第百八十七話
第百八十七話です。
今回はフィグロ視点となります。
閑話にしようか迷いましたが、そのままにします。
故郷が巨大な怪物に踏み荒らされる光景。
人質にされた相棒が、そのまま剣で刺し貫かれ血を吐き出した光景。
守ると誓った全てを、無造作に踏みつぶされ蹂躙された光景を―――俺は今でも覚えている。
「ほらほら、魔物がどんどんやってくるよ?」
「……ッ!」
今、相手にしている魔王軍幹部、プレガス。
男か女か分からねぇ姿をしたキツネの獣人で、その両腕には得物である籠手が見える。
―――俺の故郷に巨獣をけしかけた怨敵であり、俺の従者に今でも癒えない傷を負わせた奴だ。
こいつを目にするだけで腸が煮えくり返るような思いに駆られる。
「……」
だが、それでもここで怒りで我を忘れるのはそれこそ奴の思い通りになってしまう。
今俺がやるべきことは、この場にいる魔王軍幹部の足止めと奴らに従う魔物と兵士の対処。
そのためにこの場に最低限の戦力を残して、他の勇者達は施設と街の人々の救出に割いた。
この場にいるのは、ヘキルにハルト、そしてフレイとディエルの二組の主従。
そしてセーラにこの場を任された、従者のイオ。
彼らはそれぞれの能力を活用させながら、この場で足止めに徹していた。
「こーんなに魔物や僕達の兵士達が入りこんでいるのに、君は折角の戦力を割くようなマネをして……破滅願望でもあるのかな?」
たしかにわざわざ戦力を割くように指示したのは俺だ。
状況によってはこちらが不利になってしまうだろう。
「分かってねぇな。お前は」
「……は?」
「助かったのは、お前の方だぞ?」
向かってくる魔物を眼前に納め、床に剣を突き刺す。
鉄を司る土魔法。
魔力で鉱物を生成、操ることのできる自身の魔法で剣の切っ先を操り床下からいくつもの剣を発生させ、魔物を刺し貫く。
剣から手を離し、魔力でナイフ型の鉄を指に挟むように作り出した俺はそれをプレガスへと投げつける。
「なッ!?」
以前は行わなかった攻撃。
突然の攻撃に面を食らったプレガスは、慌てて両腕につけている籠手でナイフを弾く。
「ウィルさんを……黒の冒険者を封じた程度で調子に乗っているんじゃねぇのか?」
「……ッ」
こいつらは何を考えているのか分からないが、勇者の集まっているこのセントレアルを襲撃した。
冷静に考えて見りゃそれは、各国の実力者たちが集う場所にやってきたというわけだ。
「俺相手に手古摺っているようじゃ、テメェは俺以外の勇者に勝てねぇ」
「……僕に負けた癖によくそんなでかい口を叩けるね?」
「ああ、俺はテメェに負けた。その結果にどうこう言うつもりはねぇがな……俺程度に勝ち誇っている時点で、底が知れてるっつってんだよ!!」
再び魔力で鉄を生成し、剣の形にしながら襲い掛かってくる兵士の剣をはじき返す。
正直、俺はここに来るまで腐ったままだった。
故郷を守れず相棒も守れず、ただただ自責の念に駆られ自棄にすらなりかけていたが、ここで俺と同じ勇者の姿を見た。
どんな強大な相手———黒の冒険者にすら果敢に挑む、少年と少女の姿を見た。
「俺達は勇者だ。どこにいようとも民を守る使命ってもんを背負っている。だからテメェのような小物に戦力を割いている余地はない!!」
魔王軍の兵士の腹を蹴り飛ばした俺は、後ろで傍観を決め込んでいるプレガスに向かって行く。
奴は籠手で剣を受け止めながら、鋭い膝蹴りを繰り出してくる。
「甘ぇッ!」
それを剣を盾の形状に変化させ、防ぐ。
驚愕に目を見開く奴に、左腕を突き出し―――三つに枝分かれした鉄の槍を叩き込む。
「ッッ!」
「どうした! さっきまでの軽口はどこにいった!?」
苦悶の表情で鉄の槍を受け止め、後ろに下がるプレガスに啖呵を切ってやる。
これまでの意趣返しも兼ねているが、奴を見習ってという意味もある。
奴は、これまでの人を見下した笑みを、怒りのものに変える。
「言ってくれるね……! なら、もう一度僕が―――」
「あら、絶好の隙ですね」
瞬間、強烈な衝撃波が空気を震わせながらプレガスの横っ面に叩きつけられる。
声すら上げずにそのまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられる奴の姿に思わず、衝撃波が放たれた方を見る。
そこには、ニコニコとした笑顔を浮かべた勇者の一人、フレイがいた。
彼女の傍には、従者であるディエルと呼ばれた長身の男が、引き攣った笑みを浮かべている。
「さ、さすがは我が主! 不意打ちかますとか勇者の風上にもおけねぇぜ! もう優雅でしかないぜ!!」
「ふふん、そうでしょう? もっと褒めてもいいのですよ?」
「ああ、もっと褒めるから、二日前の愚痴は忘れてくれねぇかな!」
「それは嫌でーす」
従者の言葉に微笑みながらフレイは兵士の頭を掴んで衝撃波を叩き込んでいる。
……最近の若い子は恐ろしいところがあるもんだな……。
素直に引いていると、頭上から再び魔物が入りこんでいることに気付く。
「ヘキル君! ハルト君! 頭上に電撃を!」
「俺に命令するなオッサン!」
「了解しました!」
ヘキルとハルトの兄弟が同時に電撃を上方へと放ち、次々と魔物を落としていく。
だが、そんな二人を妨害するべくもう一人の魔王軍幹部であり勇者だった少女、カリーナが叩きつけるように泥を放つ。
「その程度の土くれがこの俺に通用するかぁ!」
ヘキルが、電撃と同時に風の魔法を放ち、泥を弾き飛ばす。
しかしそれでも濁流のように放たれた泥は、勢いを衰えない。
「そんなそよ風ていどで私の魔法は止まらないんですよねぇ!」
「ならば、これはどうでしょうか?」
俺達が回避に移ろうとしたところで、泥の前に飛び込んだ灰色の髪の少女―――イオがその手に持った細身の剣を泥へと突き刺した。
彼女の魔力が泥へと伝わり、一瞬に成長した植物が根を張っていき泥の動きを止める。
「私の魔力を……!?」
泥に籠められた魔力を糧にして成長する植物。
色とりどりの花を泥から咲かせてみせたイオに、カリーナは忌々し気に呻く。
「貴女の魔法、とてもいいですね」
「従者風情が……!」
「ええ、実力では勇者には至らない従者風情です。だが……セーラ様にこの場を任されたのならば彼女の信頼に応えなければならない」
迫りくる泥を避けた彼女は、魔力の籠った剣を泥に突き刺す。
すると、一瞬にして泥に根が張っていき花が咲いていく。
「綺麗なものが壊れる様が好き。それも一つの趣向でしょうが、貴女は自身の手を汚すことを何よりも嫌う。———その泥の魔法は、貴女の心を映したものと言えるでしょう」
「この女……!!」
図星を突かれたのか、カリーナは感情的になりながら泥の礫を飛ばす。
反射的に彼女の前に立った俺は、泥の礫を剣で叩き落とすと、後ろにいた彼女が冷静に話しかけてくる。
「フィグロ様」
「え、な、なんだ?」
「私の魔法は魔力を吸い上げ、花を咲かせます。それを軽く口に含めば、微小ではありますが魔力が回復いたしますので、どうぞ活用なさってください」
「あ、ああ」
「では、泥の対処は私にお任せください」
……さ、最近の子は分からん……!
以前、カイト君達と一緒にいるところを見かけたときは、柔らかく笑っていたような気がするが、今は無表情そのものだ。
困惑しながらも、近くに咲いている花を摘み軽く口に噛むと魔力が僅かに回復する。
「貴女の相手は私です」
「いちいち癪に障る!! 魔物共!」
カリーナが新たにやってきた魔物と兵士達をこちらへ向かわせてくる。
泥という広範囲に及ぶ攻撃手段を持つカリーナを、止めることができるのはイオの魔法だけ。
……セーラがそれを予想して、イオを残したのかは分からないが、彼女が足止めをしている間に俺達が動かなければ……!
「ヘキル君!」
「言われなくても分かってるッつーの! クソ、いったいどれだけ魔物が湧いてくるんだ!」
「弱音を口にするのは早いですよ、ヘキル」
「よ、弱音じゃない!」
ハルトの声に動揺しながら返事をしたヘキルは、向かってくる魔物達と相対する。
このまま段階的に魔物をけしかけれでもしたら、カリーナにもプレガスにもたどり着けない。
もう一人、幹部らしきものもいたが、いつの間にかその姿を消してしまっているのでこの場にはいない。
「このまま、魔物と兵士を蹴散らして幹部を叩くぞ!」
ならば、こいつらをなんとかしてしまえば少なくとも地上にいる魔王軍の兵士達の指揮系統はなくなるはずだ。
魔物どもが以前として厄介では―――って、ん?
『グォォォ!』
『ガァァ!』
「……なんだ?」
先ほどまでこちらに敵意を向けていた魔物が、一様に同じ方向を見ている。
その先には会場の壁しかないはずだが、魔物達は何かに引き寄せられるようにその場を走り出し、会場の外に向かって行く。
「魔物達が……!?」
「え、なんで!?」
困惑した様子のプレガスとカリーナをよそに魔物たちは背中に乗せている兵士すらも振り落としていく。
あっという間に、魔物達の姿が会場から消えたところで、イオが何かに気付いたような表情を浮かべていることに気付く。
「カイトさん……。なるほど、あの人ならそうしてくれるでしょう。……私も頑張らなくちゃ」
……そうか、カイト君が自身の魔力で魔物を外におびき出したのか!
かなり……というか、とてつもなく危険な行為ではあるが、彼のその行動のおかげで状況は一気にこちらに傾いた。
なら、彼の決死の行動を無駄にするわけにはいかない。
今一度、気合を入れなおした俺は、そのまま剣を握りしめて敵へと向かって行くのだった。
フィグロさんの頑張る年長者感。
見た目も能力もカリーナにぶっ刺さりなイオの魔法でした。




