「一階下の南の角部屋に、ソファーがある。みんなが来るまでにもう少し時間があるから、そこで仮眠でも取れ」
「教授はどうされるのですか?」
「俺は、これから行かないといけないところがある」
「……そうですか……」
ラリータは残念そうなため息をつくと俯いた。
ポンと頭にずしりと重みが加わる。
それは、ベールの大きな手だった。
軽く撫でるとすぐにラリータの頭から離れていく。
「付き合ってくれてありがとうな。おやすみ」
ベールはそう言うと、手を振りながら実験室から出ていった。
(え?今の……いい子いい子してくれたの!?)
ラリータは、その場から動けず、真っ赤になりながら、幸せを感じていた。
それから、ラリータはベールを目で追う毎日だが、所詮、教授と生徒。
なんの進展もなく日々を過ごし、いよいよ卒業式を迎えた。
本当は、ラリータは今日、ケベック教授にダメ元で告白しようと思っていたのだが、ケベック教授を探して、教授の研究室までいったのだが、中から女性の声が聞こえてきて、扉を開ける手を止めた。
「……もう!師匠!何度言わせるのですか?もう少し綺麗にしてください!」
「うるさいぞヘーゼル」
「うるさくありません!師匠に言われて王都まできても、なお、部屋の掃除をさせられる身にもなってください!私は掃除婦ではありません!」
「……ああ、たしかにお前は掃除婦ではないぞ。だが、あの本を探したいなら、この部屋を片付けなければならないな」
「まったく!すぐそんなこと言って!」
「あははははっ、短気だなヘーゼルは……」
聞き耳を立てていては失礼だとわかってはいたが、ラリータはその場から動くことができなかった。
(…………あの教授が……笑ってる……)
ケベック教授は、作り笑いのような微笑みを向けることがあっても、本当に笑ったところを見たことがない。
それなのに、いま、この部屋の中の女性と、聞いたことがないぐらいの明るい声で笑いあっている……
(この声のトーンは…………)
ラリータは、そっと扉から手を離して、ゆっくり後ろに下がる。
(……教授にも、好きな人がいたんだ……)
ラリータの緑の瞳から勝手に流れていく涙が頬を濡らした。
(……告白できなかったけど、これでよかったのよね……)
ラリータは、最後に、あの夜ベールといた実験室に行き、叶わぬ思いに気づいてしまい、しばらくその部屋で声を殺して泣いていた。




