第百四十九話
第百四十九話です。
昨日は大変だった。
湖にマジックトラウトを釣りに行ったはいいが、まさかあの湖にマジックトラウトの主がいたなんて思いもしなかった。
本マグロ並みの大きさのマジックトラウトを釣りあげ、動揺している間に逃げられてしまうだなんてポカをやらかしてしまった。
まさしく、逃した魚は大きかった。
しかし、普通のマジックトラウト自体はちゃんと釣ることができたので、帰りにリーファが厳選? した肉を購入してチサトを歓迎する準備を整えた僕とリーファは今日、城に集まって馬車に乗ってやってくるであろうチサトを待っていた。
「結構、人が集まっているな」
「ふむ、隣国の勇者が来るのだ。人も集まるだろう」
肩にいるシフと共に城門から見える通りに目を向ける。
そこにはフィルゲン王国の勇者であるチサトの姿を一目見ようと、城門から見える大通りにはいつもより人が集まっている。
そんな人々を眺めていると、隣にいるリーファが遠くを指さした。
「カイト、あれじゃないかな?」
「うん?」
目を凝らすと通りの先から大きな魔馬に引かれた馬車がやってくる。
見覚えのある作りの馬車だし、間違いなくフィルゲン王国からのものだろう。
馬車は僕達の前で停止すると、魔馬を操っていた人が恭しく一礼して馬車の扉をゆっくりと開くと、中から茶色がかった黒髪の少女が出てくる。
旅先用のローブを纏った彼女、チサトは僕とリーファに気付くと、嬉し気に微笑んだ。
「やっほ、カイト君、リーファ。元気してた?」
相変わらずの特徴的な挨拶だなぁ。
でも、それでこそ彼女だとも思える。
僕とリーファも挨拶を返すと、彼女はおもむろに両手を広げて僕達へと視線を送る。
「ん」
「……どうしたの?」
「再会のハグ」
「いや、なんで?」
なんで欧米風のノリなの?
しかし、それを見た街の人達はざわざわしている。
いかん……! チサトの意図は全く読めんが、このままではまた言われぬ修羅場的な噂が広がってしまう。
「リーファ、頼む」
「え?」
「むぎゅー」
「ぐえぇ!?」
首を傾げているリーファを前に押し出し、チサトとハグさせる。
ハグするチサトと、少女らしからない悲鳴を上げるリーファ。
あれはハグではなくサバ折りではないか? と疑問に思いながら、脱力したリーファを支えながら、チサトをジェシカ様の元へと案内する。
「で、今のなに? なんでいきなりハグ?」
「私も修羅場主従に入れてほしくて……」
「ごめん、とりあえず言わせて、君はいったい何を言っているんだ?」
隣国にまでその不名誉な異名が届いていることは我慢するとして、入れてほしいとはなんだ。
前々からチサトはちょっと不思議ちゃんな部分があったけれど、これはいよいよ謎だぞ。
「カイト君は私の従者になったんだよね」
「ああ」
「なら、私も同じ扱いをされてしかるべきだと思うの」
「君はいったい何を言っているんだ?」
「むん……!」
「おっと、リーファ、張り合おうとするな」
同じツッコミをしながら、特有の鳴き声と共に前に出ようとするリーファを押さえる。
くっ、僕一人だけじゃ手が足りないぜ……!
駄目だ話題を逸らそう。
これ以上は、僕まで何かしらのダメージを受けそうだ。
「あ、会うのは大体二カ月ぶりかな?」
「うん、君達は色々あったみたいだね。金に上がったり、勇者としてようやく公表されたりとか」
「いや、それに関してはもう大変だったよ」
僕の言葉に頷くようにこくこくとリーファが頷く。
リックさんとスノウさんと戦ったり、勇者と従者としての僕達の正体が明かされたから、一気に有名人的なことになったりして大変だった。
今でこそ慣れたけど、それこそ昼間は常に周囲の視線を感じるほどだ。
「あと、神獣のこととか」
声を潜めてそう話しかけてくるチサトに頷く。
彼女も僕が神獣———メリアに攫われたことは、聞いているはずだ。
UMA大好きな彼女が、それに興味を抱かないはずがない。
周りに誰も聞いていないか確認しながら、歩きながら会話を続ける。
「カイト君を攫った神獣ってどういうのだったの?」
「本当の姿は見ていないけど、多分大きな蛇の姿だと思う」
「へぇ、蛇ねぇ」
メリアから逃げた先で見つけた、壁画。
それに記されていた彼女と思わしき絵は、地下深くに眠る大蛇であった。
本来の姿がどれほど巨大かは分からない。
ただ、彼女自身の記憶からして、それこそ一つの都市を上回るほど巨大であったに違いない。
するとメリアの話だと分かったのか、僕の胸ポケットから白色の小さな蛇、ユランがひょこりと顔を出してくる。
「シャァー!」
「むむ? カイト君、その子は?」
「僕の新しい使い魔のユランだ。ちょっと特殊な魔物なんだ」
「触ってもいい?」
「どうぞ」
一度、僕の掌にユランを乗せてからチサトに差し出す。
チサトが手を伸ばすと、ユランが僕の手から彼女の手へと這うように移動する。
白くしなやかな胴体を伸ばし、小さな頭でチサトを見上げたユランはもう一鳴きする。
「シャァ!」
「かわいい」
「チサトは爬虫類とか平気な方なの?」
リーファの質問に、チサトは笑顔で答える。
「私、ツチノコは信じる派だから」
「そっか……うん?」
待て、それは爬虫類が大丈夫な理由になるのか?
しかし、事実チサトはユランを掌にのせても平気なようだ。
「チサトはどうしていたんだ?」
「私? 私はね……んー、ベヒモスが破壊した自然を修復する手伝いをしたり、魔法の訓練とかしたりしてたね」
「魔法の訓練か」
僕達も昇格試験のために訓練をしたけれども、君のは僕達とはかなり違ったものなんだろうな。
だとすると、彼女の持つ素養からしてかなり強くなっているんだろうな。
「これからこの国の女王様に会うんだよね」
「そうだね。細かいことはあまり気にしない人だから、そこまで緊張することないよ」
「セルジ様と比べてどんな感じ?」
「距離感が近い……かなぁ。最初は戸惑うかもしれない」
今では慣れたものだけど、最初は僕も混乱しっぱなしだったからなぁ。
シフなんていつも視界に入れられた瞬間には抱えられているし。
「いつもお菓子出してくれる。いい人」
「カイト君、リーファの女王様への認識が近所の優しいおばあちゃんに対するものなんだけど……?」
いつも通りなので、気にしなくてもいい。
リーファはやるときはやってくれる子なのだ。
そのまま掌にユランを乗せたまま歩いていくと、ジェシカ様のいる広間の部屋へとたどり着く。
扉の前にいる守衛さんに確認を取ってもらってから、中に通してもらうと用意された玉座に座っているジェシカ様の姿があった。
彼女は、広間に入った僕達の姿を視界に映すと上品に微笑んだ。
「フフフ、貴女が勇者チサトね。私はジェシカ、短い間だけれど私は貴女を歓迎するわ」
「は、はい」
「「……?」」
なんだか僕が最初に会った印象と全然違う。
もしかしてジェシカ様……他国の勇者相手だから猫を被っているのか……?
チサトが合流したことで、天然が三人になってしまいました。
ここからボケの奪い合いが始まります。




