第百五十六話
第百五十六話です。
形式としては立食パーティのようなものと認識してもいいだろう。
集められた勇者の素質を持つ者達による、憩いの場———といえば聞こえはいいかもしれないが、先ほどの話のせいで、広間の空気は驚くほど冷え切っていた。
人によっては勇者としての自信が砕け散ってもおかしくないだけの話だった。
「カイト、これ美味しいよ」
「君の空気の読まないところって時々、強いよね」
「それでお腹が膨れるなら読むよ?」
逆に清々しいとはこのことだな。
一方のチサトは――、
「あ、美味しいこれ。やっぱり本場は違うね」
「本場って、チサトはこれがどういう料理か知ってるの?」
「ううん、ノリで言って見ただけ」
ちょっと待って理解が追い付かない。
本人はこれを真顔でやっているのが恐ろしい。
「こら、食べ終わる前に次のお皿を持ってこない! 食べきれなかったらどうするの!」
「そんなことはない。私は太らない体質だから、いくらでも食べても大丈夫」
「ねえ、カイト君。今私さ、リーファに喧嘩売られた? そんな食べても太らないなんて言うファンタジーな体質あるの? ねえ、聞いてる?」
カオスだぁ。
自身の限界を考えずに料理をまるまると乗せたお皿を取ってくるリーファに、そんなリーファを虚ろな目で見たまま僕の服の裾を引っ張ってくるチサト。
挫けそう。
誰かこの状況をなんとかして。
さりげなく、マリーナさんに視線を向けて助けを求めると、にこりと微笑まれて視線を逸らされてしまう。
「あの、すみません」
「むん?」
「ん?」
そんな僕達に声をかけたのは、僕達から比較的近い位置にいる勇者らしき女性であった。
リーファとチサトと年が近いように見える彼女は、やや緊張した表情を浮かべている。
「さっき、ヒルデって人から話を聞けって言われたけど……今、聞いてもいいかしら?」
「……ん、いいよ。チサトも構わないよね?」
「うん」
二人が頷き、会話が始まったことで他の勇者達も彼女たちの元へ集まっていく。
話をするだけなら従者の僕は必要ないから、使い魔の分の食事をとりながら壁際に移動しよう。
幸い、壁際には座る椅子と小さな丸テーブルが用意されているので、そこに座る。
「美味いか? シフ、ユラン」
「うむ!」
「シャー!」
ライムは水筒の中で昼寝をしていたので今はそっとしておいている。
ユランは一口大に切った肉を。
シフは膝の上で前足で抱えたパンをはむはむと食べている。
「むぐ……カイトはいいのか? 食べなくて」
「後でいくらでも食べられるしね。それに、従者として二人を見ておかないといけないし」
「なるほど……」
今は何人かの勇者に話しかけられており、それぞれ応対している感じだ。
まあ、それほど心配はしていないが、何かあってもすぐに出ていけるように備えておくべきだと考えた。
「シフ、あのおじいさんだけど……」
「おぬしも感じたか。あれは、ただの老爺ではないだろうな。佇まいからして、並みの使い手ではないだろう」
今はヒルデさんと共に移動してしまった老人。
彼が誰だかは未だに分かってはいないけれど、ただとてつもなく強いという印象だけを刻みつけられた。
「おぬしの様子からして、老爺が出た時から気付いていたようだが……私は、彼がカイトを見るその視線でようやく気付けたようなものなのだ」
「……そうなの?」
「勘の鋭いリーファなら、気づいているのかもしれないが他の面々は分からん。……もしかするならば、おぬしだけに気付くように仕向けていたのかもしれないな」
……なぜ?
僕はあくまで従者だ。
かなりの実力を持っているであろうあの老人がなぜ、僕にそんなことをする?
もしかして単純に嫌われてる?
だとしたら、ショックどころじゃないのでその考えを打ち消すべく首を横に振っていると―――、
「———なにが言いたいの?」
いやに通る、リーファの冷めた声が聞こえる。
その声に籠められたのは“怒り”。
すぐさま何かしらが起こったことを察した僕とシフは、傍らのテーブルにお皿を置いて、彼女たちの元へと向かう。
リーファとチサトの周りには先ほどまで話を聞いていた何人かの勇者がおり、困惑した面持ちを浮かべていた。
その視線の先にいるのは剣呑な目つきに変わり始めているリーファと、彼女の前に立っている青髪の少年。
「だから、その偉業とやらは事実かどうかも怪しいだろう。お前達はただ逃げていただけなんじゃないか?」
また君かぁ、ヘキル君。
なんにでも噛みつく癖でもあるのか、この子は。
「巨獣との戦いは私達だけの力じゃ決して勝てなかった。ただそれだけだよ」
「ハッ」
チサトの言葉を鼻で笑うヘキル君。
そんな失礼な態度を前にしたチサトは、笑みを浮かべたまま薄っすらと目を細める。
「そもそもテイマーが一対一で魔王軍幹部と戦っていた? その時点で俺は嘘を疑うね。悪いけど、俺にはこいつが強いやつには全然見えない」
なぜか僕に飛び火する。
やけにつっかかれるなぁ。
「使い魔もそれほど強そうには見えない。むしろどうしてこんな能天気そうな男が魔王軍の軍団長と戦えると思うんだ?」
「ははは、これは手厳しい」
「それに、着てるものもセンスの欠片もない」
「叩きのめすぞ小僧」
「え?」
やっべ、笑顔のまま普段絶対にしない悪口を口にしてしまった。
あまりにも唐突だったおかげか、ヘキル君も周りの人達も気のせいだと思ってくれたようだ。
「こ、コホン! 二人の勇者の従者ってのもおかしい。それを認めさせるだけの強さと理由がこいつがあるとも思えない。ただこいつを取り合ってるだけじゃないの?」
「……」
「あ、もしかして図星? そのためにわざわざ巨獣を撃退しただなんて嘘を流したのかな? ははは」
あまりにも失礼すぎじゃないのか、この子……。
一周回って、僕を含めた周りがドン引きしていると、無言だったリーファがぎろりとヘキル君を睨みつける。
「黙れチビ」
「あ? ッ!?」
ここでリーファの純粋な悪口に、ヘキル君が怒りの声を上げる。
だが、普段色々な人に怒られ慣れているリーファは微塵も動揺せず、それどころか殺気すらも感じさせるほどの瞳を眼下の彼へと向ける。
予想だにしない殺気に、ヘキル君がしりもちをつく。
「もういい。そこまで実力を疑うなら確かめればいい」
「……え?」
なんだ?
僕を見るリーファに首を傾げる。
「カイト、懲らしめてやりなさい」
「おう、ちょっと待ちなさい」
いきなり話が飛びすぎだろ。
まさか、従者同士で戦うアレをやれと言っているのか?
まだここに来て半日も経っていないのにもう騒ぎを起こすの?
「カイト、私我慢した」
「うん、それは分かってる」
「でも無理。カイトは弱くない、ゴリゴリの怪力お化け」
「おっと悪口かな?」
今の君の口ぶりが実の姉をゴリラと呼ぶものに通じていたよ?
だけど、リーファが怒りで冷静さを欠いているのは本当だ。
彼女を押さえるには僕一人だけじゃ足りない。
「チサト、君も止めて―――」
「とりあえず脅してみる?」
「一昔前のヤンキーか君は」
すっごい気軽な感じでヘキル君を脅す案を出されてしまった。
あれ、もしかしてチサトも内心でキレてる感じなの?
「カイト君。私は君が思っている以上に凶暴だよ……?」
駄目だぁ!? よく見るとチサトもやばい目してる!
そんな事実知りたくなかったけど、マジでどうするんだコレ!?
「い、いいだろう。だが、条件はこっちが決める! こっちが力を確かめるんだからな!」
「それでいいよ、チビ」
「またチビと言ったなお前!」
キッとリーファを睨みつけた後に、僕を見るヘキル君。
あれよあれよという間になんか力を試されることになってしまったけれど。
まずはヒルデさんやセントレアルの人に許可をもらいにいかなきゃな。
無断でやると後々問題になりそうだし、後は―――、
「ここでは勇者同士の私闘が禁止されているのは知っているな! お前は、俺の従者と戦え!! 一対一だぞ!!」
「はぁ……分かったよ、もう」
ヘキル君の従者、ハルトさんを見ると彼は複雑そうな表情で僕を見ていた。
視線が合うと、苦々しい顔をしながらヘキル君に気付かれないように、頭を下げてきた。
……彼も苦労しているんだなぁ。
そんなことをしみじみと思っていると、まだ条件があるのかヘキル君は怒鳴るように続けて言葉を発した。
「あと、使い魔を使うなよ!」
「……はい? あの、僕テイマーなんだけど」
「一対一だと言っただろ。文句は言わせないぞ」
あまりにも酷い条件に僕だけではなく、周りの勇者と従者たちもざわつく。
一方でリーファとシフだけはそれほど驚いてはいなかったけれど―――なんだ、一方的に突っかかってきたのにどうしてここまで悪い条件で戦わされなければならないのだろうか。
我儘にしては限度があると思うのだけど。
これは……僕もちょっとだけ怒ってもいいんじゃないか?
次回は“テイムオーガからテイマー要素を抜いたらどうなるか?”というお話。
実際、シフ達使い魔の存在がカイトに知能のある戦い方をさせてくれている節があります。




