第六十八話
お待たせしました
第六十八話です。
振り返ってみると今日は色々と大変だった気がする。
初めて訪れたフィルゲン王国で、いきなりコカトリスと戦うことになって、その後に王様―――セルジ様と謁見することになった。それで明日の午前中にリーファと僕の実力を見せることになったりと、まだまだイベントが続いていきそうだ。
とはいいつつも、大変なことばかりではなくいいこともある。
城内の来客用の食堂にて出てきた料理はとても美味しく、特に見たことのない魚料理は唸るほどの美味さだった。
「城の中も結構広いですね」
「慣れれば移動も楽ですが、最初は迷う人が多いんですよ?」
「やっぱりですか?」
夕食後、僕は気分転換がてら城内を散策していた。
僕が迷子にならないようにメイドさんが一人ついてきているので、散策ではなくただの散歩といってもいいかもしれない。
「すみません。お忙しいのに、ついてきてもらってしまって」
「いえいえ、お気になさらず。貴方様に不自由なく滞在していただくのも、私共の役割でありますから」
城内には魔具による明かりに照らされ、夜なのに昼間のように明るい。
温かい光に照らされた道を進みながら、城内の景色に目を奪われていると、ふと、僕の少し後ろを歩いていたメイドさんが声をかけてきた。
「そういえば……ご一緒だった使い魔がたは?」
「ああ、あの子達はちょっと……留守番してもらったんです」
たまには僕一人で行動しようかなって思って、部屋で留守番をお願いした。
ここは安全だし、もし何かあったとしてもハクロがいるから大丈夫って考えもあるけど、純粋になんとなく一人になりたかったって気持ちもある。
「正直な話、王国内で噂されていたアリハラ・カイト様が貴方様のような方だとは思いませんでした」
「ハハハ、我ながらパッとしないでしょう? 僕」
「そのようなことはありません。むしろ、貴方様の名を騙っていた者達が本物だったらどうしようと思っていました。———彼ら皆、自分のことしか考えていない人たちでしたから」
……ん? 地味に棘のある感じが……。
笑みを浮かべたまま首を傾げると、メイドさんは続けて言葉を発する。
「チサト様は、ずっと寂しい思いをしていらっしゃったのに、その気持ちを知らずに遊び半分な輩が、彼女の元へ押しかけました」
「遊び半分、とは?」
「大道芸人、貴方様の名を騙る報奨金目当ての偽物、勘違いの騎士、ただの犬などなど、両手の指では数えきれないほどですね」
「……頭が痛くなってきましたよ」
そんな沢山の人達が僕の名前を騙って大勢で押しかけてくるなんて、想像もしたくない。
というより、ただの犬ってなんだ?
どういうこと? 犬が僕なの? 僕が犬に見えたの?
なにそれ誉め言葉? それとも犬に嫌われていた僕への嫌味かな?
我ながら意味の分からないことを考えながら、ふと気になったことを聞いてみる。
「その人たちを追い返すことはできなかったのですか?」
「……普通ならばそうすることが最善だったのですが、“異世界からの勇者”という前提がそれを許してはくれなかった……」
「なぜですか?」
「王国側は貴方様の捜索と同時に、異世界の勇者というチサト様の特異性を以てして人々の関心を集めようとしていたのです」
異世界というネームバリューは強い。
それで、チサトの勇者としての知名度を広めていたってわけか。
一応、それで僕がギルドで彼女のことを知らされるきっかけにもなったわけだろうけれど、その時の彼女のことを考えると、少し複雑な気分になるな。
「だから、貴方様のようなお人がチサト様のご友人で本当に良かったとも思います」
「そ、そこまで言われることかな……? 正式に友達になったのも、今日みたいなものですし」
それ以前は本当にただのクラスメートってだけの認識だ。
……いや、そもそもこの世界で生きることに必死だったから、彼女が無事にここに住んでいると知ってからは、そこまで気にかけていなかった。
その間も、チサトは押しかける僕のパチモン共と相対してきた。
文字に起こすとあまりにも散々だけど、彼女自身の心境としては周りは知らない人ばかりで、唯一の知り合いの僕は、彼女と会うことを拒んでしまった。
僕にはそんなつもりはなかったとしても、彼女からすればそのように思っても不思議ではない。
「取った選択には後悔はしていないけれど、それで彼女を傷つけてしまった……かもしれないか」
機会を見て、チサトに謝らなくちゃな。
そう決心していると、いつの間にか僕にあてがわれた部屋のある通路の近くにまで到着していることに気が付く。
「ここまでありがとうございました」
「いえ、私も貴方様とのお話、とても楽しかったです」
恭しく一礼するメイドさん。
……いや、ここ数日、お世話になるんだし名前くらい聞いておくべきだな。
いつまでもメイドさんって呼ぶのも、なんだかアレだし。
「今更ですが、お名前を伺ってもいいでしょうか? 多分、滞在している間はお世話になりそうですので」
「ええ、構いませんよ。私はテルアと申します」
「テルアさんですね」
あとでリーファにも教えておくか。
そう思いながら、扉のある方へと彼女と共に向かっていく。
「もしかしたら、迷惑をかけてしまうかもしれませんね……」
「いえいえ、私共といたしましてはリーファ様を含めた三角関係に妄想を膨らませ、胸を躍らせておりますから、楽しくあります」
「……? ……!?」
なんだろうか、今とんでもないセリフがこの人から飛び出したのだが。
思わず動きを止めて、彼女を見るがその表情は先ほどと変わらない、温和な笑みを浮かべたもの。
気のせいかと思い、胸を撫でおろし―――、
「できれば、ドロドロの恋愛模様を展開されることを期待しております」
「正体表しやがりましたね!? ありませんからね!? そういうことは!!」
「メイドとはいわば耳年増の集まりです。基本休み時間は、そのような話題でもちきりです。今日のハイライトは勿論、貴方様です」
「そんなハイライト聞きたくなかったです!?」
おかしい、今の会話の流れは真面目なものだったはずだ。
なぜか今のメイドさんからは、ジェシカ様と同じようなオーラを感じる。
やばい、この場にいたらなんだか汚染されそうだ。
早くこの場を離れたいと思い、速足になった僕はそのまま自室の扉に手をかけ———中から感じる気配に気づき、その手を止める。
自然と、僕の口元には笑みが浮かべられていた。
「テルアさん……。どうやら、貴女はリーファという少女を甘く見ているようですね」
「……どういうことですか?」
「彼女は、普通の枠には当てはまらない存在です。それは普段の生活でもそう……」
後ろのテルアさんにも見えるように、扉を開け放つ。
開け放たれた扉の先には、ベッドの上で器用にお菓子を食べながら寝っ転がっているリーファの姿があった。
「むぐむぐ。カイト、お邪魔してる」
「おぬし、どうして自分の部屋に留まっていられないのだ?」
「キュー……」
食後にも関わらずお菓子を摘まみながら、僕へとそう話しかけてくるリーファ。
だらしないってレベルじゃない彼女の姿にテルアさんは、口元を押さえ絶句している。
「これが、このポンコツがリーファです」
「……これは、その……えぇ……」
この有無を言わせぬリーファのポンコツ力よ。
圧倒的女子力の差に慄くがいい。
僕の言葉にムッとした顔のリーファが、お菓子片手にジト目を向けてくる。
「なんで、出合い頭にポンコツ扱いされなきゃならないの? 怒るよ?」
「そうだね、ごめん。まずは説教だね」
「……。許ひて」
「駄目。正座」
床を指さしながら笑顔で言い放った僕に、彼女はこれ以上に無く顔を青ざめさせるのであった。
皆の頼れるメイドリーダーテルアさんでした。




