閑話 一日目の終わり
今回は閑話となります。
視点は前話に登場した子となります。
さっきは思いもよらないことが起こった。
まさか、ボクがあいつと間違えられて捕まえられるなんて。
心地よい純魔の魔力。
魔力を通して伝わる善性。
なぜ、ボクは彼の手を傷つけてまで逃げ出してしまったのだろうか。
あのまま連れていかれれば……いや、違う。
ボクは、シフじゃない。
ボクは不定形の魔物で、名前のない怪物だ。
あいつがいる限り、ボクの居場所はどこにも存在しない。
「やあ、ここにいたのか」
不意に無遠慮にボクの身体が抱きかかえられる。
見上げれば、緑髪の女の顔が視界に映り込む。
「おや? おやおや、もしかして君、彼と接触したのかな?」
「……」
「いや、語らずとも分かるよ。まさしく逸材だ。純魔の魔力という素養だけじゃなく、その精神性そのものが“とても良い”。こちらが語らずとも、我々の深い心理を察してくるあたりメデュラリアムが気に入るのも分かる」
しばらくこの女の姿を見なかったが、出て来ればやはり喧しい。
しかも目障りなくらいに上機嫌だ。
ボクを抱えながら、いつものように庭園を歩く女。
夜とあってか、ガラス張りの天井から月明かり差し込む中を上機嫌に進んだ先に、一人の女性と老人の姿を見つける。
灰色の髪が特徴的な女性、ここで唯一まともな人間、ヒルデがボクを抱えている女を睨みつける。
「———今まで、どこにいらしたのですか?」
「ふふふ、私が目をかけている子を迎えにいってきたんだよ」
「……勝手なことをなさらないでください」
「私は何者にも縛られない。それは君もよく分かっているだろう? ヒルデ」
悪びれもせずに答える女に、ヒルデは重いため息をついた。
老人はただ庭園の外の景色を見据えているだけで、言葉を口にしない。
「貴女のお眼鏡に叶った少年。彼は本当にそれだけの価値があるのでしょうか?」
「彼が今日までに関わってきた神獣の数を教えてあげようか?」
「……」
「私を含めて四体だ。断片を持つ存在を含めるならまだ増える」
言葉を失うヒルデに、女は変わらず上機嫌だ。
彼女は次に沈黙を保っている老人に視線を向ける。
「ウィル、集められた勇者達はどうだった?」
「弱い」
「そりゃ君から見れば殆どの人類が弱いでしょ……私が聞きたいのはそうじゃなくて、伸びしろの話だよ」
女の言葉に老人が大きなため息を吐く。
「何人かはそれなりだな。お前が言っていた小僧も中々ではあった」
「ふぅーん。なら悪くはない。現状で君からそれだけの評価がもらえるなら十分以上だ。だとすれば、ここにいる間に……うーん」
口元に手を当て考えを巡らせている女に、ヒルデが嫌悪の表情を浮かべる。
「勇者召喚術式に選ばれた者達は貴方の玩具ではありません」
「分かってるよ。彼らは来るべき脅威に備えるための希望なんだろう? たしかに今の魔王を何もせず放置しておけば面倒なことになるね。うん」
全く分かっていない反応を返す女にヒルデは眉を顰めさせる。
それに構わず、彼女は大仰な動作で椅子に腰かけながら続きの言葉を口にする。
「アレはまさしく子供だ。しかも技術だけはそれなりのものを身に着けているあたり性質が悪い」
「巨獣を意のままに操れるほどの魔具、ですか」
「誰の言葉も聞かない奴は怖いよぉ? だって自分の考えが正しいと思い込んでいるから、話が通じないんだもの」
まるで実感の籠った口ぶりだ。
そういう輩を相手にしたことがあるのか、珍しく女は苦々しい顔をしている。
「なにより最悪なのは、そんなアレの元に性根がねじ曲がった人格破綻者共が集まっていることだね」
「魔王軍幹部と呼ばれている連中のことですか?」
「うん、そうだね」
無遠慮にボクの頭に手を乗せながら女は頷く。
「本来なら、ただの荒くれもの集団に成り下がるはずだったのに、どういう訳か統率がとれてしまっている。まあ、そのおかげでそこらじゅうに魔王軍の被害が出ずに済んでいるようなものだけど……」
「その理由は、貴女にも分からないの?」
「いーや、私にも見当がつかないよ。こればっかりは謎でしかない。多分、これは他の神獣が妨害しているのかもしれないねぇ。まさしく、私の自慢の角もかたなしってわけだね!」
ボクを抱えているもう片方の手で人差し指を立て、角に見立てる女に胡散臭げな視線を向けるヒルデ。
老人は大きなため息をついている。
「だけど、こうなってよかっただろう? 魔王が現れたことで君達は勇者召喚術式を各国へ配ることができたし、私も術式に細工を施す猶予ができた。お互いにいいことづくめじゃないか」
「いいことなんかじゃない。勇者召喚術式なんて、人類の脅威に対しての防御策でしかありません」
「真面目だねぇ」
なにを話しているのかは分からないし、そもそも分かろうとはしていない。
ただ、ボクを抱えている女にヒルデが向ける視線には、信頼もなにも感じられなかった。
「そういうところはお母さんそっくりだね。……ん、いや、お祖母ちゃんだったかな?」
「記憶に残していないなら、無理して言わなくとも結構です。元より、そのような言葉は期待していないので」
ぴしゃり、と冷たく言葉を叩きつけた彼女はその場を移動する。
この都市の重要人物の一人である彼女はするべきことが多い。一瞬だけボクと視線が合いながらも、彼女はこの場から離れて行ってしまう。
「ウィルは明日からどうするのかな?」
「……何もしねぇわけにはいかないだろ」
白髪の目立つ短い髪をかきながら老人は吐き出すようにそう言葉にする。
「何かを教える柄でもねぇが、少しばかり揉んでやるつもりだ」
「それは楽しみだね。是非ともこの目で見なければ」
さらに上機嫌になる女。
そんな彼女に老人はこちらへ振り向き鋭い視線をぶつけてくる。
見られていないボクすらも身動きがとれなくなる圧力を発する彼に、女は首を傾げるばかりだ。
「お前、分かっているのか?」
「ん、なにが?」
「……紛れ込んでいるぞ?」
老人の言葉ににっこりと笑みを顔に張り付ける女。
その反応だけで察した老人は、額を押さえる。
「全て織り込み済みってわけか。分かった、深くは聞かねぇよ……」
「うんうん、物分かりがいいのは助かるよ」
「碌なことが起こらねぇのは分かり切っているからだよ、このボケ」
そう吐き捨て、庭園から出ていく老人。
一人残された女は、静けさの支配する庭園の中で笑みを浮かべたままだ。
「今回の勇者招集は思っていた以上に混沌としそうだ」
「———」
「あ、君も好きにしてもいいんだよ? 私としては君の行動も興味があるからね」
女が抱えている僕を見下ろす。
得体の知れない化物。
生物としての格すらも超越した存在を前にしたボクは、どこまでも滑稽な存在でしかなかった。
・知っているけど話さない。
・事実も言うけど嘘に聞こえる。
・何も言わずに姿を消す。
・ありえないほどのフットワークの軽さで周囲を困らせる。
・なのに神獣。
これは、ヒルデさんに“あんなもの”扱いされてもやむなし……。




