ep8 - 無力な凡骨ナイトは陰でひっそり眺める!
この世には数えきれないほどの様々な力が存在する。
それは戦闘のためであったり、日常のためであったり、自己のためであったり、様々な力でこの世は成り立っている。
それらの力を取得、利用することで生き物は生き延びていると言っても過言じゃない。
しかし、その中で何に対してもずば抜けている力がある。
世を変え、歴史を変え、人生を変える抗えない巨大な力。
そう、それがこれだ。
「礼を言う。それではまた機会があれば取引させてもらう」
「こちらこそ、ありがとうよ。売りたいモンスター材料があればいつでも来てくれ」
店内でギタノが店主に礼を言って交渉を済ませると、既に店から出ていた俺の所まで近寄ってきた。
「ふっ……はははははっ!やったぞ、ギタノ!ついに俺達にも運が回ってきたぞ!フハハハハッ!!大金だ!大金!!」
そう……その力は、俺が今まさに手に持っている袋に入っているコインだ。
お金だ。
お金だ!
金貨だああぁぁああ!!
全てはここから始まり、ここから終わり、ここから生まれるのだ!
「一体どうしたんだ、ダグザ?周囲の者達が不気味がっているぞ」
確かに街路を往来している者達が、軽蔑な目を向けながら俺を避けて通っている。だけど、今はそんなのどうでもいいさ。
「見ろよ、この大金っ!!これがあれば一週間は楽して暮らせるぞ!いや、節約すればもっと暮らせるかもしれない!痛い目を見ずに済むんだ!狩りなんてやってられるか!これで一週間楽して暮らそうぜ!」
「そうだな。エリザからは俺達だけで分けてもいいって言われているし、これだけあれば数日は食っていけそうだ。しかし、良いのか?フェルンブラスを討伐するのではないのか?そのためにはモンスターや悪魔を狩り尽くして強くならなければならない」
金貨の入った袋を抱き着いている俺を不思議そうにギタノが見つめる。
「何を言っている?そんなもんどうでもいい!生きていれば、何とかなるもんだ。これからはバカなことはもう考えないでおこう。ひっそりと穏やかに生きていこうじゃないか」
自ら危険を冒すことはない。
人生は生き延びたもん勝ちだ。
フェルンブラスをブロックする?
勇者?
世界を救う?
どこのバカがそんなことをほざいたんだ!?
そんなバカなことのために命を懸けるなんて、よっぽどのバカ共だ。
良く考えればこの地方も平和じゃないか。
外は危険だけど、街に居れば安全じゃないか。
モンスターも魔物も襲ってこないし、何よりも頼もしい者達が大勢いる。
俺達は平和に暮らせばいいんだ。
楽な道を選んで何が悪い?
そう、何も悪くないさ。
「ダグザがそういうなら仕方ないが……そのお金が無くなったらどうする?どうせ狩に出なければならないと思うが……」
さっきから俺の思想について行けずに困っているギタノが聞いてきた。
「そ、その時は……その時だ……。俺達は地獄を生き延びたばかりだぜ。少しくらい休んでもいいはずだ」
「そうだな。ダグザの言う通り、あれは地獄だった。俺も良く乗り越えられたと思っている」
「良し、そうと決まればうまいもんでも食いに行こう、ぜ……?」
ギタノの肩を二回軽くタッチして、歩き始めようとしたら、何かがおかしいということに気が付いた。
街中が妙に騒がしい。
街路を行き来していた者達も異変に気付いて、戸惑っている様子だ。
「おい、ギタノ。なんか騒がしくないか?」
「そうだな。広場の方から悲鳴が聞こえる」
ああ。
何かが起こっている。
良くないことが起こっている。
良し、ここはあれしかないだろう。
「何があったのか知らんけど、安全な所へずらかるぞ!」
「いや……逃げるのか?」
広場から逆方向へ進もうとした俺をギタノは遮った。
「俺達の状態を見て見ろ。一日中くそ恐ろしいトロールと戦っていて、身も装備も全身ボロボロじゃないか」
全身も痛すぎてロクに動けないし、装備もボロボロだ。
トロールをブロックするために俺が使っていた盾も、長い間の攻撃に耐え切れずに折れてしまった。
「そうだが……」
ギタノは納得がいかずに立ち止まったままだ。
こいつ、妙な所にプライドが高い……。
広場に続いて、俺とギタノが居る街路までもが騒がしくなった。
好奇心で広場へ向かっている者達もいれば、俺と同じ考えで遠くへ逃げ始めた者もいる。
「広場でやばい連中が争っているぞ!!無関係な者は近づかない方が良い!!」
「ああ!あれはやばい!俺も広場から逃げてきたばかりだけど、四人がかりで小柄な女の子と戦っていたぞ!」
走りながら近くを通った二人組の男性の話声が耳に入ってきて、俺とギタノは恐らく焦りで、二人同時にそれ以上考える間もなく走り出した。
小柄な女の子?
エリザなのか?
エリザなのか!?
あいつら四人がかりって言っていたな。それだと分が悪すぎる。助けになるかどうかはわからないけど、俺とギタノが行って助けなければ……。
俺は色んなことを考えながらギタノと一緒に町の広場へ走っていた。
広場は町の一番賑やかな場所だ。町の中心外れにあり、あそこでは様々な店が集合する商店街にも近いため、多くの人があそこを通る。
住宅が立ち並ぶ街路を通り抜け、広場に近づくにつれて騒ぎが大きくなっているのがわかる。大勢の者達が俺とギタノの逆方向に走っており、進むのがすごく困難になってきている。混乱状態で走って向かってくる者達とぶつからないように避けなければならなくて、すごく進みづらい。
時々誰かにぶつかったりして、
「おい!そっちに向かえば命はないぞ!!」
と、忠告を受けることもあれば、
「どこ見て走ってんだ!前を見て走れ!落ちこぼれ者が!!」
と、理不尽に怒られこともしばしばあった。
まだ町中の道を良く理解していないけど、あの角を曲がれば広場に出られるはずだ。と思い、走る速度を緩めるものの、隣に走っているギタノはそのままの勢いで走り続けていた。
「って、ちょっと待った!」
もう少しで角を曲がっていたギタノをぎりぎりの所で引っ張り戻して、とある何らかの店の壁に背を掛けた。
「ダグザ……?どうした?」
「いやいやいやいや、状況を窺えずにそのまま突っ込んだらやばいでしょう!まずは様子を見よう……」
そうギタノ伝えると彼も同意してくれたらしく、頬に汗を滲んだまま頷いてくれた。俺達は荒い息を押し殺しながら、出来るだけ静かに忍び足でその店の裏へ回って、裏路地に入ると、そこの隙間から広場の様子を窺った。
隙間が狭くてさすがに広場全体とまでは見渡せないけど、それでも様子を窺うことは出来た。
広場の中央には丸型の噴水がじゃんじゃんと踊るように激しい水を吐き出している。その手前には……エリザだ!エリザが居る!
やっぱり小柄な女子はエリザの事だったのか……!
「ダグザ!助けに行かないのか?」
俺より背が高いギタノは背後から身を乗り出し、緊張のこもった囁きで尋ねくる。
「まだだ。もう少し待て!」
俺はギタノだけが聞こえるようにはっきりだけども、小さい声で答えた。
正直、状態が結構やばそうだ。
俺とギタノがどうにか出来るレベルじゃない。
広場の周辺はもう完璧に戦場化されている程に、店や石像が破戒されていた。狭いすき間から窺える程度では、唯一無傷なのはなぜだか一番目立つ噴水だ。
そして、エリザから数歩離れた前には、黒い装備を身に着けた四人の者がフォーメーションを取った形で立っていた。
その四人の中の一人は怪我を負っているらしい。
エリザがやったのか?
四人相手だというのに、さすがだ……。
それでも、状況はよさそうには見えない。
エリザの表情はどこか強張っていて真剣そのものだ。汗を掻いていて息が荒いように、見える……?
本当の所……ここからだとはっきりとわからん。
「女の子を出せ。そしたら今日の所はお前を生かしてやろう」
ナイト用の立派な黒い鎧を身に着けている、体のデカイ厳つい者の後ろに立っている男が喋った。
その男は肌にしっとりくっつく個性的な衣装を身に着けている。
胸周りの服は肩に伸びるように開いていて、両肩には小さなドクロが浮かんでいる。彼は髪の毛を全部後ろへ流し、額を丸出しにしている。
「何の事かしら?女の子なんてどこにもいないわよ?」
エリザは眉を上げて見せて皮肉っぽく答えた。
彼女はいつものローブを身に着けていて、神秘的な黄色に輝く白いロッドを握っている。
「とぼけないでくれたまえ。前回みたいにまた痛い目を味わいたいか?」
その問いに、エリザは何も言わずにただ睨み返すだけだった。
そうか……。
エリザがあの日話していた、悪い連中に追われているとは、こいつらの事だったのか……!
エリザをあそこまで怪我させて、死に間際にしたのはこいつらか……!
畜生。
滅茶苦茶腹が立つ。
こいつらに対しても腹立つけど、一番腹が立つのは何も出来ないでいる俺自身にだ!
全く同じことを感じているはずのギタノも俺より腹が立っているらしかった。
不意に上から唸り声が聞こえてきたので見上げたら、ギタノが歯を食いしばって四人の者達をすごく睨んでいた。
「おい……下水道の時から怪しいと思っていたんだけど、お前ってロリっ娘が趣味だったのか?」
広場から注意を逸らさずに、ギタノを見上げる形で尋ねた。
「……ああ。俺は妹キャラが好きだ」
え……?
「いや、あいつは妹キャラじゃないと思うんだけど……」
ロリっ娘で、どっちかって言うとドSな姉キャラだよ……?
「黙れ……!あいつは妹キャラだ……!」
「そ、そうか……。そうだよな。やっぱり俺もそう思う……」
おお……!
こんな積極的なギタノは初めて見た。
これが恋の力なのか。
俺も、天使バージョンに限るけど癒し系としてエリザが好きだ。
ただ、勘違いはしてほしくないで欲しい。
あくまでも癒し系として好きだ。
完全に恋愛対象外だぞ……。
「ダグザ……!俺は行くぞ……!もう我慢ならぬ……!」
これ以上我慢しきれないと言わんばかりに、声を押し殺しながらもはっきりと怒りが伝わる声音で、ギタノは唇を噛みしめながらも伝えた。
「ちょ、ちょっと待て……!やめろ、やばいって、マジでやばいって……!今行ったら殺されるぞ……!逆にエリザの足を引っ張ってしまうかもしれない……」
広場へ突っ走ろうとしたギタノを、何とか抑えた。
「しかし……うっ……?」
ギタノは俺から解き放そうとしながらも、何かを言おうとしてすぐに口を噤んだ。
それもそうだ。
エリザと敵対している四人の者達の中の唯一の女性が、視線だけを俺達が居る隙間の方に向けた。
全身黒と紫色のローブで身を包まれていて、首周りには何匹もの蛇が生きているみたいにゆらゆらと動いている。
嘘は言わない。マジでここからだと良く見えん……。
良く見えないけど、それでもはっきり伝わってくる。
彼女は殺気で満ちた赤い瞳で、その視線だけを俺達の方に向けている。
俺もギタノも息を止めて、びくりとも動かずに固着したかのようにじっと動きを止めた。
気付かれた?
まさか気付かれてしまった……!?
恐怖で二人共固唾を呑みこんで、冷や汗が頬から滴れ落ちる。
そして、そのまま数秒が経過すると、彼女は前に居るエリザに視線を戻した。
はぁー……。
「こ、こ、殺されるかと、思った……」
「……飛び出すのは、やめよう……」
ああ。
お願いだからそうしてくれ……。
背後でじっとしたギタノを確認し、広場へと向き直った。
「前回はまんまとギリギリ逃げ込まれたが、今回はそうはいかないぞ?エリザ、あの小娘を渡してくれなければ確実にお前を殺す」
「だから前回も答えたし、今回も同じことを言うけれど……ダグロ、小娘?何のことかさっぱりね……」
男はまたエリザを問い詰めようと試すが、彼女は大袈裟に肩をすくめて見せて、明らかに知らん振りを決め込んでいる様子だ。
男の名前がダグロか……。
何故かなんか気持ち悪いな……。
「ダグザ……あいつの名前お前のと似てないか?ああ……この角度から見たら顔まで似てる……」
「似てねぇよ。どこも似てねぇよ。明らかに似てねぇよ。お前の目と耳は節穴かよ……?」
名前はともかく、顔は全く似てねぇよ。
俺の方がイケメンだ。
エリザは余裕そうに振舞っているけど、実際はどうなんだろう……?
本当に余裕か?
それとも強がりか?
いや……俺と全く似てないダグロという男の話から悟れる程度では、前回は四人と敵対してエリザは死にそうになったんだ。
その理屈から考えたら今のエリザは大ピンチってことだ。
「仕方があるまい。教えてくれぬのなら暴力手段に出るしか他ない」
ダグロはそう言いながら背負っていたワンドを構えた。奇妙な黒い煙が漂う不気味なワンドだ。
「仕方がない?挨拶もなしに、いきなり後ろから襲ってきた人が良く言うわね……」
エリザもいつでも戦えるためにロッドを構え直した。
「ロイ、怪我を負っているからあまり無理をするな。俺らだけで充分だ。ローザは俺と一緒に遠距離魔法攻撃を集中してくれたまえ。ジンクはいつも通り攻撃を塞いでくれ。いい加減にあの生意気娘を永遠に仕留める!」
『了解っ!』
ダグロが指示を出すと、パーティの全員が同時に返事を返して、戦闘ポーズを構えた。
彼の指示から考えると、四人の中にある唯一の女性はローザという名前らしく、立派なナイト用の黒い鎧を身に着けているのがジンクというらしい。
そして、怪我を負っていて一番後ろに引っ込んでいる者がロイだろう。
彼は尖ったオレンジ色の髪の毛をしていて、動きやすそうな体全体を包み必着している衣装を着ている。色も、やっぱり黒。
全員揃って黒色の装備を身に着けている。
気味悪い……。
装備から見ると、ロイという怪我を負っている男はアサシンだろう。
パーティの一番後ろに居るのも怪我を負っているからじゃなく、アサシンがアーシャと同様に最も遠距離攻撃を誇るクラスだからだろう。
エリザがあいつに怪我を負わせたのか……。
「あの鎧を着たナイトらしきジンクと呼ばれた者以外、エリザを含めて全員が遠距離撃だ。必然的に遠距離攻撃戦になる」
背後から緊張と焦りが混じった声でギタノが口を開いた。
「ああ。結構やばい状態だね」
ギタノの言うことが意味するものが良くわかる。
普通に考えても四人同時に相手をするエリザの方が完全に不利だ。その上に向こうはブロッカーまでもがいる。
誰にでも、駆け出しの俺やギタノにでもわかる。
エリザに勝ち目はない……。
そう思って、目を瞬いた瞬間に激戦は始まった。