第四十五話
第四十五話です。
今回はちょっと長めです。
『あ、カイト。明日、女王様のところに行くよ』
それが昨日の夜、就寝しようとした僕のいる部屋の扉を開け放ったリーファの言葉であった。
もう、ふと思い出したように言うもんだから「おう」とだけ返事をして、一度ベッドに横になったが、すぐにその言葉の異常に気付いて、僕とシフはベッドから飛び起きた。
そのままリーファの部屋の扉を叩き、事の次第を聞き出したが———、
「え、嘘? こんなに突然呼び出されるものなの? なんかこう、何日か前に来るように言われるんじゃないの?」
「女王様はそこらへん適当だよ」
「キュ……」
頭を抱える僕を慰めるように鳴くライム。
現在、僕達はヘンディル王国の中央に位置する城の入り口に立っていた。
門番の方たちにあっさりと通され、慣れた様子で前を歩くリーファについてきたわけだけど———正直、今滅茶苦茶緊張してる。
「いや……もっとちゃんとした服、買っておけばよかったな」
買うには買ったが、いつも着ている服を小奇麗にした感じにしか見えない。
城の荘厳さを考えると、場違い感はいなめない。
「あのコートがあっただろう」
「今の僕にあれを着る資格はない」
「……たまにあれを眺めて、悶えていたではないか……」
そう小さく呟くシフだが、僕には聞こえてない。
聞こえていないったら聞こえてない。
「リーファ、女王様はどんなお人なんだ?」
「んー、余裕のある人? 掴みどころがなくて、距離の取り方が難しい人」
「……話だけ聞くと、不安になるんだけど」
「悪い人じゃないよ? ちょっと面倒くさい絡み方してくるけど」
君はもうちょっとオブラートに包もうか。
ほら、ここはその女王様のいる城なんだし、加えて言うなら通りすぎるメイドさんが、リーファの言葉に苦笑しているから……。
「ついたよ」
そうしているうちに、大きな扉の前へと到着する。
リーファが扉の前で警備している二人の騎士さんに会釈する。
「女王様はいる?」
「はい、奥の方に。そちらの方は……」
壮年の騎士が僕へと視線を向ける。
その目は僕を怪しんでいるように見えた。
「彼は、私の相棒で従者なの」
「はじめまして、アリハラ・カイトです」
「なんと、これは失礼いたしました。勇者様の従者だったとは……では、女王様の元へお通しします」
そのまま騎士さんが、扉の先にいるであろう女王様に声をかけようとしたその時―――、
「———あぁぁぁ、もう仕事したくなぁぁぁい。休みたぁぁい!」
扉の奥からそんな大声が聞こえる。
その瞬間、二人の騎士さんの動きがぴたりと止まる。
そのまま無言の騎士さんへと困惑した眼差しを向ける。
「あの……」
「貴方様は……何も聞かなかった」
「え?」
「そういうことにしてください……お願いします」
「……はい」
ものすごい切実なものを感じた。
数十秒ほどの気まずい沈黙の後に改めて許可をいただいた騎士さんが扉を開けると、その先にはいたのは———、
「フフ、よく来たわね。リーファ」
燃えるような赤色の髪の女性が足を組み、優雅に玉座に座っている姿であった。
普通なら見惚れてもおかしくないほどの美人だったが、その前に大声での仕事したくない宣言を聞いてしまっているので、感動より残念さの方が勝ってしまう。
「貴方がリーファの従者ね? そして、異世界からやってきた人……でいいのよね?」
「は、はい。アリハラ・カイトと申します」
「私は使い魔のシフだ。そしてこいつはライムだ」
「きゅっ!」
興味深そうに僕と使い魔たちを見た女王様は、にこりとした笑顔を浮かべる。
「私は、ジェシカ・フレア・ヘンディル。ささ、立っているのもなんだし、そこに座ってちょうだい」
サッと玉座から立ち上がった女王――ジェシカ様が指さしたのは、玉座の奥にあるテラス。街の景色が見渡せるその場所には椅子とテーブルが設置されている。
言われたとおりに僕とリーファがそこに座ると、その前にジェシカ様が腰を下ろした。
ず、随分と距離感が近いな……。
座った直後に、お付きのメイドらしき人たちがおかしと飲み物を運んできてくれるけど、僕は緊張のあまりそれどころではない。
「先日は、魔王軍の襲撃にあったそうね」
「うん、ゴリラに襲われたの」
「そう。大変だったのね……」
ツッコミ不在の恐怖よ。
リーファの姉への認識に、僕は頬を引き攣らせる。
「正直、奴らが本格的に動き出すのはまだ先かと思っていたけど……。尻尾を見せない割には、着々と侵略の準備を進めているようね」
ジェシカ様は額を押さえて、そう呟いた。
それから、その時の戦闘についてと、ランク・ゴールドの冒険者、リックさんが僕達に訓練を施していることなどを話すと、彼女は思案するように顎に指を当てる。
「我が強く変人揃いって噂の金の冒険者が訓練をねぇ……。なら、こちらとしても正式な依頼として出しておきましょうか……」
「はい?」
「ああ、貴方達は気にしなくてもいいわ」
首を傾げる僕とリーファに、手を横に振りながら彼女は笑みを向けてくる。
「それで、どうかしら?」
「え?」
「リーファのことよ。この子とうまくやれてる?」
組んだ手に顎を乗せたジェシカ様に、思わずリーファへと助けを求める。
しかし、隣に座ったリーファは早速お菓子に手を伸ばしてやがる。
因みにシフも、お菓子をちらちらと見ている。
「この通り抜けているところもありますが、良き相棒として関係を築けていると思います」
「私は、抜けてなんかいない」
「なら、まず口元のたべかすをなんとかしなさい」
「んん」
ごしごしと口元を拭うリーファ。
なにこの子、順応しすぎじゃない?
女王様も特に咎めたりしないし、どういうこと?
さりげなく引き寄せたお菓子をテーブルに降りているシフの傍に置きながら、僕は自分の常識を疑ってしまう。
「フフ、良かったじゃない。貴女にとって信頼できる人が見つかって」
「うん」
「リーファ、女王様には敬語をだな……」
「いいのいいの、私が許可したから」
不敬扱いされないのか……。
とりあえず、フレンドリーなお方だというのは分かった。
「ま、リーファの従者がフィルゲン王国の勇者と同じ異世界人だとは思わなかったけれど……こうしてみると、私達とそう変わりはないわね」
そのままジェシカ様はこちらに手を伸ばし、お菓子をはむはむと食べているシフを抱き上げる。
「むっ、なにをする。な、なぜ撫でる!?」
「正直、安心したわ。リーファが召喚されたときは、猪みたいな子だったもの」
「カイト、た、助け、 ふみゃー!?」
ジェシカ様は何事もなかったかのようにシフを抱きかかえ、撫ではじめる。
さすがに女王様にやめろとは言えない。
すまぬ、シフ。今は大人しく撫でられていてくれ。
「私としても未熟な子を勇者として扱うのは憚られてね。ある程度、力をつけるべきと判断してギルドを薦めてみたのよ。勿論、王国にいる間は監視はつけていたけどね」
「ここの騎士達では、リーファに戦い方を教えることができなかったのですか?」
「その子の戦い方は、騎士とは合わないでしょう? むしろ、実戦を通じて経験を積んでいった方が、彼女のためになると思ったの」
「なるほど……」
確かにナイフとトリッキーな影系統の魔法で戦うリーファは、騎士とは違う感じがする。
むしろ騎士としての戦い方が邪魔になりかねない。
「リーファの戦い方は……なんとなく、暗い感じですからね」
「あ、たしかにそうね。ちょっと地味で暗いわよね。暗殺者みたいな感じで」
「あれ? 本人が近くにいること忘れてる? なんで近くにいるのにここまで言われなくちゃならないの?」
悪口を言ったわけではない。
ただ、リーファの戦闘スタイルと魔法は勇者のイメージとは違うかなって話だけだ。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「え、今日はカイトとの顔合わせが目的じゃなかったの?」
「もちろんそれだけじゃないわよ。今日は貴女にとって勇者として初めての仕事について知らせようと思ってね」
勇者としての仕事と聞いて、リーファは気を引き締める。
「近いうちに、隣国であるフィルゲン王国の勇者同士の顔合わせが決定してね。貴方達にはそれに向かってもらうことになったの」
「フィルゲン王国というと……」
「貴方と同じ世界から来た勇者のいる国よ」
獅子原さん、か。
彼女は今どうしているだろうか?
「でも、私はまだ勇者としてこの国の人にすら知られてないけど……」
「勿論、貴女の存在はまだ公にはしないわ」
「じゃあ、こっそり行くの?」
リーファの言葉にジェシカ様は首を横に振る。
「フィルゲン王国の勇者もギルドに加入したらしいから、依頼を装って勇者としての交流を行うのよ。多分、こちらから貴方達を向かわせる形になるでしょう」
「獅子原さんもギルドに……」
「この王国のギルド長、ベルセにも話は通してあるわ。詳しい日程は決定していないけれど、大体一か月かそこら先の話だと思ってくれていいわ」
一か月か、結構先だな。
僕としては急いで準備やらなにやらをしなくてもいいんだけど。
その間に、依頼をこなしたり訓練をやったりするか。
リックさんの依頼に同行したおかげで、金銭面に余裕はできたけど、冒険者としての仕事をしないわけにはいかないし。
「その顔合わせでは、何をするのですか?」
「とりあえず、リーファとあちらの勇者の実力の把握ってところね。従者も顔合わせするんだけど、あちらの勇者は従者を決めていないから、気にしなくてもいいわ」
「ん……分かった」
僕を横目で見ながらリーファが頷く。
そこで話が終わったのか、ジェシカ様が僕へぐったりとしているシフを差し出してくる。
「おかえり、シフ」
「酷い目にあったぞ……」
「キュ」
「災難だったな、ではない! 私は今猫としての尊厳を汚されたのだ!」
今、完全に猫って言ったよね? とは口に出さず、腕に飛び込んでくるシフを慰める。
「もう少しお話したいけれど、そろそろ時間のようね。カイト、これからもリーファのことを頼むわね」
「はい。分かりました」
「それと、時々城に遊びにきてね。シフちゃんもそうだけど、今度はライムちゃんも撫でたいかな?」
「きゅ!?」
びくりと銀色の身体を震わせたライムは僕の腰元の水筒へと戻っていく。
その様子にくすりと笑みを零したジェシカ様は、そのまま立ち上がり広間の方へと歩いていく。
「それじゃ、リーファ。行こう」
「カイト……あの、さ」
「ん?」
「いや、なんでもない……」
なんでもない顔じゃないんだよなぁ。
まあ、大体の理由は察せるけど。
多分、リーファは僕が獅子原さんと会うことを不安に思っているのだろう。
一つため息をつきながら、僕はゆっくりと立ち上がった彼女に話しかける。
「僕は、君に言った言葉を曲げるつもりはないぞ」
「! ……うん……うん。そうだよね、ありがとう。カイト」
そうお礼を言ってきた彼女に照れくさくなりながら、僕達はテラスから移動する。
隣国、フィルゲン王国の勇者、獅子原さんとの再会。
それは僕———いや、僕達にとってどのような影響を与えるのか、少しだけ不安になった。
ジェシカは、天然系あっさり女王といったキャラですね。




