第六十九話
第六十九話です。
フィルゲン王国訪国、二日目の朝。
テルアさんに案内された先の訓練場は、城の裏手にある海に面した広大な空間に存在していた。
静かなさざなみを繰り返す海面と、港のように作られたコンクリートのようなもので固められた地面。
そこにはいくつも突き刺してある白色の的が一列に並んでおり、他にも海面から突き出しているものもあった。
『あれがヘンディル王国の勇者とその従者か』
『どれほどの実力なのか、見物だな』
『本当に、あれが勇者様のご同郷の方なのか?』
この場に来るまでにそんな騎士達の囁き声を何度も聞こえた。
僕達の実力に興味を持っている人や―――、
『実力があるといっても、まだ年若いな』
『伸びしろはあれど、力が伴ってなければ意味がないぞ……』
『従者はテイマーなのだろう? 期待するだけ損じゃないか?』
懐疑的なものまでいる。
僕にはそんな会話しか聞こえなかったけど、耳のいいリーファとシフはもっと色々な話声が聞こえてきているはずだ。
多分、僕達の実力を疑って心無い言葉を口にしている人もいるかもしれない。
「全力で……全力で……」
「我が主を侮ったこと、目にもの見せてやるわ……」
「キュゥ」
「ちょっと待って落ち着いて」
僕以外の皆が剣呑な目をし始めたので、なんとか落ち着かせながら訓練場へと足を踏み入れる。
その際に案内してくれたテルアさんと別れ、訓練場の景色を見渡してみる。
「……フィルゲン王国の訓練場。想像していた場所とはちょっと違うなぁ」
「すごい。あっちもすごい広かったけど、こっちも広いし、なにより海がある」
「うむ、私も海というものをここまで近くで見たのが初めてだが、本当にすごいな!」
僕自身、海というものがあまり見慣れないものだから、シフのようにテンションも上がるってもんだ。
目の前の景色にただただ目を奪われていると、視界の端に用意された客席のような場所に、この国の王様、セルジ様と彼の側近らしき老人と、背の高い男、ヴェルガさんがやってきた。
セルジさんが先に座り、やや遅れて老人が座ったことを確認したチサトが、僕達の元へとやってくる。
「リーファもカイト君も、いきなりごめんね。こんなことになっちゃって」
「いや、問題はないよ。これもいわば、交流みたいなものだしね」
この場を観戦している人物は予想を超えて少ない。
セルジ様、側近らしき老人、何人かの実力のありそうな騎士の集団、そしてローブを纏った魔法使いらしき人。
多分、リーファが勇者だということはまだ秘密なので、他の人々が見にこられないようにしてくれたのだろう。
「的とかたくさんあるけど、私とカイトはどうやって自分の実力を示したらいいの?」
「とりあえず自由……って言いたいけれど、できるだけ王様に見えやすい場所の方がいいかも」
「なら、順当に的に攻撃を当てる感じでいいね。あれの強度はどのくらいあるの?」
リーファが指さしたのは、海がある方の地面に突き刺さった白色の的。
元は五本並んでいたのだろうが、真ん中の一本が半ばから砕け散っており、残りは四本だけに見える。
上半分が人の形をしており、見た目からして固そうだ。
「騎士達のために特注で用意されたものだね。集団戦闘訓練に用いられるくらいのものだから、相当な強度を持っているはずだよ。……前に一個壊しちゃったけど」
ボソリと小さく呟いた声に、僕は苦笑する。
まあ、不思議とは思わない。
なにせ、コカトリスの時もあれだけの魔法を使えたんだ。
水の魔法という時点で、多岐に渡る応用性を約束されているのだ。それに加えて、強大な魔力とあっては何ができても不思議じゃない。
「じゃ、私もあれを壊す」
リーファの宣言にチサトは驚きの表情を浮かべる。
「もしかしてリーファって、負けず嫌い?」
「うん。負けず嫌い。だからチサトに勝つよ」
真っすぐと視線を合わせた彼女が頷くと、チサトはくすりと笑みを浮かべた。
「なら、私も負けてられないね。頑張って、二人とも」
そう言って僕達から離れるチサト。
三十メートル離れたところで、立ち止まった彼女は、他の人々と同じように僕とリーファを見つめている。
暫しの沈黙の後、白い的を睨みつけていたリーファがこちらへ振り向く。
「カイト、魔力ちょーだい」
「……マジで本気で行くの?」
リーファが僕の魔力を要求する。
それはすなわち、彼女が正真正銘の本気の力を扱うことを意味する。
僕の問いに、彼女は迷いのない瞳のまま口を開く。
「決めたから」
「……そっか。なら僕も協力しないとね」
掌に純魔の魔力を浮かべる。
僕の魔法を見て、魔法使いらしき人達は驚きの声を上げる。
『嘘!? あれ、純魔の魔力!?』
『しかも金色だぞ!?』
『金の純魔なんて、化石レベルの希少系統なのに……まさか、人間が持っているなんて……』
『け、研究したい……いや、せねば……!』
若干のパニックを起こした魔法使いを怪訝な表情で見る騎士達。
魔法専門の方から見たら、やっぱり僕の魔法は珍しいんだな。
そんなことを考えながら、掌に浮かべた魔力を、魔力弾へと変えリーファへと渡す。
「はい」
「いただきます」
僕が渡したそれを受け取り、リーファが口の中に放り入れる。
彼女の身体が金色に包まれると共に髪が伸び、彼女の黒い髪色と同じ色の尻尾が生えた、ニーアと戦った時と同じ姿になる。
しかし、それでもなお彼女は冷静さを保ったまま目を瞑っている。
純魔転身―――魔物としての力の一端を解放し、尚且つそれを短時間ではあるが自分のものにした姿だ。
「影纏い」
両足の膝から下、両腕の肘までを全て影で覆った彼女は身を低く構え、そのまま地面が爆ぜるほどの脚力で、前方へと飛び出した。
そのまま一直線に突き進み、鋭利な形状へと変えた爪を白い的へと叩きつける。
「ハァッ!」
バギャッという鈍い音と共に、あっさりと白い的を貫通させるリーファ。
あまりにも呆気なく、強固な硬度を誇る的を腕力のみで貫いたことに驚愕する面々だが、リーファの攻撃はまだまだ終わらない。
「ふんぬぁぁ……!」
そのまま腕を突き入れ、力を籠めた彼女はそのまま腕力のみで的を地面から引き抜こうとする。
地面に罅が入り、メキメキと軋む音が響くと的は根元から折れるように引き抜かれる。
「ぬんっ!」
周囲の驚きの声が響く中、的を勢いよく宙へと放り投げたリーファは自身の影へと手を添える。
「影沼」
リーファの影が大きく広がり、そこに放り投げられた的を影で呑み込んでしまう。
どぷん、と音を立てて沈んでいく的。
それを鋭く睨みつけた彼女は、自身の影にさらに魔力を送り込む。
「——囲み槍」
その呟きと共に、影から幾本もの黒い槍が突き出され、一瞬にして串刺しにされた的が影から宙へと浮き上がる。
最後の一槍で、ボロボロだった的の中央が貫かれ、支えを失いそのまま串刺しにされたところで、リーファは地面から手を離しゆっくりと息を吐いた。
「……よし!」
そんな彼女と、的の惨状を無言で見ていた僕とシフは、彼女の本気のえげつなさに頬を引き攣らせる。
「どう見てもやりすぎだよなぁ」
「うむ……」
周りの人達、リーファの尋常じゃない動きに絶句してるもの。
「攻撃回数こそ少ないけど、その分威力がありすぎる……」
「うむ。戦闘上致し方ないが、攻撃に殺傷力がありすぎるというのも困りものだな」
リーファの能力は中々に極端だ。
攻撃に集中しようものなら、間違いなく相手は大怪我をする。
しかし、手加減しようものなら迂闊な攻撃技を使うことはできない。
一つ言えることは、その応用性は既存の魔法を遥かに凌駕しているということだ。
「ただいま」
「うん、おかえり」
自身の影に潜って僕の隣に出てくるリーファをねぎらう。
既に変身は解けているようで、尻尾も髪も元に戻っている。
「次、カイト。頑張ってね」
「頑張ってって、言われてもなぁ」
リーファがあれほどのインパクトを見せつけた後だ。
ここで僕が何かしらやってもひたすらに地味なだけだと思うのだけど———、
「よし、カイト。リーファに負けないくらいのすごいのかましてやろうぞ!」
「キュー!」
僕の頼れる使い魔、シフとライムも張り切っている訳だし、いっちょ真面目に本気でやってやりますか!
やっぱり勇者というよりアサシンよりのリーファ。
えげつなさではカイト以上かもしれませんね。




