第百三十二話
第百三十二話です。
今回はちょっとだけ長めです。
イリスさんが、メリアを足止めをするために一人残っていってしまった。
彼女が作り出した頑丈な壁を必死に殴りつけようとも、僕の拳から滲んだ血が壁を汚すだけだった。
『イリス殿の覚悟を無駄にすることはできない』
壁を壊そうとする僕とリーファに、悲痛な面持ちでそう言い放ったシフ。
シフだって、好きでそう言ったわけではないのは分かっている。
分かっているからこそ、今の僕の無力さが嫌になってしまう。
「ベルセさんに、なんて伝えればいいんだよ……!」
「……カイト、しっかり歩いて……」
イリスさんのゴーレムが消えてしまったので、今はリーファに肩を貸してもらいながら風が吹いてくる方向へ薄暗い道を進む。
ライムはまだ目覚めておらず、未だ僕の腕の中で眠っている。
「カイト、イリス殿が死んだと考えるのは早計だ」
「でも、シフ……」
ユランが胴体に巻き付いているシフの声に耳を傾ける。
僕達と並走しているシフは、とことこと軽やかに進みながら口を開いた。
「メリア、と呼ばれる神獣は、おぬしとの関係を重視している。イリス殿を殺してしまえば、おぬしが怒ることを理解しているはずだ。人質にはされるかもしれないが……」
「殺されるよりは、いい……」
そうなってしまったら僕のやることは決まっている。
必死に前向きになろうとしていると、目の前に壊れた扉のようなものが見える。
「あの先から風がきてる!」
両開きする形状の扉の半分は崩れており、そこから中に入れるようだ。
扉から中に入ると―――そこは天井の高い広い空間に出た。
部屋の中心には噴水のようなものが置いてあり、未だに水が流れている。その周りには花の植えられていない花壇のようなものが置かれていた。
「出口じゃない……!?」
しかし、どこを見ても行き止まり。
見れば、天井手前の壁には通気口に似た穴が開いており、そこから風の音が微かに聞こえた。
その下の壁一面には、壁画のようなものが描かれており、様々な魔物が……いや違う、壁画の中にフィリと似通った青色の大きな龍の姿が映り込んでいた。
「まさか、これは……神獣か?」
「これ、全部そうなの?」
炎に包まれた紅色の虎。
黒い氷のようなものを周囲に作り出している黒い獅子。
金色の光を放つ角を持つ牡鹿。
雲に潜み、雷を纏う怪鳥。
刃のような羽根を持つ蝶
それら全てを背に乗せた巨大な亀。
他にも、かすれて見えなくなっているが壁一面にたくさん描かれている。
その中で、僕は一体の神獣の絵を見つける。
「大きな、蛇?」
オロチのように首が三つもあるわけではない。
地下で眠るようにとぐろを巻いている蛇―――とてつもなく大きいことだけは分かる。
「銀蛇龍、遥か昔に私はそう呼ばれていました」
背後からの声。
その声がメリアのものだと気づいた僕は冷や水を浴びたような感覚に陥りながら振り返る。
「「ッ!?」」
「まさか、この場に迷い込むとは思いませんでした」
もう、追いついたのか!?
まずい、ここじゃ逃げ場がない。
思わず後ずさってしまう僕達に、メリアは右手で引きずっていたなにかを僕達の前に放り投げた。
「お返ししますね」
地面を滑るように放り投げられたのは―――ぼろぼろの姿となったイリスさんであった。
服は煤だらけ、完全に意識を失った彼女に僕達はすぐに駆け寄った。
「っ、イリスさん! ……ッ、メリア、君は!」
「お怒りになるのは最もですが、私も頑張ったのです。手加減に手加減を重ね、その上で羽虫を潰してしまわないように気を付けたのですから」
「だからといって……!」
駄目だ。
ここで怒りをぶつけてもなんの解決にもならない。
あくまで冷静に、まだ諦めるには早い。
ゆっくりと、小さく深呼吸をした僕にメリアが、悲し気な表情を浮かべる。
「私は、貴方様のためにあらゆる努力をしていますし、今後もするつもりです。ですが……カイト様は、そこまで私と共にいるのが、嫌なのですか?」
「……っ、それは……」
脳裏によぎるは、メリアの記憶。
彼女の伸ばした手と、引き留める声を記憶の中で聞いてしまった僕は答えることに躊躇してしまう。
そんな僕を見たメリアは、にこりと笑みを浮かべる。
「今、私の過去のことを考えましたね?」
「な……」
「分かりますとも。でも、あぁ……同情してくださるのですね」
なにかを思い出すように瞳を閉じるメリア。
数秒ほど沈黙した彼女は、跳ねるような声色を悲し気なものにさせる。
「あの時は胸が張り裂けそうなくらいに苦しかった……悲しかった。だって、彼女は私を鎖につないだまま置いて行って……帰ることはなかったから」
涙を流すメリアに酷く動揺する。
弱々しく、座り込んだ彼女は目元を覆いながら、震えた声を漏らす。
「もう、あんな思いは嫌なんです。だから、私の傍にいてください」
僕は残ったほうがいいのか?
でも彼女を置いて行けば、また同じ悲しみを繰り返してしまうことに……。
自分でも分からないくらいに混乱していると、僕の前にリーファが歩み出てくる。
膝をついて泣いているメリアを睨みつけた彼女は、冷たい声を発する。
「嘘つき」
「……そんな、なんて酷い……」
「リーファ?」
「カイト、騙されないで」
そう強く僕に言い放った彼女は、メリアに指を突きつける。
「その“あの時”ってのは分からないけど、お前は一つも悲しんでなんかいない。……カイトは騙せても、私は騙されないよ? 神獣の癖に、わざとらしすぎる。私の姉のゴリラの方が嘘がうまい」
「……ふ、ふふふ」
叩きつけるように言い放ったリーファに、メリアは薄ら笑いを浮かべながら立ち上がり、拍手をした。
その顔に先ほどまで流していた涙はなかった。
「すごい、正解です。獣のくせに勘だけは鋭いじゃないですか。いえ、獣だからこそ勘に鋭いんでしょうか?」
「……」
「あの“女”は、私達を見捨てたんです」
メリアの視線は僕へと向けられている。
この場において、僕だけに理解できる、メリアが指し示す人物。
記憶の中の金髪の女性。
「人間と神獣を秤にかけて、人間を優先させた裏切り者だった。まあ、最初は悲しんだりしましたが……よくよく考えてみれば、結果的に奴は人間と私達を区別していたんです。決して平等に見ておらず、人間が弱いと決めつけ―――そちらに傾いて……ふふ」
口元を隠した彼女は、この状況にそぐわない晴れやかな笑みを浮かべた。
「だから、いなくなって清々しました。思いっきり嘲笑ってあげました」
嘘、だったのか?
記憶の中では、そんなこと思っていなかったはずだ。
それから先のことは見ていないが、そんなことを考えていたなんて思いもしなかった。
絶句している僕を再び見るメリア。
「さきほど、貴方様の反応を見て確信しました」
「……?」
「貴方は私達、神獣と人間を同一に見ているのですね。だから、私達の側に立って考えてくれている」
「それの、なにがおかしいんだ?」
「いいえ、おかしくなんてありません」
僕の疑問に一層に嬉しそうにしながら首を横に振る。
「おかしいのは、貴方様以外の全ての人間達です」
「なっ!?」
メリアが一歩ずつゆっくりとこちらへ近づいてくる。
リーファも、気絶していたイリスさんを見ていたシフも、警戒を露わにしているが、それでもメリアは余裕の表情を崩さずにそのまま進んでくる。
「ねぇ、カイト様。私達は同じ生き物なのに、なぜ区別されるのでしょうか? 大きな力を持っているから? 理解できない存在だから? 私達も、魂を持つ生き物のはずなのに……」
いつの間にかリーファをあっさりとすり抜けて、僕の前に立つメリア。
我に返ったリーファが振り向くが彼女の手は僕の身体を掴んでいた。
このまま連れ去られる―――!?
そう直感したその時―――すぐ近くの噴水から。青色のなにかがメリアへとぶつかり、吹き飛ばした。
「ッ、そろそろ出てくると思っていましたよ。忌々しい龍、フィーリヘルト」
「クァァ……!」
三メートルほどの長さの身体。
みずみずしく綺麗な鱗、小さな四肢で体を支えた青色の龍―――フィーリヘルトは僕達を守るようにメリアの前に立ちふさがる。
「カイト様が連れ去られようとして、いてもたってもいられなかったようですね」
「クァァッ!」
予想外のフィリの登場に一瞬なにが起こったか分からなかったが、彼女の僕を案ずる鳴き声で我に返る。
「フィリ……また、助けてくれたのか……」
「クァー!!」
フィルゲン王国の時と同じようにまた助けにきてくれた。
「極力、人間に干渉しないお前の日和見主義はどこにいったんでしょうねぇ」
「……クァ……」
「やはり、お前にとってもカイト様は特別なんですね?」
無言になるフィリ。
そんな彼女を鼻で笑ったメリアは僕に笑顔を向けてくる。
「水場が近くにあってよかったですね」
「え?」
「貴方様は、もうここから出られますよ。そこのドラゴンの力で」
「……クァ」
……たしか、フィリはベヒモスを一瞬にして元居た場所に移動させていたって話を聞いた。
もしかして、水を介して他のものも移動させることができるのか?
「僕が出ていくことを許してくれるのか?」
「許しません。……と言いたいところですが、ここで私が貴方様を捕まえようとすればフィーリヘルトと争うことになるでしょう。そうなれば、貴方様もただでは済まない」
「クァァ……」
「それは私も望むものではありません。なので、今は大人しく見逃すことにしたのです」
それにしてもあっさりだ。
いつでも僕を連れ出すことができるってことなのか?
……今は、気絶したイリスさんを逃がすことを優先させよう。
「……リーファ、イリスさんを運ぼう」
「う、うん」
フィリがメリアを警戒しているうちに、僕とリーファで気絶したイリスさんを噴水にまで移動させる。
ちゃんとシフ、ライム、ユランがいてくれていることを確認したあとに転移の準備をしたフィリに触れようとすると―――不意にフィリに睨まれているメリアが声をかけてくる。
「どうぞ、お気になさらず」
「……メリア」
「ふふ、悲しくなんてないですよ? 貴方様を諦めるつもりなんてないんですから」
メリアの言葉に、フィリに伸ばしかけていた手を止める。
さっきからずっと彼女の言葉と記憶のことが引っかかっている。
正直な話、ここからすぐにでも脱出したい。
いつの間にか着ている服は別のものに着替えさせられているし、身体はもう疲れ切っている。
だけど、それでも僕は―――メリアという神獣に背を向けることはできなかった。
「……フィリ、頼めるか?」
「クァ!」
僕の決断を理解しているのか、フィリは元気よく返事してくれる。
「え、カイト……!? 何を!?」
「ごめん!」
リーファの手を掴み、フィリの身体に触れさせる。
次の瞬間には、フィリはリーファ達と共に光となって噴水の水に吸い込まれていく。
「……よし」
この場に僕一人になったことを確認した後に、メリアの方へと振り返る。
彼女は―――これまでとは違った、驚愕の表情を浮かべていた。
「なぜ……残ったのですか……?」
「君が、嘘をついていると思ったから」
「え?」
無防備にメリアへと近づく。
今はフィリもいないし、彼女はやすやすと僕を捕まえることができるだろう。
しかし、動揺した彼女はそれをしようとしなかった。
手を伸ばして、メリアの右手を掴み―――そのまま握手するような形にさせる。
「これで僕は君から逃げることはできない」
「理解、できません……私は嘘なんて……」
握り返される力はひどく弱々しい。
手元を見て、狼狽えた彼女にはこれまでの余裕はなかった。
「話を、しよう」
「ぁ、う……はぃ……」
メリアの言う通り、僕は神獣と人間を同一に見ているのかもしれない。
どれだけ恐ろしく強い存在だとしても、神獣には―――メリアには人間と同じ感情がある。
感情があるから、嘘もつくし、動揺もする。
今まで流されるがままだったけれど、ここからは僕の意思で彼女との対話を試みよう。
そこらへんにポンポンいる神獣たち。
一体でも暴れ出したら大惨事。
…モンスターバースの世界かなにかかな?(白目)
一転攻勢のカイトに、動揺しまくるメリア。
こういう状況に一気に弱くなるのが彼女です。




