第百五十七話
第百五十七話です。
使い魔の禁止。
そのルールを聞いた時、私は頭に血が上りかけた。
無礼な少年だとは思っていた。
私達の話に突っかかってきてこき下ろしてくるだけなら、まだ許せるくらいに寛容なつもりだったけどカイト君が不利な条件で戦うことをよしとするわけにはいかない。
「分かった。一対一だね」
そう考え、今からでも勝負を断らせようとすると、他ならないカイト君がそのルールを受け入れた。
彼の答えに周囲も驚くが、彼の傍らにいるシフだけが複雑そうな表情を浮かべていた。
その後、騒ぎを聞きつけたヒルデさんがその場にやってきた。
カイト君とヘキルから事情を訊いた彼女は、後日のために用意していた訓練場の使用を許可してくれた。
「カイト君、本当にシフ達の力を借りなくても大丈夫?」
「うん、大丈夫」
会場から五分ほど移動した場所にある屋内にある訓練場。
その場に会場にいた全員が移動し、カイト君とヘキルの従者の戦いを観戦することとになった。
「……」
軽い準備運動をしている彼に嘲笑するような笑みを向けているヘキルは、自身の兄であるハルトに何かを話しかけている。
既にセントレアルの方から審判に位置する人がやってきているため、戦いはすぐに始まる。
碌な作戦を練ることも許されずに、彼は不利な戦いに向かうことになった。
「さて、皆。一対一の勝負らしいから、リーファとチサトの傍にいてくれ」
「うむ」
カイト君の肩にいたシフが、私の肩に跳び乗ってくる。
彼のこそばゆい尻尾の感触がくすぐったい。
「シャー」
「キュ」
「ウォン!」
続いて彼の腰の水筒と胸ポケットから、さらに二体の魔物、ミスリルスライムのライムと、神獣から生まれた白色の蛇、ユランが出てくる。
さらにカイト君が腕を翻し、半透明のオオカミ、ハクロを呼び出したことで周囲を大きなざわつきを見せる。
恐らく、カイト君の使い魔がシフだけだと思っていたのだろう。
「カイト君、大丈夫かな」
「いや、大丈夫だと思うよ?」
「……もしかして、リーファってカイト君の勝ちを確信してる?」
「うん」
普通に頷くリーファ。
多分、ベヒモスとの戦いの後から今日にいたるまでカイト君もかなりの実力をつけたのだろう。
少なくともシフ達がいなくとも戦えるくらいには。
「シフもそう思う?」
「……」
「シフ?」
「え、ああ、うむ、そうだな……」
肩にいるシフに話しかけてみるも、彼の視線は訓練場の中心へ歩いて行ったカイト君に向けられている。
「いや、カイトがやりすぎなければいいな、と思ってな」
「……貴方達なしでもそこまで強くなっているの?」
「肉体強化を自身の力で出せるようになっているからな。それに加え、前回の騒動を経て、カイトの肉体強化はさらに強くなってしまった」
相対する両者。
互いに武器―――木剣を手に取ったカイト君とハルトが向かい合う。
審判の立ち合いの元、すぐに勝負が始まる―――かと思いきや、不意にハルトがカイト君に深々と頭を下げた。
『度重なる無礼、誠に申し訳ない……!』
その声には、それはもう土下座でもしそうなくらいの意思が籠っていた。
彼の突然の謝罪に最初に反応したのは、彼を送り出した主であるヘキルであった。
『兄貴! なんでそんな奴に謝ってるんだよ! さっさと戦え! 俺に恥をかかせるな!!』
『しかし、己も主に仕える身。例え兄弟といえどもその事実は変わりません。弟が、主が戦えと命じたならば、本気でいかせていただきます』
木刀に電撃が走る。
それに伴い、ハルトの身体に帯電するように電撃が流れる。
どうやら彼は雷系統の魔法を使うようだ。
『……』
電撃を纏い木剣を構えた彼に対して、カイト君は無言のまま深呼吸をする。
数秒で呼吸を整えた彼は、ハルトへと視線を向ける。
『シッ!』
電撃を纏ったハルトが地面を蹴り、カイト君へと向かっていく。
その速さはかなりのもので、黄色の残滓を残しながら移動する彼の姿を目で追うので精いっぱいだった。
『ハッハァ! 兄貴は強いんだ! たかがテイマーなんかに負けるはずがない!!』
こちらへ投げかけられるヘキルの耳障りな声に表情を顰めながら、カイト君を見る。
『ハァッ!』
『……』
彼の前に現れ振り下ろされるハルトの木剣を、それをカイト君が同じ木剣で受け止めると―――一瞬の光と共に、彼の身体に強烈な電撃が流し込まれ、ギャリギャリッ! という感電する音が訓練場に響き渡る。
「カイト君!?」
「いや、心配ない。あの程度の電撃はカイトには効かん」
え、いや、本当だ!?
全然痛がっている様子もない!?
「あれも、肉体強化なの?」
「それもあるが、以前カイトは魔王軍幹部……デウスと戦った時に、我慢比べに持ち込んだことがあってな。どちらかが気絶するまで、全力の電撃をかけたことがあったのだ。……恐らく、その経験が生きているのだろうな、うん」
「あの時、そんな無茶してたの!?」
信じられない所業をしている。
しかも、さっきまでは気にもしていなかったけれど……カイト君、かなりの速さで動いているハルトの攻撃を的確に対応している。
木剣で防ぐごとに、電撃も流れ込んでいるはずなのに一切効いた様子の無いカイト君に、ハルトも―――それを見ているヘキルの表情も、焦燥へと変わっていく。
『兄貴! もっと全力で行け!!』
『……ッ!』
ハルト自身は既に全力なのだろう。
電撃による肉体の強化と、攻撃の一つ一つが相手を感電させる強力なもの。
しかし、それを以てしてもカイト君には一切通じていないのだ。
「チサト、カイトをよく見てみろ」
「……え?」
「あの彼の身体を薄っすらと覆っている黄金色の光、あれが肉体強化の光だ」
目を凝らすとたしかにカイト君の身体を金色の光が纏っている。
以前は目を凝らさなくても見えたはずなのに、今はすごく安定しているように見える。
「最早、あれを肉体強化と呼んでいいか分からぬが、あの力はカイトの肉体を強く、強靭なものへと変えるものだ。彼が魔力を籠めれば籠めるほど、強くなり、その耐久力も上がっていく」
『———これは、どうだ!』
壁を蹴り、空高く跳躍したハルトが木剣に電撃を集める。
稲光が走るほどに集められた電撃を、彼は木剣の振り下ろしと共に落雷としてカイト目掛けて放った。
『部分強化』
対して手に持った木剣を地面に捨てた彼は、金色の光を纏った右腕を引き絞り、そのまま力の限りに落雷へと振り上げた。
訓練場を照らすほどの閃光。
拳のみで落雷を消し飛ばしたカイト君に、地面に着地したハルトは驚愕の表情を浮かべる。
『ハルトさん。一撃、いきます』
『っ!?』
カイト君が倒れるように前へと飛び出す。
彼が踏み出した床が砕けるように弾け、その姿が一瞬にして掻き消える。
微かに見えた金色の影が棒立ちのハルトの傍を横切った、その瞬間―――轟音が響き渡る。
「「「!?」」」
ハルトを通り過ぎ、壁に叩きつけられたであろう拳。
見て分かるほどに頑丈に作られているはずの壁を、一撃で粉砕するほどの拳に、あれだけやかましく騒いでいたヘキルはこれ以上に無く顔を青ざめさせていた。
『僕は、テイマーだ』
半ばまでに壁にめり込んだ腕を引き抜いた彼は、よく通る声を発する。
『———力を、見せろって言われても、シフ達がいない状態でどうすればいいって考えていたけど……。なにも持っていない僕にできることなんて、物凄く限られている』
「……カイトはリック殿……先の金の冒険者との戦いで、己の感情の発露の仕方を身に着けた」
カイト君の声に重ねるように、シフが言葉を発する。
先ほどまでの喧騒はすでにない。
ここにいるほとんどの人々がテイマーのはずだったカイト君の尋常じゃない力に、言葉を失っていた。
『今の力を見て、続けるのならそれでも構いません。加減はしますが、ある程度の怪我は覚悟していてください。こう見えても———怒っているので』
「今のカイトが抱いているのは怒りだ。冷静なように見えるが、今のカイトが一番危ない」
うっすらと纏っていた魔力が炎のようにゆらめきを増す。
それを前にしたハルトは、額に浮かんだ汗をぬぐいながら、その手に持った木剣を構えるのであった。
お前のようなテイマーがいるか(先制)
土日の更新はお休みなので、次の更新は月曜となります。




