第五十九話
第五十九話です。
王国からの命を受け、勇者である獅子原さんに会いにフィルゲン王国へ向かう日。
バッグにまとめた荷物を持った僕とリーファは、王国が用意した馬車へと向かう途中にギルドへと立ち寄っていた。
ギルドでは、僕達の事情を把握しているギルド長のベルセさんに直接、今回の“依頼”についてと激励の言葉をもらった。
リーファにとっては初めての勇者としての仕事でもあるので、彼も若干心配しているようだった。
「カイト、相変わらず魔物には好かれるな」
「僕としてはいつもは動物に嫌われている分、不思議な感じだよ」
ギルドを出て、馬車へと到着した僕達を出迎えたのは、城が手配してくださった騎手さんと二頭の魔馬であった。
騎手さんと挨拶を済ませている僕に、二頭の魔馬がすり寄ってきたが、以前旅を共にしたヒューズさんの魔馬とは違い、二頭とも温厚な性格をしているようだった。
といっても、ヒューズさんの魔馬は純粋な力も強そうだったし、何か種族的な違いでもあるのかもしれないけども。
「王国の馬車って聞いたけど、見た目は普通なんだね」
足を踏み入れ、椅子に腰を下ろして馬車の天井を見上げてそう呟くリーファ。
たしかに見た目はみすぼらしく、年季のはいった馬車に見えるけれど、意外と中はしっかりしている。
多分、そういう風に色を塗ったりしたのかな? 邪推していると、ガタン! と音を立てて馬車が動き出した。
「リーファ、護衛の方たちはここを出た先にいるんだっけ?」
「そうらしい。まだ私のことを秘密にするって言ってたけど、ちょっとやりすぎかなって思う」
「あの女王にも色々と事情があるのだろう。……私はちょっと苦手だがな」
苦々しい表情でシフがそんなことを呟く。
シフはジェシカ様と会うたびに無言でとっつかまって撫でられているからな。
ジェシカ様も日々の癒しを求めているのだろうか?
「荷物は積んだし、忘れ物はないよね? シフ」
「うぅむ、なぜ私に聞く」
「私よりも信用できるから」
「誇らしげに言うでない! このっ、このっ!」
なぜかドヤ顔のリーファの足に猫パンチを食らわせるシフ。
その様子を苦笑いしながら見守っていると、リーファが何かを思いついたような表情を浮かべる。
「そうだ。自分の影の中に荷物をいれられるようになれば、色々と便利なんじゃないかな?」
「突然どうした」
「なんとなく」
なんとなくならしょうがないな。
コンビを組んでいて、この子は感覚的な側面が強いことは分かっているので深くは追及しない。
しかし、影に荷物をいれられるように、か。
「そりゃ、できたらすごいけど……できるの?」
「やってみる」
傍らに置いている荷物を抱えたリーファは自身の足元にできた影を魔法で操り、大きくさせる。
影がカバン一つ分くらいの大きさになると、そこにカバンを放り投げると、ドポン、という音と共にカバンが影の中に入り込んでしまった。
「お、やった」
「君の魔法便利過ぎない?」
「ふふん、ま、私にかかればこの程度―――」
と、今日二度目のドヤ顔のまま彼女が腕を組んだその瞬間、彼女がカバンを放り込んだ影から、ものすっごい勢いで何かが飛び出してくる。
それは、ドヤ顔のリーファの腹部に激突する。
「ぐふぅ!?」
「「あ……」」
彼女にぶつかったそれを見て、僕とシフが呆気にとられた声を零す。
それは、先ほどリーファが投げ入れたカバンであった。
なぜか、投げ込んだ以上の速さと衝撃を伴って、射出されたそれの直撃を受けたリーファは涙目になっている。
カバンが出てきた影を見れば……なんというべきか、水面のように波紋が響いている。
「察するに……影に投げ入れたんじゃなくて、単純にパチンコとかスリングみたいにゴムの反動で跳ね返ってきただけだな。……大丈夫か? リーファ」
「ま、ママ……!」
「いや、ママじゃねぇよ」
なぜそこで幼児退行する。
そして、君の母親を呼ぶ時の声は母さんだろ。
知ってるぞ、僕は。
しかし、事故とはいえこれは色々と応用がききそうだな。
「名付けるなら、影餅だな」
「そ、そ……れは……い、や……」
「それがいい? ははは、気にいってくれたようでなによりだよ」
「う、うぅ……」
「哀れなり、リーファよ……」
まだ衝撃でうまく話せないが、この影餅という名前を気に入ってくれたようだ。
僕としても、かなり的確な名前だと思ったのでよかった。
●
馬車で走ること十数分ほど経った頃、ようやく僕達の護衛をしてくれるという騎士の一団と合流することができた。
人数としては、七人ほど。
注目を避けるためか、鎧ではなく冒険者のような軽装に近い恰好をした彼らを前にした僕とリーファは、まず最初に彼らに挨拶することになった。
「はじめまして。勇者様、従者様。私は此度の旅の護衛を任されているジェフと申します」
「うん、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧なお辞儀をしてくれたのは三〇手前ほどの男性、ジェフさん。
青みがかった黒髪に、腰に携えている剣。
顔を上げた彼は、僕とリーファを見ると、キリッとした真面目な表情を崩さずに口を開いた。
「未だに未熟な身ですが、あなた方にもしものことがないように、護衛を務めさせていただく所存であります」
「頼もしいな、カイトよ」
「……ッ!?」
ひょこっ、と僕の肩に跳び乗ってきたシフが、顔を出しながらそう口にすると、ジェフさんの表情が驚愕に彩られる。
「猫が、喋った……!?」
「私はシェイプシフターだ!!」
「なっ!? 失敬! 従者殿の使い魔でしたか!」
雷に打たれたように後ずさったジェフさんは、そのまま両足の膝を地面につけ、打ちひしがれるようにうなだれた。
なんだなんだ、いったいどうした?
「クッ、ウゥ、己の使命に没頭するあまり、とんだ無礼を……!」
「あ、いえ、僕とシフも気にしていないので……」
「寛大な御心……!」
なんだこの人!?
ものすごい情緒に溢れているけど、どことなく面倒くさい感じがプンプンする!!
いや、いい人なのは分かるけども!!
そのまま土下座しそうな勢いのジェフさんにみかねたのか、彼の部下達が前に出てくる。
『隊長。勇者様も困っているので、下がりましょう』
『この人、熱血すぎるんだよなぁ……』
『勇者様。この人のことは放っていいので、馬車にお戻りください! 私達は、外で護衛をこなしますので!!』
『貴方様の黒猫ちゃん、あとで触らせてください』
ジェフさんを下がらせながら、部下の方々が口々にそう言ってくる。
というより、最後の人はなんだ。
シフに聞いて、了解をとれたら夜営の時にハクロと一緒に触らせてやろう、同志よ。
「……カイト」
「……なんだい?」
ふと、隣にいるリーファが声をかけてくる。
彼女の視線の先には、部下達に慰めの言葉をかけてもらっている大柄な男、ジェフさんの姿がある。
そんな姿を見た僕も、リーファと同じような微妙な表情になる。
「今回の旅さ、ものすっごい不安になった」
「……言うな」
実力は確かだろうから……!
なんだか本格的な旅に出る前なのに、ものすごく精神的に疲れてしまうのであった。
影餅:跳ね返る影、トランポリンのように跳ねることが可能。




