第五十八話
第五十八話です。
リックさん達との訓練を終えた日の翌日。
僕達は改めて、ジェシカ様のいる城へと招かれた。
内容は隣国フィルゲン王国の勇者との交流の決定と、その細かな内容について。
リーファが勇者だということについては、まだ秘密にすることらしいので表向きはギルドの依頼ということで、僕達の方が隣国、フィルゲン王国に向かうことになった。
「別に気にしてないけど、どうして私達の方があっちに出向くことになってるの?」
「んー、単純に重要度の違いね」
「重要度?」
優雅に紅茶のいれられたカップを口にしていたジェシカ様に、リーファが首を傾げる。
彼女の膝には、微妙な表情のシフがのせられており、ただひたすらに撫でられ続けている。
「あっちの勇者は、異世界からやってきた貴重な人材。方やうちの勇者はこちらの領土に住む人間。少なくはあるけど、危険がある旅に出向かせるとしたら、こちらの勇者が出向くしかなかったってこと」
「……」
「フフ、そんな膨れないで。あくまで客観的に見た評価よ。貴女の伸びしろと、最近の頑張りを見ればあちらの勇者よりも劣っているというわけではないわ」
無言でむすっと顔をするリーファに微笑むジェシカ様。
そんな彼女を横目に見ながら、僕は改めて今置かれている状況を不思議に思ってしまう。
この人はこの王国の女王なのに、あまりにも身近な存在に思える。
いや、それは僕達の立場が普通ではないからかもしれないけど、ちょっとそれが不思議に思えてしまう。
「カイト、貴方はあちらの勇者とは知り合いなんですってね?」
「はい。ですが、それほど親しい間柄ではありませんでしたよ?」
実際、クラスメートではあるものの特別仲が良かったわけでもないし、互いに顔と名前を知っているというだけだった気がする。
いや、そんな僕と獅子原さんが異世界に来てしまっているという現状も不思議なものだけれども。
そう言うと、ジェシカ様はなぜかつまらなそうな表情を浮かべた。
「えー、そうなの? 女王って立場抜きとしては、修羅場っぽいことも期待してたんだけれども」
「期待しないでください……」
僕はリーファの相棒であり、従者という立場にいるので彼女を裏切るようなことができるはずもない。
というより、女王として今の発言はどうですかね……。
リーファも、一瞬だけど表情を曇らせたし、この話題は早めに切り替えよう。
「出発の方はいつ頃になるのですか?」
「三日後よ。貴方の体質はこちらも把握しているから、魔馬を用意させるとして……隣国までの移動には時間がかかるわ。こちらでも荷物の準備はさせるけれど、貴方達も準備を整えておいてね」
「分かりました」
「うん。シフに頼む」
「君はまず自分で準備しなさい」
真っ先にシフを頼ろうとしたリーファにツッコミをいれつつ、頭の中で考えをまとめておく。
ギルドの依頼を体にした隣国への移動。
もしかするとグリフォンの討伐依頼の時以上のみちのりになるかもしれないので、色々と旅に備えて荷物を集めておいた方がいいだろう。
「……んー、カイト。やっぱり修羅場の可能性とかない?」
「どんだけリーファを曇らせたいんですか」
そう返すと、ジェシカ様はきょとんとした顔を浮かべた後に、見ほれるような明るい表情を浮かべる。
「リーファって、落ち込んだ時の顔が可愛いわよね」
「今日一番の笑顔浮かべて何言っているんですか」
「私、目の前にいるんだけれど……」
何気にジェシカ様がSな部分を見せたことにドン引きしながら、その矛先が僕に向かないことを祈っておく。
藪を突いて蛇を出して、痛い目にあうのはごめんだ。
その後、細やかな説明などを受けた後、僕達は城を出ることになった。
中々にややこしい部分などはあったけれど、とりあえず最初にできることをやっていこう。
●
夜、街で旅に用いる衣服や応急処置用の薬草と包帯など、その他諸々の道具を買い揃えた僕は、自室のベッドの上で新しく購入した大きめのバッグに荷物を積んでいた。
『リーファ! それは違う! それは必要ない!! 枕はいらない! 邪魔になるだけだろう!! 下着はこっちだ! なに!? カイトに聞かれる!? 別にいいではないか服の一つふたぎゅむぅ―――!?』
「……大変だなぁ。シフ」
「きゅー」
「わふ」
シフがリーファの荷物をまとめるのを手伝っている一方で、僕の方はゆっくり荷物をまとめ、中身を確認していた。
肩にはライム。
そして、僕の傍ら――ベッドの上で丸くなるようにして傍にいてくれるのは、半透明の白いオオカミ、ハクロである。
ハクロはいつもは僕の中にいるので、食事も必要はないし外に出す利点もそこまでないのだけれど、やはり使い魔として外に出すべきだと思い、こういうゆったりとした時間帯の時は出してあげているのだ。
「君もようやくここに馴染んできたかな?」
「ウォン」
ハクロの頭に手を乗せる。
冷たく柔らかな毛並みを撫でると、ハクロは上機嫌に喉を鳴らす。
意識は希薄だが、完全にないというわけじゃない。
そんな様子のハクロに微笑みながら、荷物の整理に戻ろうとすると僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「カイトくーん、いいかな?」
「どうぞー」
ライラの声に応えると、ゆっくりと扉が開け放たれライラが顔を出してくる。
「メルクさんが夕飯できたって」
「分かった。じゃあ、すぐに行くよ」
もうそんな時間か。
それじゃあ、目の前の荷物だけ詰めたら、一旦作業をやめて夕食を食べに下へ行こう。
「依頼に行くのかな?」
「え? ああ、そうだね」
「あんな特訓のあとに、今度は遠征なんだ。うーん、カイト君とリーファちゃんは、謎だらけですな」
「はは。なんだよ、その喋り方」
顎に手を当ててそう話しかけてくるライラに苦笑する。
実際、この人にリーファが勇者だということを隠しているので、僕の事情を含めて詳しいことは言えない。
「君達は、うちのギルドでも噂の中心にいるよ?」
「え、そうなの?」
「そうだよ。依頼を沢山受けてくれる期待の新人! マジックトラウト釣りの名人! ランク・ゴールドに地獄の訓練を施される噂の冒険者コンビ!! ってね。もう、話題が尽きないよ」
「……釣り名人か。悪くないな」
「気にするのそこなんだ。というより悪くないんだ……」
いや、以前の世界では坊主のカイトと言われるほどにまで絶望的に釣果はなかったからね。
人並みとまではいかないけれど、魚を釣れるようになったことは僕の中で、かなり嬉しいことなのだ。
「やっぱり、君は不思議な人だなぁ」
「そ、そう?」
「うん。色々と隠し事があるのは分かってるけど、それを踏まえても君は最初に会った時から、なんだか不思議な何かがある」
「……!」
まあ、一緒の宿に暮らしているようなものだから、隠し事があるのを見破られているのはしょうがないか。でもこの人は周りに吹聴するような人ではないので、慌てる必要もない。
「それが何なのかは分からないけど、なんだか応援しちゃいたくなっちゃうんだよね」
「……ライラ……」
「なんか、手のかかる弟って感じ!」
「……」
なんだろう、ちょっと期待してしまった自分がいて猛烈に死にたくなった。
あれ? なんだろう、すっごいいたたまれなくなった。
ああ、いいんだハクロ。僕の顔に冷たい風を送らなくて、熱いから赤くなっているわけじゃないから……。
赤くなった顔を手で隠している僕に、首を傾げながらもライラは、扉に手をかける。
「それじゃ、先に下に降りてるね!」
そう言って元気な様子で下の階へ降りていくライラ。
そんな彼女を見送った十数秒後に、僕の部屋にシフを連れたリーファがやってくる。
「カイト! ご飯だよ!!」
「つ、疲れる……まだ半分も終わってないのに……」
夕飯なのでテンション高めのリーファと、目が虚ろなシフ。
そんな二人を見た僕は、思わず笑みを零してしまう。
「ん? どうしたの?」
「いや、君は良い感じに残念だから……安心する」
「もしかして、喧嘩売ってる?」
一転して無表情になるリーファ。
そのままベッドから立ち上がった僕は、ライム、ハクロと共に夕飯を食べに下へ向かおうと歩を進めるのであった。
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