第三十九話
第三十九話です。
魔物としての力を解放したリーファ。
彼女は獣のような雄たけびを上げながら、ニーアへと襲い掛かった。
「リーファ、無理やり転化したの!?」
「オォォ!!」
「ッ! だけど! 暴走したままじゃ私には指一本触れることすらできないよ!!」
双剣を振るい、リーファの腕を包み込む影でできた爪を弾く。
そのまま攻撃をしようとする彼女だが、それよりも先にリーファの蹴りが叩きつけられる。
「……っ、リーファ、これは……!」
「意識、飛びかけたけど、暴走なんてしてない!!」
姿は大きく変わっても、リーファはリーファだ。
意識をしっかりと保ったリーファは、ニーアへと向かっていくが当の彼女はここにきて初めて動揺した姿を見せる。
「半人前の貴女が、初めての転化で意識を保っている!? ありえない!!」
「そんなこと知るか!!」
転化、というのか?
僕の魔力を食らい魔物としての力を解放させたリーファの攻撃は、直接的なものへと大きく変化した。
「影纏い!」
「くぅ……!」
まるで自身の影を鎧へと纏う技を用いて、ニーアの強力な攻撃を防ぎ、逆に攻撃を与えている。
それに加えて、彼女自身の影を介した瞬間移動により、どこにでも現れ、どこからでも攻撃するという戦いを可能にし、あれだけ強かったニーアを圧倒している。
「———キュ!」
「カイト、氷の拘束が解けたぞ!!」
「ようやくか! よし、このまま彼女の加勢に……っぐ」
腕と足に纏わりついた氷を壊しながら立ち上がろうとして、バランスを崩す。
体に、うまく力が入らないし、今の時点で凄まじい筋肉痛に襲われている。
「カイト、もうおぬしの魔力は僅かだ。これ以上、戦えば命に関わるかもしれん」
「いや、それでも僕が戦わなくちゃ……!」
「しかし……」
「多分、リーファのあれは長く保たない」
ハクロの時も、力が解放されていた時間は一分にも満たなかったはずだ。
もし、僕の純魔の魔力による強化が、強力なものだとしてもその持続時間は短い。だからこそ、リーファが全力で動けるときに、僕が動かなくちゃならない。
そのまま震えながらも立ち上がろうとすると、僕の目の前の地面にナイフが突き刺さる。
「……リーファ、が投げたのか?」
彼女の方を見れば、ニーアへと苛烈な攻撃を行っているが、徐々に表情からは余裕がなくなってきている。
しかし、一瞬だけ彼女が僕へと視線を向けていることに気付く。
その視線の意図に気付いた僕は、立ち上がるのをやめて膝をつく。
「……シフ、ライム、ハクロ、一度の攻撃だけでいい。それを可能にする魔力を僕から吸い上げてくれ」
「最後の最後まで、私達はおぬしに付き従おう」
「……ありがとう」
シフに礼を言いながら、ライムを左手に纏わせるが、思ったより体が動かない。
これじゃ、走って殴ることすら―――、
「キュ! キュ―――!!」
「ライム……?」
籠手に変形しかけたライムが掌で跳ねる。
何を言いたいのか分からないけど、え? どうした?
「カイト、ライムは『自分を投げろ!』と言っている」
「つまり、体当たりか」
「キュ!」
今の僕でも投げることならできそうだな。
それに、ライムの変形に多く魔力を割かなくてもいい。
よし……!!
「やるぞ、皆……!」
今一度覚悟を決め、今すぐ飛び出したい衝動を押さえた僕はリーファとニーアの戦闘を見守る。
先ほどまでニーアを圧倒していた彼女だが、急な体の変化に対応できなかったのか、今では逆に押されはじめていた。
「ハァ……ハァ……!」
「惜しい。すごく惜しいけど、慣れていない転化じゃまだまだ私には及ばないね」
膝をつくリーファの首元に剣を添えるニーア。
リーファは、目に見えて消耗しており、強すぎる力を扱いきれていないようだ。
「貴女を気絶させたら、彼は連れて行くから」
「……は?」
え、なぜか僕が連れていかれることになっている。
この姉妹の事情にはほぼ無関係だったのに、なぜ!?
「カイト君。彼は、私達を次のステップへ進める鍵だ。彼がいれば、私達はもっと強くなれる」
「カイトは、そんな都合のいい道具じゃない!!」
そう叫ぶリーファに、ニーアはにっこりと笑みを作る。
「別に力だけじゃないよ? 私も、彼のことが気に入っちゃった」
「誰が、カイトを、姉さんなんかに渡すか!!」
そう叫び、顔を上げたリーファは影を操り、首に添えられている剣を素手で握りしめると同時に、足を振り上げ―――、
「っ!」
「影踏み!」
―――地面にめり込むほどの力でニーアの影を踏みつけた。
一瞬の輝きの後に、まるで金縛りにあったようにニーアの身体が動かなくなる。
「ッ、なに!? 動けない!? この!」
「油断したね! ……ッ、長くは止められない!! カイト、シフ! 今だよ!」
「ああ! ライム、行くぞ!!」
「きゅぃ!!」
右手を大きく振りかぶり、ライムを力強く握りしめる。
そのまま、ふらつきながらも立ち上がった僕は、身動きのとれないニーアを睨みつける。
リーファが作ってくれたチャンス、無駄にはしない!!
「ハクロ!」
「ウォォ!!」
掌のライムに風となったハクロが覆う。
その状態のまま、振り上げた腕に力を籠め全力で投げつける。
「シフ!」
「ああ! 任せろ!」
僕の手から離れると同時にシフの火炎付与により、ライムの体表を赤い炎が包み上げる。
真っすぐに突き進んでいくライム。
それに合わせて、僕は叫ぶ―――、
「燃え上げろ!! ハクロォ!!」
「ウォォン!」
ライムを纏う風が炎を勢いよく燃え上がらせ、その形をオオカミのものへと変える。
それを目の当たりにしたニーアは、ようやくその表情を歪める。
「僕達全部の力だ! 行け! ライム!!」
「キュォォォ!!」
「え!? う、嘘嘘嘘! それはまず―――」
使い魔たちの力を結集させた技。
それは、火炎をまき散らしながらニーアへと直撃し―――小規模の爆発を引き起こした。
至近距離からライムの体当たりと爆発をもろに食らったニーアは、十メートルほど吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
「あ、危なかった……!」
ニーアの影に潜り込むことで爆発から逃れたリーファが僕の影から出てくる。
「もろとも吹き飛ばされるかと思った。カイト、なんて技出してるの……!」
「君を信頼してこそだ」
「信頼と無茶ぶりは違う……!」
不貞腐れたまま、座り込むリーファに苦笑していると、僕の元にハクロとライムが戻ってくる。
「キュォ!」
『ウォフ!!』
「お、おかえり」
ハクロに運ばれたライムを迎え、再びニーアへと視線を送る。
手ごたえはあった。
地面に寝転がり、煙を上げているニーアが気絶したことを確認した僕は、安堵のあまりその場に座り込んでしまう。
「つ、疲れた……」
魔力もほとんど使い切ってしまったし、もう動けない。
「リーファ、君は大丈夫か?」
「うん。髪も尻尾も元に戻ってるし……問題ない」
僕の魔力の効力が消えたのか、リーファに起こっていた変化はなくなっていた。
さすがにあのままだと、色々と大変そうだし、そこのところは一安心だな。
「君のお姉さん、結構な力で吹っ飛ばしちゃったけど……」
「あの人ゴリラだから、平気だと思う」
実の姉の扱いが酷い……。
いや、殺されかけたわけだし、しょうがなくはあるけども。
「カイト、あやつが目覚める前に縛っておこう」
「……縛るものがないよ?」
「ライムに任せよう。まだおぬしの魔力が残っているからな。ミスリル製のロープならば十分だろう」
「きゅ!」
「そ、そうか……」
や、やる気だな。
帽子の姿から黒猫の姿に変わったシフが、その背中にライムを乗せて気絶しているであろうニーアへと近ずこうとする。
ニーアの身体からは未だに煙が出て……いや? 違う、あれは煙じゃない。
「シフ、ライム、近づくな!」
手を伸ばしてシフとライムを抱き寄せた僕は、倒れているニーアを睨みつける。
煙―――冷気を体から発していた彼女は、ゆっくりと動き出し、そのまま立ち上がった。
「は、はは、これは、予想外の事態だ」
「効いて、なかったのか?」
「結構痛かったし、いい連携だった。冷気を纏わなかったら私でも危なかったよ」
ま、まずい、僕とリーファは動けない。
このままじゃ僕が攫われる……!? いや、言葉にするのもおかしいけど、よくよく考えると、なんで僕が攫われる対象なの!?
これも皆、純魔の魔力が悪いのか!?
「カイトは、連れて行かせない……!」
「本当はそうしたいところだけど、今は……無理かな」
ニーアがそう口にした瞬間―――森の方で轟音と共に紫色の輝きが発せられる。
森林の一角が細切れになり、リックさんが跳躍と共に現れた。
「無事か、お前ら」
「リックさん……」
そのまま僕とリーファの前に着地した彼は、僕達の様子を見ると安堵の表情を浮かべた。
「遅れて悪かった。あとは俺に任せておけ」
そのまま前へと振り向いた彼は、魔力の放出と同時に紫色の魔力剣を展開させる。
「随分と好き勝手にやってくれたなぁ。小娘、魔王軍かなんだかは知らねぇが、覚悟しろよ……!」
「あれだけの魔物をけしかけたのに無傷……。さすがリック・ケーシングってところか。……今の状況じゃさすがに分が悪いかな」
魔力弾を掌に作った彼女に、リックさんが剣の切っ先を向ける。
「逃がすと思ってんのか?」
「本当の姿で戦う私から、動けない彼らを護れるかな? 私は別にここで戦っても構わないけど?」
「……チッ」
舌打ちをしたリックさんが剣を鞘に納めると、にっこりと憎たらしい笑みを浮かべたニーアは地面に魔力弾を投げつけ、煙幕のように冷気をまき散らした。
「じゃ、またね! 次に会う時を楽しみにしてるよ! リーファ! カイト君!」
そんな声が聞こえた後、ニーアの姿と気配は完全に消え失せていた。
個人的にはもう二度と会いたくない。
リーファも僕と同じような顔をしているけど、きっとまた会うことになるのだろう。
勇者のリーファとその相棒の僕。
彼女が魔王軍幹部という立場にいる限り、戦いは避けられない。
ミスリル製の爆発する剛速球。
相手がニーアじゃなかったら大変なことになっていた技ですね。
戦闘はこれにて終了です。
あと少しで第一章が終わりとなります。




