第二百二話
第二百二話です。
ヘンディル王国に帰った翌日の朝。
僕はチサトと共にギルドへやってきていた。
リーファはニーアの監視のために宿に残ると言っていたが、多分、メルクさんの手伝いで四苦八苦するニーアを見たいがための方便だろう。
実際、朝はすごかったし。
『おい小娘、玉ねぎもまともに切れねぇのか』
『目、目から涙が止まらないんです』
『口から息しろ』
玉ねぎ汁の暴力に晒され、涙しているニーア。
『皿はしっかり洗え。水もできるかぎり節約しろ』
『は、はぁい!』
朝食で使われた食器を頑張って洗っているニーア。
『次は廊下の掃除だ。手ぇ抜くんじゃねぇぞ』
『ひんっ! うぅ、なんで私がこんなことを……』
ごしごしと雑巾で床を拭いているニーア。
それはもう、普段メルクさんがやっていた家事をやらされていたわけだが、その一方でメルクさんが楽をしているわけもなく、彼女は別の場所を掃除をしたりしていた。
「流れ的にリーファも手伝わされるのは目に見えているだろうがな」
「多分、一番楽しいのはライラだろうなぁ」
シフの言葉に頷く。
なんだかんだで暇しているリーファもメルクさんに手伝わされそうなので、普通に今日は冒険者稼業をお休みしているライラが、当事者として一番楽しみそうではある。
「おー、ここがヘンディル王国のギルドなんだね」
「そういえば、チサトは初めてだったね」
「うん。でもフィルゲン王国のギルドと似た作りだから、それほど初めてきたって感じはしないね」
まず最初にギルドにやってきたのは、旅から帰ってきた挨拶をするため。
金の冒険者と勇者の従者としての肩書を持つ僕と、フィルゲン王国の勇者であるチサトにギルド内の注目を集めてしまうが、できるだけその視線を気にしないように、受付へ歩いていく。
「お、カイト君。おかえりなさい!」
「ただいまです。マイさん、ギルド長はいますか?」
「ごめんなさい、今は席を外していないんだ。なにか伝言があったら伝えておくけど……」
「えーと、それじゃ……」
馴染みのギルド職員のマイさんにギルド長への伝言を頼む。
まあ、内容としては僕とリーファが帰りましたって挨拶みたいなものなので、それほど重要なものでもない。
それに合わせて、依頼の件も色々と聞いておく。
「ギルドからの依頼? どうしてまた?」
「事情があって都市外に出る依頼を受けられなくなってしまって、他にもいくつか理由がありますが、前みたいな依頼を受けれたらいいなと思いまして」
「なるほどねぇ。二人は金の冒険者以前に勇者とその従者だもんねぇ……えーと、ギルドからの依頼は……」
マイさんが依頼書の束を取り出す。
「実はカイト君達のおかげで、他の冒険者もギルドからの依頼を受けてくれるようになったんだー」
「そうなんですか?」
「うん、溜まるばかりだった依頼も少しずつ解消されてるから、ちょっと助かってるんだ」
差し出された依頼書に使い魔達と一緒に見ていると、興味を抱いたのかいつの間に隣にいたチサトとアルも覗き込んでくる。
「カイト君、これがボランティア依頼?」
「うん、前にユランのために受けたんだ」
正体不明の魔物だったユランを見極めるため、という目的もあり受けてみたけど周りの人も巻き込んでお掃除活動をしてしまったんだよな。
そのせいでお掃除テイマーって呼ばれることになったわけだし。
「……私のフィルゲン王国の毒舌勇者キャラを払拭するために、私もやろうかな……! 掃除、好きだし! 掃除好きだし!」
「どうして、二回も言うの?」
「できる女アピール」
「そ、そうなんだ……」
どうした突然。
普通に困惑する僕に、チサトが下手くそな舌打ちをする。
「ちぃ、アル、やはりカイト君は手強い……!」
「チサトの普段の言動のせいだと思う」
まあ、チサトの言動がぶっとんでいるのはいつものことなので、一通り依頼書に目を通しておこう。
とりあえず、目ぼしい依頼に目をつけた後にギルドの外へと出る。
「それで、次にどこに行くの?」
「オロチの遺跡に行って、あとは都市のはずれの湖に行こうかなって」
「オロチの遺跡って、最初にカイト君を食べようとしたっていうオロチのこと? 本になってた」
「そのオロチで間違いないね。今は大人しいから大丈夫だよ」
彼の様子を見にいかなくちゃな。
もしかしたらメリアも帰ってきているかもしれないし。
そのまま僕とチサトは、都市のはずれにあるオロチの遺跡へと移動する。
「……フィルゲン王国に帰りたくないなぁ」
「それは、しょうがないよ」
「分かってる。でも、君達と一緒にいたほうが楽しいんだよね」
チサトも勇者としての立場があるから、あっちで心を許して話せる相手が少ないかもしれないのか。
「あ、そうだ。通信用の魔具はどう? こっちの世界で言う電話みたいな」
「あれって決められた魔具にしか繋がんないんじゃなかったっけ? いや、詳しい仕様は分からないけど」
「その認識で間違いないぞ。結構、値も張ると聞いている」
シフの説明にやっぱりかと頷く。
なんというか、無線型の糸電話みたいな感じなんだよな。
遠隔での通信ができるけど、決まった魔具にしか通信できないし。
「君達と繋がればそれでいい。それに私達は勇者だ。お金はある」
「その発言は勇者としてどうなの?」
まあ、アイディアとしては悪くない。
というより、偶然かもしれないが早朝に同じ話題に触れていたんだよな。
「あ、そういえば朝にイオさんからきた手紙でも、通信用の魔具に触れてたな」
「手紙来るの早くない!?」
「帰ってすぐに送ってくれたみたい」
僕も驚いたけど、セントレアルからの距離的にイオさんとセーラさんの方が時間的に到着するのが早かったのだろう。
「キッシュに食べさせちゃいけないものとか、好きなものとか聞いてきたり、様子とか教えてくれたよ」
「うむ、兄弟のことが早く知れてよかったな」
シフとしても、キッシュという丸く可愛い黒猫の兄弟の近況が聞けて嬉しいようだ。
本当は他の兄弟について知れたらいいんだけど……まあ、それは難しいからな、
「うわ、チサトよりも勝負にきてるよ。多分、相手も無自覚だぞ」
「思わぬ伏兵……! リーファと情報を共有しなくては……!」
「君達は烏合の衆だけどな」
なんかチサトが慄いている。
どこか挙動不審の彼女に首を傾げると、不意に彼女は
「カイト君、まずは文通で殴り合おう……!」
「なんで殴り合っちゃうの……?」
最早、その語彙力で僕が殴られているようなもんなんだけど。
とにかく電話から手紙に退化したことに察しながら、会話を試みる。
「魔具でいいんじゃないの?」
「甘酸っぱさが足りない」
「ごめん。もしかして、会話の内容が間違ってる?」
話が通じている気がしない……!?
殴り合うとか、甘酸っぱいとかなんの話をしているんだ僕達は……!?
いまいち噛み合わない会話に、心が浸食されているような感覚に苛まれながら僕はヘンディル王国の街中を進んで行くのだった。
語彙力の暴力に晒されるカイトでした。




