野本君の話
この話は厳密に言うならば中古にまつわる怖い話ではない。
しかも、もしかしたらオカルト的な話ではなく、犯罪的な話なのかもしれない。
「たまたまそれが中古業に従事している人の身に降りかかった」というだけの話だ。
その「中古業に従事している人」というのは私(筆者)の高校からの友人、野本君(仮名)である。
野本君は現在、結婚して奥さんと子供と三人で暮らしているが、これを話してくれた頃は独身で一人暮らしをしていた。
私と野本君は、会社も取り扱う品も違うが、お互い「中古業の店長」という立場が一緒だったので、就職してからも時々連絡を取り合っていた。
ちなみに、この話の真相は未だ不明である。
―総合リサイクルショップ勤務 野本君(仮名)の話―
その頃の野本君は、それまで勤務していた店舗から別県の店舗に移動になったばかりだった。
独身だからフットワークは軽いし荷物は少ないしで、引っ越しは苦にならない。
大変なのは新しく着いた店舗でスタッフと上手く働くことだ。
既存の店舗に移動して働くということは、元々そこで働いているアルバイトスタッフの信頼を得ないといけない。
「信頼を得るために最初は、皆がやりたがらない仕事を自ら率先してやるんだ。例えばトイレ掃除とか」という先輩の助言を受けて、野本君はスタッフが出勤する前にトイレ掃除をしておくことを日課とした。
トイレ掃除が皆がやりたくない仕事なのかどうかは別として、野本君のコツコツと地道に仕事を行う姿勢は、アルバイトスタッフの信頼を得ることに繋がった。
ある日の朝、野本君はトイレの床に長い髪の毛の束が落ちているのを見つけた。
髪は異常な長さだった。床は濡れていないのに、髪はぐっしょり濡れていて、黒くぬらぬらとした生き物の様に見えた。
割り箸で摘んで拾い上げるときに、濡れた髪に光が反射してキラキラしていたという光景が妙に印象に残ったらしい。
髪は処分したが、これは何か厭な事が起こるんじゃないかと、野本君は何故かそんな予感がした。
当たって欲しくない厭な予感は、当たるのが相場と決まっている。
その日の午後、売場で陳列作業をしていた野本君の元に、小学校1、2年生くらいの男の子が特撮ヒーローのソフビ人形を手に持ってやって来た。
「はい、これ」
男の子はそれだけ言って、野本君にソフビを渡そうと手を前に出した。
「はい、レジはこちら…」
そこまで言って、受け取ったソフビの違和感に気付いた。
ソフビ人形は通常、胴体に接続部があり、上半身と下半身が分離するようにできている。
そして体の中は空洞になっていて、軽い。
なのに今男の子から受け取ったソフビは明らかに重く、ずっしりとした手応えがあった。
「…これ、買いたいの?」
野本君が男の子が遮るように言った。
「買わない。渡してって言われたから」
「渡してって誰が言ったの?」
男の子は何か喋ったが、野本君には聞き取れず、男の子はそのまま走って店から出て行ってしまった。
厭な予感は間違いなくこれだろうと思ってソフビの胴体をゆっくり外すと、中には濡れた髪の毛がぎっしりと詰まっていた。
長い束の濡れた黒髪は、二つに分かれたソフビを離してもなかなか終わりを見せず、それはまるで上半身と下半身を繋ぐコードのようだった、と野本君は言った。
話を聞いた後、私は野本君にひとつ確認した。
「朝、髪を発見したトイレって、店のトイレのことだよね?」
「言ってなかったっけ、両方だよ。店と、家」
野本君は冷めたコーヒーを一口啜った。
「家で見て、捨てて。店で見て、捨てた。多分だけど、同じ髪だと思う。全部」




