閑話 勇者じゃない私を示すために
今回は獅子原さん視点の閑話となります。
異世界に召喚されてしまった私は、この世界で勇者として生きていくため、ひいてはアリハラ君を探すためにまずは魔法の練習をすることになった。
初めて触れた魔法の感じとしては、体の中になんとなーくあるエネルギー。
そのエネルギーを胸の中心から、供給するように手へと流し込み放出する。その上で私の意のままに操ることで、応用などをしていく。
しかし、それをほぼ一日でこなしてしまった私は、他の人から見たら相当異常なようで、あからさまにドン引かれてしまった。
それはもう誰も近づかないくらいに。
近づいてくるのは、魔法を教えてくれている王国お抱えの魔法使いさんくらいだ。
それでも、私の魔法を見て頬を引き攣らせているけど。
『チサト様の魔法の才は歴代の勇者の中でも群を抜いております』
訓練を初めて三日ほどでこんなことを言われてしまって、どうすればいいというのだ。
悪い人たちではないのは分かってる。
不当な扱いは受けていないし、むしろ生活を保障してもらっている。
周囲の人達から畏怖されて、勇者としてしか扱われない現状に、正直嫌気がさしていた。
―――そもそも勇者ってなんだ。なにもしてないのに勇者とはこれいかに?
ああ、駄目だ。
運動音痴で本の虫な私には、ここは眩しすぎる。
王城の埃っぽい図書館で籠りたい……けど、駄目だった。
私、文字まだ覚えてないや。
「それでは勇者様、この中にアリハラ・カイトがいるかどうか確認をお願いします」
「はぁ……」
場所は、王城の外に用意された簡易的な受付会場。
そこで木材づくりのテーブルと椅子に座った私は、隣のメイドの言葉に頷きながら、本物のアリハラ君を確かめる作業を始めていた。
私が下手に魔法の才能があると判明してしまったおかげで、王国側が本腰を上げて捜索に踏み切っても尚、彼はどこにも見つからない。
その代わりに出てきたのは、多額の報奨金に目が眩んだアリハラ君の偽物達である。
……。
アリハラ君の偽物達である……!
「どういうことなの……」
割と本気で意味が分からない。
アリハラ・カイトを探せ! からの、捜索からの、人相書きによる捜索からの、見つけた者には報酬を与えるところで色々とおかしくなった。
私のいる城にやってきたのは、アリハラ君のフリをしたパチモン共。
なにがどうして、そこまでのやる気を見せてアリハラ君になりきろうとしているのか割と本気で意味が分からないけど、正直現実逃避したい気持ちでいっぱいだ。
こういう人たちには、王国側から罰金とか何かしらのペナルティとか負わせるべきなのではないだろうか?
最早、ノリを楽しむ催しものみたいなことになっているんですけど。
「うぅ……」
ここにアリハラ君がいたのなら、私は真面目に土下座しているかもしれない。
本当にごめん……。
私のせいで、アリハラ君の名前が広まってしまった……!
「さあ、最初の組が来ますよ」
「ねぇ、これ私がやる必要ある? 明らかに違う人いると思うんだけど」
私が指さしたのは、明らかにウキウキした様子で小道具を準備している大道芸じみた集団。
そんな彼らを目にしたメイドは、口元を引き攣らせる。
「い、一応とのことです。勇者様以外は、アリハラ・カイト様のお顔は分かりませんので」
「体のいい広告塔にされてるとしか思えないんだけど」
もっと絞りようがあっただろうに。
大きなため息をつきながら、最初に来たアリハラ君(仮)の集団を見る。
「あたいがアリハラ・カイトだよ!」
「男の子になってから出直して、次」
アリハラ君はいつから女の子になったの?
変装する気さえ感じられない褐色肌の少女にボツを言い渡す。
次に出てきたのは、貴公子風の男。
「フッ、勇者よ。忘れたのかい、俺の顔を」
「なら、私の名前を言ってみろ」
「……」
「茶番ならよそでやれ。次」
イラっとしながら、次へ促すと今度出てきたのは十二歳くらいの男の子だ。
男の子は、手に持った木の棒を天高くに掲げた。
「ぼくがアリーラ・カイートだ!!」
「うん、そうだね。アリーラ君、飴ちゃん食べる?」
「わーい、ありがとー」
「そう、ならお母さんの元に帰りな」
「うん!」
どう見ても勘違いして来てしまった子なので、邪険にせずに王城のキッチンで作ったべっこう飴を渡して帰らせておく。
次に現れたのは、金色の装飾が施された鎧を着た金髪の美青年。
彼は、テーブルに肘をついている私の前で膝をつく。
「我が剣、我が魂、麗しき貴方様に捧げます」
「壁にでも捧げてろ。次」
偽物ですらないじゃないか。
なんなの? だんだん趣旨とか変わって来てない?
だんだんと不安になっていると、次に出てきたのは真っ白い毛並みの凛々しい顔つきの犬。
「ワフ!!」
吠えおったわ。
まさかの動物、人間ですらないとは。
「種族からして違うよね? 怪しいな君、ちょっと来なさい。もふもふ……よし、通っていいぞ」
「駄目ですよ!?」
大人しく近づいた犬を一撫でしてから、城の中へと通じている通路へと促そうとするも、メイドに止められてしまう。
次に現れたのは、商人らしき恰幅のいい男性。
どう見てもアリハラ君ではない。
「あ、情報提供です。隣国のヘンディル王国に黒猫を連れて魔物に殴りかかるカイトという名のテイマーさんがおりまして……」
普通にまともな情報だった。
内容はギルドで冒険者をしているカイトなる人物について。
その人は、テイマーで黒猫とスライム、それに黒髪の獣人の少女とコンビを組んでいるそうだ。
特徴はあっているけど……違う。
なにせ、アリハラ君は動物に極端に避けられる体質らしいので、残念ながらその情報の人は別人だろう。
だって、猫を連れているし。
でも、こういう場合は、他の偽物達とは対応を変える。
「貴重な情報ありがとうございます。ですが、申し訳ありませんが……」
「ああ、いえ、もしもと思ったので。違うのならそれでも構いません。それではお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
礼儀正しくお辞儀をした男性は、その場を後にする。
今のような情報を提供してくれる人がいたら、私ももっとやる気になるんだけど……彼の後ろに並ぶのは、アリハラ君のパチモン共だ。
気が滅入ってしまう。
それから先、話を聞いていくが、どの人もかすりもしない。
ここに来ているほとんどの人々が、報奨金目当てと勇者である私を見に来ただけの人達なのだろう。
異世界からの勇者。
この王国にとって私は、誰もが知る存在にはなったけれどその実、誰も私自身を見てはいない。
「勇者様?」
私は獅子原千里だ。
勇者なんて名前なんかじゃない。
この一か月で精神的な疲れがたまっているのを感じる。
もし、アリハラ君が無事に一緒に召喚されていたのなら、こんな孤独感を感じずに済んだのだろうか。
「もしかして、彼はこの世界に来ていないのかな……」
その可能性もある。
アリハラ君にとっては、それが一番いいことなのだろう。
でも、今の私にとっては彼の存在こそが元の世界での唯一の繋がりのようなものなのだ。
例え、それほど喋らなかったクラスメートだったとしても、以前の私を知っているのは彼だけなのだから。
「ゆ、勇者様ぁー!」
「うん?」
少しナーバスな気分になっていると、魔法を教えてくれた師匠が血相を変えてこちらへ掛けてくるのが見えた。
なんだと思い、要件を訊いてみると―――その内容はある意味で私が待ち望んでいたものであった。
―――アリハラ君が見つかった。
それもフィルゲン王国の隣国のヘンディル王国ってところにだ。
最初はいつもの偽物かな? って思ったけれど、彼が記した手紙とそのアリハラ・カイトを名乗る人物が隠されているはずの私の名前を知っていたということもあって、本物だということが分かった。
今までが本当に酷かったのだ。
アリハラ君を見つけるために王様に捜索願いを出したのに、出てくるのは似てもつかないパチモンばかり。
そんな中でようやく彼が見つかったことは、私にとっては喜ばしいことだった。
……いや、ちょっと待てよ?
さっきの商人の人の話って本当なんじゃないか?
そう考えた私は、近くにいる人に頼み、先ほどの商人らしき男性に情報料を渡しにいかせておく。
「それで……アリハラ君は、こっちに来るの?」
「い、いえ、それが……アリハラ・カイト様はフィルゲン王国に来ることを拒んだようでして……」
「……え?」
彼の手紙と一緒に同封されていたヘンディル王国ギルド長によると、彼は既にヘンディル王国の勇者とコンビを組むことになったようで、こちらに来れないらしい。
私以外の勇者?
その人と、組む?
一体、アリハラ君の周りでなにがあったのか凄い気になるんですけど。
「勇者様が、アリハラ・カイト様がこちらに来ることを望むのなら、殿下はそのように動くそうですが……いかがなさいますか?」
「いいよ。そんなことしなくて。……それより、アリハラ君はギルドに入ったって言ってたよね?」
「え、ええ。ヘンディル王国のギルド長からの文にはそのように記されております」
正直、今自分の中で渦巻く感情が何か分からない。
彼が無事だった喜びか、彼がこの世界にいてくれた身勝手な安心感か、それとも私以外の勇者と組んだ嫉妬か。
彼と私では、そこまでしてくれるほどの接点もないのは分かっている。
けど、それを理解していながら私は、自分を優先してくれなかったことに納得がいってなかった。
「……」
そこでようやく理解した。
私は私が思っていた以上に心細い思いをしていた。
私は、ここまで心が弱かったんだ。
それを改めて自覚して、声を落ち着けるように努める。
「……会いたかったな」
実際に顔を合わせて謝りたかった。
そして―――この世界で一人ぼっちになってしまった私を助けてほしかった。
私は、巻き込んでしまったアリハラ君を助けようとしていたけど、その実、自分の為にアリハラ君を助けようとしていた。
「もう、君は自分の居場所を見つけているんだね」
そして、私はいつまでたっても今いる場所から動こうとしていない。
ただ勇者としてのふわっとした使命を受けているつもりの宙ぶらりんな存在だ。
このままじゃいけない。
そう思い立った私は、その場を立ち上がりメイドへと振り返る。
「ギルドってどこ?」
「はえ? 王城の近くですけど……もしかして、ギルドに入るつもりですか!? だ、駄目ですよ! 勇者様のお顔は皆さんに知れ渡っているんですから!」
「なら、魔具で髪を染める。伊達メガネもかける。あとそれともう一つ―――」
人差し指を立て、メイドへと言い聞かせるように語り掛ける。
「私の名前はシシハラ・チサト。シシハラでもチサトでもいい。今度からそう呼んで」
「———えっ」
「分かったら、貴女の名前を教えて。友達感覚で呼ぶから」
「えぇぇぇ!?」
私も、そろそろ前に進もう。
いつまでもただの勇者としてその場に燻ぶってはいられない。
そして、できることなら隣国にいるという彼に、会いたい。
というより会って、私よりも優先したっていうフィルゲン王国の勇者の顔を見に行ってやる。
言葉の切れ味も歴代随一な獅子原さんでした。




