危険球退場、すなわち処刑
ノーコンになってしまったカナリアは、本来の目的も忘れて投球練習に明け暮れていた。
妃教育をサボることはできないので、空き時間に部屋を抜け出しては一人でこそこそとボールを投げる。
道野龍だった時の感覚を思い出し、心を落ち着けて投げても思い通りにいかなかった。
シャーロット姫も呆れながら練習に付き合ってくれた。姫は転生後も幼い頃から練習を重ねていたようで、ボールの扱いには慣れている。
「なんのために投球練習してるのか、もう分かんねーな…」
やれやれとため息をつくシャーロット姫。
「天才としての矜持がありますのっ!」
カナリアの前世である道野龍は、何でも人並み以上にこなすことができた。
幼少期から真剣に取り組んできた野球はもちろん、ほとんど授業を聞いていなかったにも関わらず、勉強だってそれなりにできた。
カナリアとして生まれ変わってからもそれは変わらず、求められることならなんでもできたのだ。
優雅なふるまいも、妃に必要な知識を身に着けることも、美しくあることも…。
カナリアにとってはこれが初めての挫折であった。
それどころか、前世から考えてもまさに生まれて初めての挫折だったのだ。
「絶対に諦められませんわ…」
カナリアがそう言って投げたボールは、またしてもあらぬ方向に飛んでいく。
シャーロット姫はため息をついてボールを探しに行こうとするが、そこで誰かの悲鳴が聞こえた。
「皇子!」
「大変だ!皇子が何者かに襲われた!」
「何かが皇子の頭に…」
「刺客か?!姿を現せ…!」
カナリアとシャーロットは顔を見合わせてごくりと唾をのんだ。
「皇子!目を覚ましてください!」
「早く医者を呼んでくれ!」
皇太子はどうやらカナリアのボールに当たって気を失ったらしい。
「ああ、皇子…」
カナリアは気が遠くなって、そのまま倒れこんでしまった。
その場に残されたのは、シャーロット姫ただ一人。
「あー…なんか、実にやばい状況な気がする」
姫の予想は的中することとなる。
「そこにいるのは誰だ!」
姫は、降参とばかりに首を振り、ミットを外して両手を上げた。
―――――――――――
カナリアが目を覚ましたのは、次の日の夕方だった。
「皇子…!」
がばっと身体を起こしたカナリアは、目覚めと同時に皇子のことを思い浮かべる。
「なんてこと…わたくし、なんてことを…」
「お嬢様!目を覚まされましたか」
侍女が慌てて駆け寄ってきた。そういえば、つい最近にもこんな光景を見た気がする。
ここ最近、気を失いすぎだ。
「アイラッド皇太子は?!ご無事?!」
鬼気迫る様子のカナリアに、侍女は恐怖を浮かべる。
「皇太子殿下は…まだ目を覚まされていません」
「そんな…!」
わたくしが投げたボールが皇太子殿下を死なせてしまうかもしれない。
そう思うと、カナリアの胸は張り裂けそうになる。
「皇太子殿下を襲ったのは、シャーロット姫ではないかと言われています」
「え…?そんな、そんなわけはないわ」
カナリアは状況が分からず、混乱した。
「何者かに襲われた皇太子殿下のそばで、カナリア様は倒れておられました。そしてその近くにいらっしゃったのがシャーロット姫です」
おずおずと侍女は言う。
「違う…違うのよ…皇子にボールを当てたのは…」
「明日の夕方には処刑が行われる予定です」
「えー?!」
カナリアは、この世界に生まれてから初めて大声を出した。
「行かなきゃ!わたくしを姫のところまで案内してちょうだい!」
「お嬢様、その前に身支度を…」
「そんなことどうでもいいわ!何か適当に外に出られる服を出してちょうだい。今すぐ会いに行かなくちゃ…!」
大変なことになってしまった。なぜシャーロット姫が処刑されることになっているのだろう。
処刑の日程もいくらなんでも早すぎる。彼女は何も言っていないの?
とにかく状況を確認しなくては。
カナリアは着替えを済ませ、顔も洗わずに慌てて部屋を飛び出した。




