第百九十六話
第百九十六話です。
半日ほどして病室から出ることができた僕達はリオンさんに呼ばれ、施設の近くにある庭園へと足を運んでいた。
庭園にはリオンさんに、ヒルデさんに、ウィルさんの三人がおり僕達の来訪に気付いたヒルデさんは、席から立ち上がりその場を後にしようとしていた。
「では、私はこれで」
「色々大変だろうけど、頑張ってね」
リオンさんの声を半ば無視するような形で、こちらへ歩いてくるヒルデさん。
すれ違うところで、ふと足を止めた彼女は僕へと身体を向ける。
「貴方のおかげで、セントレアルに住む人々への被害を最小限にとどめることができました。もし、魔物が一か所に集められていなかったら、より多くの被害が出ていたことでしょう。……本来は公的な場で、感謝の意を述べるべきですが……いえ、とにかく、ありがとうございます」
なんだか慣れていないのか、ややしどろもどろになりながら感謝の言葉を口にする彼女に、僕も慌てながら返事をする。
「い、いえ、僕も無理して突っ走っただけですから。僕だけの力ではなく、率先して戦ってくれた勇者の皆さんの力があってのことだと思っています」
「私も頑張った」
君はもっと謙遜しろ、いや、頑張ったけれども。
リーファの様子に苦笑いすると、ヒルデさんの表情が少しだけ柔らかなものに変わる。
「……少しだけ、貴方の行く末に希望が持てました」
「え?」
「また、会いましょう」
なにやら意味深なことを呟いた彼女は、その場を立ち去っていく。
やや不安な気持ちになりつつ、リオンさんの元に向かうと、彼女はテーブルと椅子を用意しながら僕達を迎えてくれた。
「さてさて、ようこそ。待っていたよ。おや、君はチサトについていくことにしたのかい?」
「今のボクはアルって名前がある。呼ぶならそう呼べ」
リオンさんはチサトの肩にいるアルを興味深げに見る。
チサトは、肩にいるアルの顎を指で撫でながら口を開く。
「この子には、化石のように固い意志を持って成長してほしいという願いを込めて、アルゲンタヴィスの名前をとって、アルと名付けた」
「え、な、なんだいそれは……? 神獣の名前かな?」
「鳥。化石で見つかったりしてる」
「そ、そう……」
さすがにUMAどころか化石にも詳しいとは思わなかったぞ。
そこまではさすがに僕の知識も及ばないけれど、素直に博識だなって感心する。
……チュパカブラじゃなくて本当によかった。
「と、とりあえず。座って座って!」
席に座るとリオンさんがハーブティを差し出してくれる。
リーファの視線がお菓子にロックオンされたことに気付きながら、僕は少し離れたところに座っているウィルさんに話しかける。
「ウィルさん、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「ん? ああ、神獣との戦いなら心配はないぞ。まあ、俺も奴も死力を尽くす気はなかったからな。……俺よりも、お前さんの方はどうだ?」
「僕も、怪我の方はもう治りました」
ウィルさんの見た目に変わった様子は見られない。
神獣との戦いで怪我をしたわけでもないようだし、本当によかった。
「神獣の一撃を防いだだけでも上々だろう。あの鳥の攻撃は、お前さんを殺すための一撃だっただろうからな」
「……」
神獣に攻撃される。
今までありそうでなかったことに、少なからずショックを受ける。
別に神獣が僕に対して無条件で好意的に対応してくれると思い込むほど、思い上がってはいないつもりだ。
だけど、本当に唐突で……言葉を交わすこともなく攻撃されるとは……。
「そう、クルックライザーは君を殺害しようとした。それは変わりようのない事実ではあったが、相対した限り、彼は君に対して怒りや憎悪といった感情は抱いてはいなかった」
僕とウィルさんの会話に割って入ったリオンさんに目を向ける。
「どのような感情を向けていたかまでかは私にも分からない。ただ、君という彼女の性質に近い純魔を持つ存在に対しては、クルックライザーのような問答無用の攻撃を行ったのは、ある意味では正解とも言える」
「正解……?」
「話せば、君のことを知ってしまうからね。もしかするなら、クルックライザーは君のことをなるべく知らないように努めていたのかもしれない」
こちらを理解するつもりもないし、興味もないとでも言いたいのだろうか?
もしかしたら、今後も襲ってくる可能性があるということなのかな……。
「まあ、襲われるかもしれないということについてだけど、君にはフィーリヘルトがついているから大丈夫だろう。彼女は、神獣の中でもそれなりの強さをもっているからね」
「え、そうなんですか?」
意外とは言わないけど、単純に驚いた。
同じ神獣のリオンさんが言うのなら、本当のことだろう。
「ははは、彼女は争いよりも旅をする方が好きだったからね。……さて、次は捕まえた魔王軍幹部について話そうか」
「……うん」
リオンさんの視線がリーファに向けられる。
ニーアの処遇についてだろうけど……。
「勇者達によって見事捕えられたプレガス、カリーナの両名の軍団長は処罰にかけられることになっている。カリーナに関しては、マリーナの方が本名だけど……これは、あちらの国の体面が関係して、カリーナと扱うことになっているね」
「マリーナさんは、いつから魔王軍に?」
「時期的には勇者召喚術式が発動される前かららしいね。これは素養のある者を優先して召喚してしまう術式の欠陥とも言える」
……リオンさんは、マリーナさんが魔王軍幹部だということを知っていたのですか?
そんな質問をしそうになったところで、踏みとどまる。
そりゃ、知っていたに決まっていただろう。
もしかしたらこの騒動すらも、彼女の手の上の出来事だったかもしれないが、あくまでそれは憶測にすぎない。
「君のお姉さん、ニーアについては特別な事情があって別の処罰を受けさせることになった」
「別の処罰? というより、特別な事情って?」
「ここまで来たら隠す理由もないし、明かしてしまおうか」
お菓子を手にしながら首を傾げるリーファに、リオンさんは人差し指を向ける。
「君とニーアは、神獣の力を持った人間だ」
「「え!?」」
僕とチサトが驚きの声を上げてリーファを見ると、当の本人はのほほんとした顔をしている。
なんだこいつ、この何も考えていませんって顔は……!
「なんの神獣?」
「常闇を生きる神獣さ。闇と冷気を統べる獅子」
「だから私は影で、姉さんは冷気ってわけなんだね」
「そういうことなんだ」
「……ふーん」
「……」
「……」
「待って、それだけなのかな?」
あっけらかんとしたリーファの反応にさすがにリオンさんも呆気にとられた様子だ。
「なんとなく予感はしてた。……もしかして、カイトと私を引き合わせたのも貴女?」
なぜかその質問だけは、リーファは瞳を鋭くさせ凄んで見せる。
リオンさんは、小さく笑みを浮かべて首を横に振る。
「いいや、君とカイト君が出会ったのは本当の本当に偶然さ。私が手引きしたのは彼とシフが出会うまで、それからの出会いは間違いなく、彼の行動によるものさ」
「……そう、安心した」
ほっと一息つき、またお菓子を頬張るリーファ。
衝撃の事実だけど、本人だけがそれほど驚いてないのってどういうことなの?
「姉さんは罪を犯したからしっかりとそれを償って、その後に母さんの前に引きずり出して罪を償ってもらえばそれでいい」
「カイト君、この子ってちょっと変わってない?」
「いつものことです」
口元に手を当て、静かにそう訊いてくるリオンさんに苦笑する。
神獣にも変わってる扱いはちょっと面白い。
とりあえず、魔王軍幹部の処遇も大体分かったところで、一番僕達が聞きたかったことを聞いてみよう。
「シフとアルの兄弟たちについてですけど……」
「ああ、分かっているよ。今日呼び出したのはそのことについてが大きいんだ」
本来は、シフの後に続くはずだった兄弟たち。
あのまま狭苦しい瓶の中にいれられたまま目覚めることがないなんて可哀そうすぎる。
僕の身勝手かもしれないが、シフやアルと同じ意志のある生き物なら、普通に生きて欲しい。
「最悪、僕が全員連れて帰ります」
「それは無茶だからやめなさい」
「無茶を通してこそ、テイマー……! 僕の知るテイマーは皆、そうしているはず……!」
「えぇ……」
「おぬしの知るテイマーはセラ殿だけじゃないか」
「一番参考にしちゃいけないテイマーじゃん……」
引いた様子のリオンさんと、ツッコミをいれてくるシフとリーファ。
コホン、と咳ばらいをした彼女は気を取り直すように話を続ける。
「地下にいたあの子達は、全て君という純魔のために私が生み出した魔物達だ。支援魔術という形で魂に結び付けた各種属性付与。自身の身体を武器や衣服などに変える変形能力を持つ」
「なにが、言いたいんですか?」
「君だけのための魔物だったということさ」
肉体強化は、あくまで僕と言う純魔にしか適用しないからないということか。
アルも持っていないようだったし。
すると、リオンさんの視線は僕からチサトとアルへと向けられる。
「だからこそ、君を見て思いついた」
「私?」
「本来は、カイト君のために作り出したはずのアルが、君のためにその力を振るった。それはとても不可思議で、素晴らしいことだ。アル、君のそれは正真正銘、生きているものだけができる選択なのだから」
「……」
リオンさんが組んだ手に顎をのせる。
「これから私がしようとしていることを君達に話す。それに賛成してくれるのなら、今夜それを実行しよう」
「……分かりました」
頷いた僕達にリオンさんが行おうとしていることを口にする。
その計画を聞いた僕は、暫しシフ達と相談した後に、それを実行することになった。
アルゲンタヴィスという化石から名付けられたアルでした。
由来が不思議すぎる……!




