第七十二話
第七十二話です。
勇者としての交流、といえば聞こえはいいが、その実やることは結構朧気だ。
本来なら、勇者として手合わせなど、従者の紹介などを行うはずなのだが、チサトとリーファでは戦闘スタイルがあまりにも違いすぎるので勝負が成り立たないし、彼女自身正式な従者もいない。
ましてや、一応勇者としての身分を隠しているリーファが、そう表立って勇者として行動できないので、必然的に“交流”の形も大分変ってくる。
「ここらへんに美味しい食べ物があるよ」
フィルゲン王国に来てから三日目の昼。
僕とリーファ、それにチサトとメルさんとフィルゲン王国の市場の近くにまでやってきていた。
「ここ、私が紹介した場所じゃないですか」
「美味しいものが食べられる場所は、他の人にも教える。よほどの穴場じゃなければオッケーなんだよ」
「では、よほどの場所なら?」
「自分だけの行きつけにする。絶対に誰にも教えない私の天国にする。甘いものならなおさらだね」
「いい性格してますね」
メルさんとそんな会話を交わしているチサトは髪色を変え眼鏡をかけて変装していた。
僕も人相書きが出回っているので変装したほうがいいかなって考えたけど、気付かれても誤魔化せばいいので、そのままで歩くことになった。
なぜ、僕達がこの場に来ているかという理由についてだが、単純に隣国の勇者である僕達にフィルゲン王国の人々の暮らしや文化を知ってもらうためとのこと。
ちょっとした世間知らずのリーファと、この世界の世間すら知らない僕には、ある意味で丁度いい交流の形でもある。
「ねえねえ、カイト。あそこで食べよ」
「ん?」
肩を叩いてきたリーファが指さしたのは、香ばしい匂いが漂ってくる屋台が並ぶ場所だ。
貝や魚の串焼きだけではなく、肉などが焼かれている。
僕の足元にいるシフも興味がそそられたのか、そちらを見て鼻を動かしている。
「あちらから一際美味な香りがきているな」
「シフとリーファはこう言っているけど、チサトはどうする?」
「私もいいよ。たまにはああいうの食べたいし」
いつも城の料理を食べているのかな?
メルさんも了承したのを確認しながら、屋台が並ぶ方向へと歩を進めていく。
「おお……!」
思い出すは、夏祭りの屋台というべきか。
今は昼ではあるけど、夜なら間違いなく小さい頃の記憶が思い起こせるくらいの活気のある通りに出た僕は、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
『マジックトラウトの大串焼きあるよー』
『クルメ貝の網焼き、新鮮だよー!』
『ディコンの煮つけ、酒と合わせりゃ最高の組み合わせよぉ!』
「カイト、あれ全部食べたい」
「まずは座る場所を探そうね」
「うん。頑張って探すっ」
なんだろう、子供を連れている気分なんですけど。
きょろきょろと周りを見ながら歩いているリーファに苦笑する。
「なんだか、懐かれてるね。リーファに」
「まあ、なんだかんだ言って、この世界では長い間柄だからね」
「ふーん」
チサトに返事をしながら、屋台を見回す。
すると、視界の端に魚がいれられている大きな生簀のようなものが目に入る。
距離にして約十メートル。
中に入れられている魚達が僕の存在に気付く。
「あ」
しまったと思った時には既に遅く。
僕を見た魚達は、恐慌状態に陥るように暴れだした。
『お、おい! なんだ!?』
『がはは! 水が冷たいなぁ! がはは!!』
魚が暴れたことで水を被った酔っぱらった客が、ずぶぬれになりながら大笑いしている。
さすがにまずいと思った僕は、水槽から離れるように生簀から離れる。
魚が落ち着いたところで、ほっと胸を撫でおろす。
「ふぅ、油断してたな」
動物は好きだが、怖がらせるのは嫌いだ。
極力自分から近づかないようにしているけど、ちょっと浮かれていたかもしれない。
気を引き締めつつ、後ろからついてきた三人へと振り返ると、チサトが微妙な表情のまま口を開く。
「動物に避けられるって、ああいう風なんだ」
「強すぎる純魔って、あそこまで過敏に反応するんですね……」
チサトとメルさんの言葉に「慣れてるから大丈夫」と返しておく。
嫌われているわけではなく、避けられている。
嫌われていないのならそれでいいと、僕は納得してしまっているからだ。
「カイト、早くっ、早く、席探そっ!」
「君はもうちょっと僕のことを気遣え」
「……? それは私の空腹を満たせるの?」
なんてこと言うんだ、この子。
リーファにプチ仕返しをすることを心に決めながら、僕達が座れる席を探す。
どうやら、この屋台が立ち並ぶ通りには、一定の間隔ごとにテーブルと椅子が用意されており、屋台で買った飲食物をそこで食べることもできるらしい。
昼時近くということもあり、テーブルもほどほどに人で埋まっていた。
「チサトさん、あっちの方が空いてそうですよ」
「そうだね。行ってみよう」
メルさんが空いている席を見つけたようだ。
そちらを見れば、六人ほど余裕で座れる席を見つける。
さっそくそちらへ向かい、四人分の席を確保しておく。
「これから屋台で買ってくるけど、このままじゃ席を取られちゃうかもしれないね」
「あ、じゃあ僕が席を確保しておくよ」
「そう? じゃあ、任せようかな」
この王国、というより世界の料理についてはまだよく知らないので、僕は残っておいた方がいいだろう。
シフは、僕とリーファの方をきょろきょろと見て、迷うような素振りをみせているが、僕はそんな彼に笑いかける。
「シフ、リーファについていって僕の好きそうなものを選んでもらってもいいかな?」
「! うむ、分かった!! 任せておけ!」
ぴよーん、と飛び上がりリーファ達についていくシフを見送った僕は、腰の水筒から手元にまで上ってきたライムに視線を向ける。
「ここも活気のある場所だね」
「キュ」
「僕のいた世界と変わらない。良い場所だと思う」
そうなんともなしに呟いていると、二つほど離れた隣の席から何やら騒がしい音が聞こえる。
「ん? っ!?」
見れば、僕よりも頭二つ分は大きい大男が山盛りにのせられた焼き魚と串焼きを頬張っていた。
プロレスラーのように鍛え上げられた丸太のように太い腕。
それに伴い、膨れ上がった筋肉。
そして、頭に生えている茶色い獣耳。
まるでライオンのような鬣を持った男は、がっつくように皿の上の串焼きを食べ、大ジョッキに注がれた酒を飲んでいる。
「やっぱ海産物が有名とあっては、うめぇのなんの! いやー、勿体ねぇなぁ。本当に勿体ねぇ。もうちょっと予定を遅らせるべきか迷うぜ、これは」
すっごい声の大きい独り言を口にする男。
そんな彼を見て、驚いていると、そちらも僕に気付いたのかこちらへと視線を向けてきた。
「———おう、坊主。何見てんだコラ」
「あ、いえ! すみません!! すっごい美味しそうに食べる人だなって思って!!」
何言ってんの僕!?
男はじろりとこちら見る。
周囲の喧騒が聞こえなくなるほどの、緊迫した沈黙に耐えていると、男はニカッと明るい笑みを浮かべると、バンバンと僕の背中を叩いてきた。
「フハハハ! そうかそうか! お前、見どころある坊主だな! ほれ、一本やるよ!」
「あ、ありがとうございます」
すごい勢いで熱々の串焼きを渡されながら、大きな手で叩かれた背中を押さえる。
怖い印象だったけれど、明るい人なのかな?
そう思いちょっと安心していると、男は一つ分席をこちらに寄せてきた。
「おう、連れがいるのか?」
「え? ええ、まあ」
「坊主のコレか?」
串焼きを口にほおばりながら、小指を立てる男。
その意味を理解した僕は、苦笑しながら首を横に振る。
「いえいえ、友達とコンビの冒険者です」
「なんだ、つまらねぇなぁ。見たところ、二十にもなってねぇ年頃だろ?」
「十七歳です」
「おっ、結構若いじゃねぇの。そんな歳で俺みてぇな見た目な奴に話せるとは……随分と肝が据わってんな」
自覚があるんですね……。
冒険者という立場上、怖い魔物とも戦ったことがあるし、何よりリックさん達のしごきを受けてからは、そういうのに免疫がついてしまった感じだ。
あまり誇れることではないけども。
「それにお前さん、中々腕に覚えがあるように見えるぜ」
「それはお互い様というやつではないでしょうか?」
そう返すと、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「おっ、分かるか?」
「その筋肉を見れば」
「分かるのかぁ!!」
「ええ、勿論!!」
男なら一度は憧れる筋肉。
もう、見ただけで強いって分かる。
「ははは、面白い坊主だな。名前を聞いてもいいか?」
「ええ、カイトと申します」
色々と事情があるので下の名前だけ教える。
男は特に気にした様子もなく、最後の一本の串焼きを口に運ぶ。
「カイト。お前さん、この国の奴か?」
「いえ、ちょっとした用事があって隣国から来ました」
「……ハッ、そうかそうか。お前さん、運がいいな」
少し驚いた表情を浮かべた男は、しきりに何度も頷く。
運がいいとは?
「これは、ここで知り合った面白い奴に言っているんだが。なるべく早く、この王国から出たほうがいいぞ」
「……はい? どういうことですか?」
「時がくれば分かるさ。よっこい、せっと」
そう言って串だけが積み上げられた皿を持った男は、ゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろす。
やはりというべきか、男の身長は天井につきそうなほどに高い。
「じゃあな、カイト」
不敵な笑みと共に手を振った彼は、通りの方へと歩いていく。
人々の波に入ってその姿が見えなくなっても尚、呆然としていると、ふと手元の手のついてない串焼きに気付き、一口頬張る。
口の中に広がる肉汁。
これでもかというくらいの濃い目のタレ。
そして、何より牛肉を思わせるガツンとくる脂身。
その三つが混じり合った結果、僕の声帯は勝手に声を発してしまう。
「……美味い」
市場の屋台。
恐るべし。
例え、魚を扱ってなくても美味い。
ひたすらに味を堪能していると、屋台に食べ物を買いに行っていたリーファが戻ってくる。
しかし、なにやら落ち込んでいる様子だ。
「カイト、ドラゴンの串焼きが売り切れてなかった。代わりに、別の美味しそうなもの沢山買ってきたけど……」
「ん?」
「串焼きぃ―――!?」
両手に紙皿をのせたリーファが僕の手の串焼きを見て驚きの表情を浮かべる。
串焼き? いやそれは僕も分かるけど……ん? ドラゴン?
「え、これドラゴンなの!?」
「知らないで食べてたの!? た、食べさせて! がぁぁ!」
「そんな獰猛な、あーん、見たことないよ。ほら、残り全部上げるから座りなさい」
目を光らせながら口を空けるリーファにドン引きしながら、僕は先ほどの男について考えた。
この王国から離れろとは、どういう意味だろうか。
もしかして、何かが起ころうとしているのだろうか?
日常パートに不穏な雰囲気を混ぜていくスタイル。




