第三十六話
第三十六話です。
消える間際、僕に噛みついたハクロ。
彼は僕になにかしらの力を与えた。
事実、僕の左手の甲には、狼を思わせる紋様が浮かび上がっている。
「消える間際に、自分の魂の一部を貴方に移したんだね。まあ、使い魔契約で魔力が繋がっているからこそできる芸当だね」
「……ハクロ」
「それも微々たるものだろうけど」
力を与えられたと同時に、ハクロからは目の前の少女、ニーアに対するとてつもない怒りが伝わってきた。
無理やり隷属させられた屈辱。
したくもない役目を背負わされる怒り。
リーファの姉ということは分かっている。
魔王軍幹部という自分より遥かに格上の相手だと言うことも理解している。
本当ならここで逃げることが、正しい判断なのは分かっている。
しかし、しかしだ……!
「お望み通り、相手になってやる……! 僕の前でハクロを傷つけたことを後悔させてやる……! やるぞ、シフ!!」
「ああ! あんなものを見せられては私もさすがに頭にきた! とことんやってやるぞ、カイト!!」
臨戦態勢に移る僕とシフに、ニーアは喜色の表情を浮かべ、双剣を引き抜いた。
しかし、彼女は僕の手にあるナイフを見て唸る。
「うーん、本当はスライムを持った君と戦いたいんだけど……私の剣、使う?」
「……僕はライム以外の武器を使うつもりはない」
「いいの? 本当に?」
「くどい! 敵から武器を受け取るつもりはない!!」
そう啖呵を切ると、ニーアは笑顔を浮かべ双剣を地面に突き刺す。
「そう、じゃあ……手加減してあげる」
そう言い放つと同時に、その場を飛び出し異様な速さで僕へと迫ってくる。
慌てて、彼女の繰り出した掌打を両腕をクロスさせて受け止める。
「ぐっ……!」
「いい反応!」
速い……!
咄嗟にナイフを薙ぐが、腕に手を差し込まれ動きを止められる。
「力もすごい!」
まるでカンフー映画のアクションシーンのように連続して振るうナイフを止めてくるニーアに頬が引き攣る。
なんとか相手の防御を崩すべく力に任せ腕を振り切ろうとすると、そこから強烈な縦拳が僕のみぞおちへと叩き込まれる。
「……ッ」
「カイト、この女凄まじいバカ力だ……!」
「ああ、今身をもって体験してる……!」
肉体強化のおかげで大したダメージはないけど、や、やばい、集団戦の次は技術を持った相手か。
魔物としての力を持っているからか、その膂力は人のものではない。
やっぱ武器もらっておけばよかったかも。
「ほらほら、行くよ!」
地面を飛び上がり、空中で一回転しながら振り下ろされる蹴り。
それを右腕で受け止めながら、逆にその足を掴み取る。
「シフ、もっと強化を!!」
「カイトの身体が心配だが、致し方あるまい!!」
「おおお?」
体から魔力が吸い上げられ、身体能力がさらに底上げされる。
全身に力が巡ると同時に、掴み取った足を振り回しニーアを放り投げる。
そのまま何事もなく着地したニーアを睨みつけた僕は、意識を切り替える。
「型に嵌ったやり方じゃ、戦えない……」
鋭敏化した感覚を強く意識し、相手の動きを観察する。
構えを解き、どんな動きにも対応できるように低く構える。
僕に足りないのは格上との実戦……!
「オオオォォ!!」
あちらから攻撃されても優位を取られる。
ならば、こちらから攻撃を仕掛けるまで……!
全力でその場を飛び出した僕はニーアへ向けてドロップキックを放つ。
「いいよ! 私に近づいてきた!! でも攻撃が大ぶりすぎかな!」
それをあっさりと避けるニーアが、地面に着地する僕へと手刀を繰り出してくる。
しかしその前に、着地した低い体勢のまま彼女の足にタックルを叩き込む。
「ぜぇぇい!」
「うわっ!?」
まさかの低姿勢タックルに虚をつかれたニーアが僕諸共地面へと倒れる。
しかし、僕の本領はここから。
高笑いをあげながら、跳躍と共に起き攻めのエルボーを振り下ろす。
「ハッハァッ、文字通りに足を掬われたなぁ! このまま眠れェ!!」
「君さっきと性格違くない!?」
「そうだ! いけ! カイト、そのまま仕留めろ!」
振り下ろされるエルボーを見て彼女は笑みを引き攣らせながら、その場を転がり避ける。
このまま逃がさない。
地面に肘を叩きつけた後に、身体を反転―――腰の捻りを利用した回し蹴りを、立ち上がろうとした彼女に叩き込む。
「ッ、いいね。面白い! まるで獣を相手にしているみたいだよ!!」
肉体強化の攻撃を受けても全く応えていない。
その事実に、冷や汗をかいた僕は笑みと共に繰り出された手刀を腕で防ぐ。
「ぐ、ぐぐぐ」
「カイト! 我を忘れるな!! おぬしは獣ではない!!」
凄まじい力で押し込まれる腕を必死に防いでいると、シフがそんな声を投げかけてくれる。
しかし、それに反論するようにニーアが、顔を近づけてくる。
端正な顔が迫るが、下心よりも恐怖の方が先に来る。
「いいや、君は素養がある! いずれは、私達の側に傾いてくる器だ……!」
「貴様! カイトをおぬしのような馬鹿力の野蛮女と一緒にするな!!」
「野ば……!? なんだと!? 君こそ自分の主のことよく分かってないんじゃないの!?」
「なんだとぉ!?」
「そっちこそ!!」
僕と戦いながらしょうもない理由で喧嘩しないでくれませんかねぇ!?
こっちは必死に凌いでいるのに、バカらしくなってくる!!
「おっと、そこ!!」
「く……」
蹴りでナイフを弾き飛ばされ、突き出された手刀が僕の頬を僅かに切り裂く。
ナイフを失ったが、ここで下がったら致命傷をもらう、なら剣の戦いにくい近距離で―――、
「甘いよ」
「ッ!!」
さらに一歩踏み出した僕に、ニーアは剣を持ったまま掌をこちらへ向ける。
———しまった、彼女はまだ魔法を使って……!?
「ばぁん」
「ごぉ……ッ!?」
瞬間、腹部に凄まじい衝撃と冷気が叩きつける。
吐き出される息すらも、白くなるほどの冷気を受けながら後方へ飛ばされた僕は、なんとか意識を保ちながら、着地する。
「痛ッ……それに、冷たい……」
「これは氷……いや、冷気そのもの……?」
腹部を見れば、魔力弾らしきものが当たった箇所は凍り付き、霜が張り付いている。
シフの火炎付与で氷を溶かしながら、掌に浮かんだ冷気を払ったニーアを睨みつける。
「リーファが黒い影、それなら私は白い霞ってね。実際は冷気を操る系統なんだけど……まあ、それはどうでもいい話だね。……んー」
そう言って指の先に付着している血を舐め———すぐさま顔を顰めて吐き出した。
「う、おぇぇ、う、うん、魔力はすごく美味しい……うぇ……血は鉄の味しかしないしまっず……」
「おぬし、さてはバカだな?」
シフの指摘にやや頬を赤くさせたニーア。
彼女は誤魔化すように構えを取ると、掌から白い冷気を放ち始める。
「ふ、ふふ、戦闘再開と行こうか。今度は魔法を使っていくからね……!」
「……っ」
今までがただの格闘だったからまだ対応できたけど……そもそも彼女は剣を使っていないし、本気を出してすらいない。
しかし、諦めるにはまだ早い。
火傷覚悟で火炎付与を掌に纏わせようとシフに提案しようとすると―――、
―――カイト
「ッ!?」
僕の名前を呼ぶ声が頭に直接響く。
思わず頭を手で押さえると、シフだけではなくニーアも怪訝な声を上げる。
「シフ。今、頭の中に声が……」
「カイト、その左腕は……?」
「左?」
シフの声に、左腕を見ると竜巻のようなものを纏っている。
竜巻と言っても、あくまで風が渦巻いているだけだが、純魔の魔力の僕には風を起こすことはできない。
僕に起こっている異様な現象に、言葉を失っていると再び幻聴が頭の中に響いてくる。
―――与えてくださった我が名を、声に。
与えた、名前。
それがすぐに誰か理解した僕は、風を纏った左腕をニーアへと向けてその名を叫ぶ。
「来い! ハクロ!!」
『オォォォ!』
瞬間、突風と共に現れたのは風を纏った半透明のオオカミ。
僕達がハクロと呼んでいた精霊の形を保った魔力の塊。
それは雄叫びと共にニーアへと突撃し、彼女へ体当たりを叩き込んだ。
ギリギリで両腕で防御した彼女だが、その表情は笑みから焦燥へと変わっていた。
「ッッ、あの精霊、そういうことね……! やってくれる!」
使い魔“ハクロ”。
風を纏った半透明の身体。
オオカミを形作ったそれは、僕に付き従うように出現すると敵対者であるニーアを睨みつける。
「ハクロ……」
『……ウォン』
僕の傍らで指示を待つ、この子からはほとんど意思は感じられない。
僕の意のままに動く、風のオオカミ―――それが僕に刻みつけられたハクロの魂。
試しに、戻れ、と念じるとハクロは僕の左腕へと戻っていく。
なんとなくだけど、この力の扱い方が分かった気がする。
「これが僕の新しい力……いや、使い魔か」
左手を握りしめる。
ハクロに力を託された。
なら、僕は彼を自由にするために、ニーアと戦わなくてはならない。
新たに加わった目的に闘志を燃やしながら、ニーアと向き合う。
「風の精霊を……! ハクロを解放してもらうぞ……!」
「ああ、いい。いいね、君! 何をするか分からない! そういうのが、私は大好きなんだ!! もっと私に君の力を見せてよ!!」
白い魔力弾を浮かばせ、掌から冷気を放つニーアと、風を纏わせた左拳を引き絞るように構える僕。
互いに睨み合い、僕とニーアが動き出そうとしたその瞬間―――、
「カイト!!」
「きゅ!」
———背後の森から、僕の名前を叫びながら何者かが勢いよく飛び出してきた。
魔物か!? と思い、振り返った僕の視界に、見慣れた黒髪の少女が映り込む。
肩に銀色のスライムを乗せた少女、リーファは僕の前に立っているニーアを見て、その端正な顔を歪めた。
「姉さん……!」
「思ったより早かったね。リーファ」
ついに再会を果たすことになった姉妹。
しかし、その再会は、二人にとっても、僕にとっても穏やかなものではないことは確かであった。
使い魔・ハクロ
未だテイマーとして未熟なカイト用にデチューンされた精霊・ハクロの力の断片。
応用性と可能性を秘めた、主と共に成長する力。




