閑話 それぞれの反応
前半がチサト視点。
後半がイオ視点となります。
フィルゲン王国に帰った私は、最初に自身の正体を国民に明かすことをフィルゲン王国の王であるセルジ様に願い出た。
私の申し出が意外だったのかセルジ様と周りの人々に驚かれてしまったが、特に反対されることなく私が身分を隠してギルドの冒険者として働いていることがフィルゲン王国の民に明かされた。
「思ったより変化なし」
「そんな元も子もないこと言うなよ……」
それで何が変わったと言われると、何も変わっていなかった。
ただ瓶底メガネで自身の正体を隠していたことに、驚かれただけでそれ以外は特に面白い反応は返ってこなかった。
最早、変装もせずに街中を歩きながらそんなことを呟くと、肩の上にいる私の―――私のッ、使い魔である黒猫のアルが面倒くさそうな顔をする。
「もっと何かあると思った。具体的には私の印象が毒舌勇者から別のものに変わるとか」
「カイトと同じようにギルドの依頼を受けるアレは、お前が一瞬で終わらせたから話題にすらならなかったじゃないか」
そうなのである。
ここにもギルドの依頼はあった。
あった……のだが、捨てられたゴミも、木の葉も大抵のものがサッと、操った水で洗い流せばものの数分で綺麗になってしまうのだ。
「度外視していたのは、私の才能だったというわけだよ……!」
「お前の頭の軽さだよ。バカ」
ぺしっ、と尻尾で頬を叩かれる。
それほど痛くはない。
むしろ幸せまである。
そんなやり取りを交わしていると、通りがかった道具屋の中から見覚えのある褐色肌の女性が出てくる。
「あ、勇者様じゃないか。これからギルドかい?」
フィルゲン王国の冒険者、アルカ。
技術系のブロンズの冒険者であり、私ともそこそこ縁のある女性だ。
「うん。あとチサトでいい」
「いや、さすがにそれは恐れ多いよ」
笑いながら手を横に振るアルカ。
たしかに勇者である私に対して畏まるのは分かるが、私が求めている距離感はそういうのではない。
「じゃあ、私は今度から貴女を“女の子になったカイト君”って呼ぶね」
「やめて! それはあたしも反省してるからやめて!」
「若気の至りって面白いよね」
そう、カイト君が絶賛行方不明になっている頃、彼を探している私の元にやってきたカイト君の名を騙っていた女性がこの人だ。
本人曰く、酔った酒の勢いというがそんなこと関係なく面白いのでこれからもネタにしていこう。
「しかし、なんとも変な気分だよ。あの勇者様がこんな近くにいたなんて」
「パッとしない見た目になるのは得意。だっていつもそうだから」
「反応しづらいボケはしないでくれるかな?」
すると、道端でフィルゲン王国製の新聞が売られているのが見える。
ちょっと見えた表紙には、なにやらおかしな覆面姿の男の姿が映っている。
……少し気になったので、一つ買っていこう。
「これ一つくださーい」
「あいよー」
駄菓子屋のノリで新聞を一つ購入した私は、歩きながら紙面に目を通す。
隣を歩いているアルカも気になったのか、さりげなく覗き込んでくる。
“ヘンディル王国の新たなヒーロー! ヘンディル仮面!!”
「「ぶっ!?」」
紙面にでかでかと映されていたのは、箒を構えた黒い帽子とコートを着た覆面姿の男と、見覚えのありすぎる服を着ている虎型の覆面を被った少女であった。
———もう、確実にカイト君とリーファである。
「カイト、何やってるの……?」
「これほど、意味不明なことがあるか? シフ、止められなかったのか?」
「……」
アルカ達の声に無言を貫いたまま文字を目で追う。
どうやら、ギルドの依頼の一環で彼らは“ヘンディル仮面”とやらに変装していたようだ。
それらが子供達の人気に火がつき、話題になってしまった……。
「仮面主従……だって?」
「うわぁ、チミドロ、ドロドロ、修羅場主従からの仮面主従ってなにがあったのさ……。修羅場の先に虚無ってんじゃん……」
「妙にストーリー性があるのが怖いな。いや、カイトとリーファがそんなことになるのはありえないと思うんだが……」
仮面主従。
仮面、主従。
私もカイト君の主であり、リーファと同じ勇者だ。
「ずるい……! 私も仮面主従って呼ばれたい……!」
「……チサト、頭大丈夫?」
「かつてないほどに正常に機能してる……!」
「いつも通り正常に異常をきたしているだけなんじゃ……?」
アルカが頬を引き攣らせているが、今はそれどころじゃない。
私は近くの衣服屋に向かうべく、歩く方向を変える。
「ち、チサト、どこに行くつもりだ!」
「カイト君とリーファがヘンディル仮面ならば、私は追加戦士のフィルゲンブラックで行く」
「アルカ! チサトを止めろぉぉぉ!!」
覆面はカイト君と同じタイプにしよう。
とりあえず覆面を買いに行こうとすると、アルカが私に抱き着く形で止めてくる。
「チサト、考え直して!」
「離して! この私は、フィルゲンブラァックになるの!!」
「お前はどこまで突き抜けるんだ!」
アルカにも止められながら、カイト君達を想う。
やっぱりカイト君達がいたほうが面白いことが起きるようだ。
とにかく、今日はなんとか覆面を手に入れてから、通信用の魔具でこの件について聞こう。
●
ヴィングル王国に存在する屋敷。
我が主、セーラ・ルージェス様が住む屋敷の、自身の部屋にあたる一室で私はある新聞の記事を見ていた。
「相変わらず、話題に事欠かない方ですね。カイトさんは」
一般に販売されている新聞に記されている覆面を被った男女を目にして、苦笑する。
こういう記事は、各国の“騒ぎ”や“大きな事件”などについて記されることが多いが、まさかこんなことまで記されるとは思わなかった。
「我らの一番の兄上のいる場所だな、イオ殿」
「ええ、彼には貴方のことを相談させてもらっているんです」
膝の上で眠そうにしているキッシュと名付けた黒猫の背を撫でる。
この子は見た目は可愛くて丸い黒猫だが、実際はあらゆる姿に変身することのできる特別なシェイプシフター。
この子の場合は、セーラ様の魔筒を持つ右腕と一体化して、矢に属性を付与したり、防御と迎撃を行ってくれるのだ。
謎の多い魔物ではあるが、可愛いのでそれだけで許されるのだ。
「しかし、兄上は生き生きとしている。苦労もしているが、きっと楽しいのだろう」
記事を目にしたキッシュは間延びした声でそう呟く。
カイトさんは不思議な人だ。
同じ従者でありながら、私達とは違う従者としての在り方をしている。
交流している時間も短かったけれど、それでも彼と話している時間は楽しかった。
「これもきっと彼にとっては何か意味のあることなのでしょう」
何も考えていないかもしれない。
彼の場合、それもありえるだろうが、間違いなく彼らの行いで笑顔になる人々がいる。
その時点で十分に意味のある行動になっているはずだ。
「……セーラ様が何かを企んでいたようですが」
あの方が何がしたかったのかは分からない。
とりあえず脳裏に含みのある笑みを浮かべている彼女の姿を追いやりながら、書きかけの手紙の続きを記すべくペンを取る。
「むっ、イオ殿、今日はセーラ殿とともに城の方に向かうのでは?」
「手紙はまた後ですね。では、セーラ様を迎えに行きましょう」
膝の上のキッシュを抱え、扉を開けてセーラ様の元へ向かう。
キッシュに歩かせてもいいのだが、この子は少しのんびりとした気質なのでちょっとだけ歩くのが遅い。
戦闘時や焦った時などは、普段は考えられない速さで動き出すのだが、平常時はのっそり可愛いのだ。
「セーラ様、イオです」
セーラ様の部屋をノックする。
返事は帰ってこない。
しかし、気配からしている。
居留守でもしてサボろうとしているのかしら?
私は飽きれたため息をしながら、扉を開ける。
「はぁ……セーラ様、さすがに城への招集を断るのはまずいので―――」
「ヴィングルシューター!」
「……」
扉の入ったその瞬間、私の前には姿鏡の前でポーズを取りながら、覆面のようなものを被るセーラ様の姿があった。
しかもポーズを取りながらジッと鏡を見ていた彼女は、構えを解くと首を傾げる。
「駄目ね。これじゃあ偽物っぽいわね。もっと尖った感じじゃない……と……」
そこで後ろで硬直している私に、セーラ様が気付く。
彼女は覆面の上から分かるくらいに赤面する。
「イオ……! 違うのよ! これは、あれ……そうよ! 視界を狭めて集中力を上げる魔具なの! だから、そんな冷たい目で見ないで……!」
「……」
無言の私に涙目になったセーラ様は、次にキッシュを見る。
私程ではないが、キッシュもやや引いた視線をセーラ様へと向ける。
「セーラ殿、さすがにパクリはいかんと思う」
「キッシュ! 貴方にそんなこと言われたら泣いちゃうわよ!?」
もう一度こちらを向いたセーラ様は、どこからともなくもう一枚の覆面を取り出す。
それで何をするのかと思っていると、あろうことか彼女はそれを私に差し出した。
「い、イオの分も用意してあるわよ?」
「……ありがたく、受け取らせていただきます」
「イオ……!」
「セーラ様」
ぱぁぁぁ、と表情が明るくなった彼女に私は普段浮かべない笑みを向ける。
「―――実家に帰らせていただきます」
「あ、待って、冗談! 冗談だから! お願いだから私を捨てないでぇぇぇ!!」
それからひと悶着あって、荷造りをする私を止めることに成功したセーラ様。
私自身混乱していたこともあり、帰る気はなかったものの、さすがにセーラ様がカイトさんと同じ行動をするのは、色々な意味でキツイと思ってしまった。
やはり、そういう意味でもカイトさんは不思議な人だ……うん。
ヘキル「なにしてんのあいつら……」(ドン引き)
タヌキ「天晴れ、傾奇者よな」
勇者勢が暴走しすぎている……。




