第七十一話
第七十一話です。
僕とリーファの実力をフィルゲン王国の皆さんの前で見せた後、改めて僕達とチサトの交流が始まることになった。
その前にこの王国の魔法使いの方々から純魔の魔力について調べさせて欲しいと詰め寄られたけど、いきなりそういうのはさすがにと思ったので後日、日を改めて研究室? の方に向かうことになった。
「チサトの魔法って、派手だよね」
「え? そう?」
午後、魔法の訓練という形で交流を行っていた最中、魔力で作り上げた水を宙に浮きあがらせているチサトを見て、リーファがそう言葉にした。
先ほどから彼女は水をお手玉のように操り、その形を自在に変えている。
「そういうリーファは、カイト君の魔力を食べたらすごいことになってたけど」
「あれは私の体質みたいなもの。というより、私は獣人じゃないよ?」
「え!? そうなの!?」
まあ、そりゃ驚くよな。
リーファって一見すると獣人にしか見えないし。
そもそも魔物の力が混じっている人間自体珍しいらしいから、普通は獣人だと思うはずだ。
「私は魔物の力が混ざった人間だから、カイトの魔力を食べると強くなるの」
「おお、それじゃあリーファは変身できるってことなんだね」
「うん。あまりもらいすぎると暴走してカイトに噛みついちゃうけど、今は大丈夫」
なんで暴走したら僕に噛みつくことが決まっているのかな?
もしかして純魔関係で優先的に狙われている……? その可能性は高そうだな。
「でも魔法に関しては、私は影を操るけどチサトみたいに華がないし……」
「便利さならリーファの方がいいと思うけど? こう、シャドーピープルみたいに動いたり、影を操ったりできるし」
「「……?」」
シャドーピープル? なんぞそれは。
首を傾げる僕とリーファに、チサトはなぜか僕の方に不思議そうな視線を向けてきた。
「えっ、知らない? シャドーピープル。ほら、UMAとかで出てくるあれ。黒い人型の現象みたいなの」
「い、いや、知らないかな?」
元居た世界では結構メジャーなものなのかな?
なんとなく都市伝説っぽい。
でも、チサトは元の世界でも色々な本を読んでいたらしいし、そういう方面の知識が豊富なのかな?
なんとなくチサトの言うシャドーピープルなるものの意味が分かったのか、リーファが唸りながらも頷く。
「影を操る人って認識なら、そうだよ。んー、あ! 影の中に潜んでカイトを驚かせるのは楽しいかな」
「……」
こいつ、さては前に叱ったのに懲りてないな。
なら、こっちにも考えがあるぞ。
「シフ、ライム、リーファお仕置き用のビリビリ形態を考えよう。正座で痺れた状態を再現するのが目標だな」
「え、あ、そ、それだけはやめてっ!」
「うわぁ……あれ地味にきついよね」
先日の正座はよほど辛かったように見える。
あの何とも言えないビリビリ感を再現させるのは至難の業だが———、
「リーファのためになるのなら、僕は力を尽くそう。やるぞ、ビリビリ形態」
「面白そうだからやろうぞ!」
「キュー」
「さ、させるかー!」
リーファが飛び掛かってくるが、君が物理で来ることは分かっていた。
即座に水筒からライムを引き抜いた僕は、その形を縄状にさせながら放り投げる。
僕の魔力によりしゅるるる、と音を立ててロープへと変わったライムは一瞬のうちにリーファへと巻き付き、その動きを拘束してしまう。
「フッ、甘いなリーファ」
帽子と変形したシフを指先で押し上げながら笑って見せると、リーファも不敵な笑みを浮かべる。
「甘いのはどっちかな……!」
「ッ、なにぃ……!?」
身体が動かない、だと?
目線だけ下に向けると、拘束されているリーファの手が僕の影に触れている。
影踏みか……!
「……なんでごく自然にバトルが始まってるの?」
これが日常みたいなものだったので。
とりあえず、これ以上は不毛なので互いに拘束を解く。
身体を動かせるようになった僕は、チサトへと話しかける。
「そういえば、チサトの魔法ってよく見てなかったけど、どういうことができるんだ?」
「何食わぬ顔で話しかけてきたね……」
「?」
「あー、うん。あえてツッコまないでおく」
やや疲れたようにそう返事した彼女は自身の意思で操った水の魔力を様々な形へと変える。
「おお……」
「基本、水でできることなら大抵のことはできるよ? 魔力操作はちょっと苦手だけどね。あとは……」
さらに水を操り、大きさ三メートルほどの球体の形へととどめた彼女は、それを目の前に浮かべる。
そしてなんのためらいもなく彼女はその中へと入り込んでしまう。
傍から見れば、チサトが水の中に入ったように思えるけど中身は空洞のようだ。
「こうやって、水のバリアだって作ることもできるし、浮くことだってできる」
「私も入りたい!」
「どうぞどうぞ」
音を立ててチサトのいる水の球体へと入り込むリーファ。
濡れた髪と服にしみ込んだ水すらも操り、一瞬のうちに乾かせてしまった彼女は、今度は自身が魔力で作り上げた水を海へと流し込んだ。
「それと私の水が、混ざってしまえば……」
グッと掌を海へと向けたチサト。
すると、訓練場から見える海面が大きく盛り上がり、高さ十メートルにも上る大きな手が飛び出してきたではないか。
それはチサトの手の動きに合わせるように、手を開け閉めし、横に揺れる。
あまりの光景に僕達は驚きの声をあげてしまう。
「えええ!?」
「こうやって自分の魔力で作った以外の水分を操ることができる」
そう言って海面に現れた巨大な手を消し去ったチサトは、呼吸を整えながら自身とリーファを包み込む水の球を消し去る。
「これは疲れるし、操れる量には限界があるからあまりやらないけどね」
「へぇ、水中で無重力卍固めとかできるね」
「うん……うん?」
なぜかチサトが首を傾げる。
数秒ほど困惑した様子を見せた彼女は、今度は僕の使い魔たちを見てくる。
「私の魔法は強力だけど、その分弱点もある」
「そうなのか? 一度発動してしまえば、無敵のように見えるけど」
「発動するまでが大変なんだよね。水気がある場所ならいいけど、ないと自分の魔力で水を作らなきゃならないし、何より私自身が貧弱だし」
「なるほど」
たしかに魔法を使われる前にチサトが攻撃されたらおしまいだな。
戦う相手もその弱点を知っていれば集中してチサトを狙ってくるだろうし。
「そのために出が速い近接用の攻撃とか考えているけど……」
「どういうの?」
興味を持ったのかリーファが寄ってくる。
水を手元に引き寄せたチサトは、ぐるぐると水晶を回すように水を操る。
徐々に棒状へと変わっていったそれは、彼女の左手へと握られる。
「水の剣?」
「ううん、切れ味はないから、どちらかというと杖だね」
たしかに言われてみれば杖だな。
水で構成された半透明の杖、それは常に流動し、彼女の魔力の光を放っている。
「杖って近接用の武器になるのか? 魔法を使うための媒体ってイメージしかないけど」
「ファンタジーではそうイメージしがちだけど、杖もれっきとした武器だよ。杖術とか杖道って言ってね。夢想権之助って昔の人が使ってたことで有名らしい」
「チサトも使えるの?」
「ううん、別に本で読んで知ってるだけ」
駄目じゃん!?
扱い方は分からないけど、知識はあるという感じか。
「じゃあ、私とカイトでチサトが近接戦闘に慣れるように手伝えばいいんだよね」
「うーん、やっぱりそうするしかないよね。気は進まないけど、命に関わることなんだし」
チサトは乗り気ではないようだが、今後のために必要なことだとは思っているようだ。
そんな彼女を安心させるように、リーファは彼女の肩に手を置く。
「安心して、私もカイトも殴り合いは得意だから」
「どこに安心しろと……?」
「それにボコボコにされ慣れているからな。手加減は身をもって覚えたので、安心してくれていいぞ」
「どこに安心しろと!?」
ここに来る前にひたすらにボコボコにされ続けながら訓練しただけだ。
その後、僕とリーファはチサトの訓練を手伝いながら一日が終わりとなった。
現状、これが勇者と従者としての正しい交流かは分からないが、この調子ならうまくいきそうな気がしてきたな。
杖術はイメージ的に渋くてかっこいいですね……。
いや、チサトは使えませんけども。




