第七十六話
第七十六話です。
王国に迫る巨獣と呼ばれる魔物。
それは、フィルゲン王国以外にも二つの国で突如として存在が確認されたらしい。
全く偶然とは思えない三体の巨獣の出現。
それらを王国側は魔王軍の策略によるものと判断し、事に当たることになった。
「———本来、巨獣は穏やかな気性の魔物です」
巨獣がフィルゲン王国に真っすぐに迫ってきているという情報が伝わってから一時間後。
僕とリーファは、チサトと共に先ほどいた研究室とは別の個室で、巨獣についての説明を受けていた。
「普段は深い眠りについており、目覚めたとしてもそれはごく僅かな時間での栄養補給の一環のみです。それらは大体五十年周期により起こるはずなのですが……今回は何者かにより、強制的に巨獣が目覚めさせられてしまったと考えられます」
説明してくれているのは先ほど研究室にいたローブを着た男性研究員。
彼は、黒板のようなボードに文字が光るペンのようなものを走らせ、巨獣について説明してくれる。
そんな彼にチサトが軽く手を上げて質問をする。
「目覚めさせられたって言うけど……それは可能なの?」
「方法はありますが、かなり無理矢理なものになります。本来穏やかな気性をしていると言われる巨獣が、周囲の環境を蹂躙しながら進むなど、ありえないことですから」
「だとすれば、魔王軍の仕業と考えるのが妥当だね。三か所も同時に巨獣が動き出しているわけだし」
そんな怪物が人の集まっている国に入り込んだら大変なことになる。
もしかすると、最近のモンスターの出没は、巨獣の影響なのかもしれないな。
……そういえば、その巨獣の名前とかあるのだろうか?
「巨獣の姿は、どのようなものなのですか? 名前とかあるんですか?」
「ええ、一応は。個体名はベヒモス、姿は象に酷似しており、とてつもなく大きく、それでいて強固な牙、地上を震わせる巨体と足を持っております」
ベヒモス。
象型というと、大きいがそれほど動きは俊敏じゃないってことか?
いや、その分歩幅が広いから、早さ自体はそれほど関係ないのかもしれない。
「ただいまフィルゲン王国騎士団、並びにギルド各支部にてベヒモスへの対策が講じられております。加えて、ベヒモスの移動により影響されたモンスター達による被害を抑えるために、集落、村、街の人員を派遣し、守らせるように動かさせている最中です」
「ベヒモスとやらを迎え撃つ作戦は考えているようだな」
シフの言葉に研究員さんは頷くが、その表情は芳しくない。
「ですが、それを加味してもベヒモスは大型のモンスター。生半可な人員では、撃退するどころか動きを止めることすらできません」
「……」
実際に見てみないと分からないけど、アフリカゾウの姿をしたシロナガスクジラ以上のサイズのモンスターってことか?
大きさは一種の能力だから、厄介だな。
毛皮とか生えてたら生半可な刃は通さないだろうし、そもそも象の表皮は恐ろしく硬いって話だ。
大きさが大きさなら炎も意味がない。
「リーファとカイト君は、どうなるの? 彼らは無事にヘンディル王国へ戻れるの?」
「チサト?」
「二人は別の国の所属だから、巻き込むわけにはいかない」
僕とリーファの驚く顔を見て、チサトがそう口にする。
僕達を巻き込みたくないのか?
彼女の言葉を聞いた研究員さんは、申し訳なさそうな様子でこちらを見る。
「フィルゲン王国内に出現したベヒモスは周囲の魔物達に影響を与えながらこの国に進んでいます。そのせいで、ヘンディル王国への帰還は困難かと思われます。なので、お二人には、王国で待っていただくか避難していただくことに……」
リーファが僕を見る。
ここは僕にも確認を取らなければいけないと思ったのだろう。
ヘンディル王国に戻る戻らない以前に、大勢の人たちが危険にさらされるかもしれない事態を前に逃げたくはない。
僕の中でも既に答えは決まっていたので無言で彼女に頷く。
「私達もベヒモスの撃退に協力します」
「リーファ……?」
「戦える力があるのに、見て見ぬふりしたくない。だから、チサトと一緒に戦う」
ただ待つことしかできないなら、少しでも戦力になるために戦った方がいい。
それに、僕達がリックさん達に鍛えられたのは、こういう不測の事態に備えるためでもある。
「……分かりました。では、陛下とヴェルガさんにはそのようにお伝えしてきます」
「ヘンディル王国女王、ジェシカ様にも連絡を送るようにお願いします」
「はい!」
研究員さんは、資料を抱えながら部屋を飛び出していく。
ヴェルガさんって、セルジ様の傍に控えていた強そうな騎士さんか。多分、騎士団長という立場にある上の人なのだろう。
「カイト、女王様……怒らないかな……」
「いや、怒らないと思う」
ジェシカ様なら、こちらの事情と行動の意図を分かってくれるだろう。
それと巻き込む形で申し訳ないけど、護衛に来てくれたジェフさん達にも協力を願いでよう。
「よかったの? リーファ、カイト君」
研究員さんが出て行った後、チサトが不安そうな様子でそう訊いてきた。
「うん。ジッとしている方が私達らしくない」
「一人でも多く戦力が欲しい状況だろうからね」
周辺各地のモンスターへの対処に割く人員は、結構なものになるだろう。
肝心のベヒモスへは、かなりの人数が向かうだろうけど話に聞くと、どれだけいても不安は残る。
「私としては古を生きる巨獣に興味があるからな。危険を冒してでも見るべきだと思う」
「キュ」
「む、的が大きければ己の力も十全に発揮できる? 確かに、おぬしの言葉にも一理あるな」
理由はどうあれ、シフもライムもやる気だ。
というより、ライムがちょっと好戦的なことに驚いた。
「……でも、前兆があったとはいえ本当にいきなりだよね」
「前々から計画していたのかもしれないな。三箇所で襲撃の時期を合わせているあたり、統率をとっている者は相当なやり手だな」
シフの言う通り、この事件は三か所同時に事件が起こっていることが厄介なんだよな。
一か所ならまだしも、別々の場所で騒ぎが起こったとするなら、周辺の国も迂闊には動けなくなってしまう。
……。
待てよ、前兆?
脳裏に浮かぶのは、少し前に遭遇した獣人の男だった。
あの人、この国から離れろっていってたよね?
理由を聞いたけど、いずれ分かるって言われてはぐらかされたし、あからさまに怪しすぎる。
「カイト、どうしたの?」
僕の動揺に気付いたのか、リーファが首を傾げる。
とりあえず、一応伝えておこうと思い、獣人の男について知らせてみる。
「いや、あの、さ―――」
先日の一連の会話を説明する。
最初は、なんだ、って顔で聞いていたチサト、リーファ、シフだが話を聞くにつれてその表情は険しいものへと変わる。
「カイト君、その人怪しすぎるよ」
「同感だ」
「その串焼きの人は、カイトに国を出るように忠告してきたんだね?」
もうリーファの中では彼は串焼きの人という認識らしい。
いやそんなことより、やっぱり三人から見ても怪しかったか……。
三人のジトッとした目線から、目を逸らす。
「カイト君ってさ、もしかして天然入ってる?」
「よく気付いたなチサト」
「うん、カイトは天然」
ここぞとばかりに頷くリーファをシフがじろりと見る。
「リーファは人のことを言えたものではないぞ」
「そうだね、リーファも人のことは言えないかも」
「「……」」
チサトとシフに天然と罵られ黙り込む僕とリーファ。
クッ、どこがどうして僕が天然だというのか、納得いかない……!
「とにかく、僕達は巨獣撃退に協力する。その際に正体がバレることになるかもしれないけど……」
「いずれバレることだし構わない。それより人の命が大事」
「ということだから、よろしくね。チサト」
「うん。分かった」
巨獣ベヒモス。
大地を揺るがす猛威。
それがどのような相手かは分からないけど、かつてないほどに大きく、強大な相手には変わりないだろう。
そしてそれに魔王軍が関わっているということとなれば、ニーアの時のような対人戦を覚悟しなくてはならない。
巨獣の三か所同時出現で、他の国も大分ワチャワチャしてますね。




