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27.かくして、天魔は悪魔に

でも私以上に、ひどい反応を示したのは。…足元の二人。


卒倒しなかったのが不思議なくらい、私を見上げる目は純粋な恐怖に満ちてた。




―――――魔導大国において。


悪徳の君の名は、こういう意味合いを持ってるわ。知ってた。




ゼンさまは、なぞなぞを解く子供みたいに、首を傾げた。

「確かにかの方の目は、…翠、だったね」

記憶をたどるみたいな目をしてる。会ったことが、あるのかしら。


「待ってください」

レーヴェレンツさまが質問する生徒みたいに片手を挙げる。

「セルラオ卿と言えば、確かまだ、若かったはず。三十歳になるかならないかでしょう。ヘルリッヒさんはお幾つですか」

いくつの時の子だという質問ね? でも彼は答えを待たなかった。

答えを、怖がるみたいに言葉を続ける。


「まるで、今の会話から、その、ヘルリッヒさんとは…血のつながりがあるのでは、というように聞こえましたが」

言いにくそうに語尾を濁した。ちらとこっちを一瞥する。顔を隠すことは、やめたみたいね。

「もし本当なら、おおごとですよ。まさか、天魔の父親が」


「証拠はないよ」

ゼンさまは微笑んだ。なんだか楽しそうね。…あるのだけど。証拠なら。なにより<白陽>に双方の血液でも渡して鑑定を依頼すれば明白な答えが出るわ。

何を察したか、



「ミアさま、わたくしたち、話し合う必要がございますかしら」



シルヴィアさまが、やさしげに仰った。

優し気…だけど、逃げは許されない雰囲気。腹をくくる。頷いた。


「精霊のことといい、これは、面白い話が聞けそうだね」

ゼンさまが、わくわくと両手を合わせる。

「よし、じゃ、そちらのお嬢さんは見逃そうかな」

目を細めた。その視線は、ジスカールさんを冷たく射抜いてる。

シルヴィアさまがたしなめる声が続いた。


「お兄様」

「悪いようにはしないよ」

「お楽しみ発見のところ申し訳ないんですが、会長」


何も聞かなかった、と達観した顔で、レーヴェレンツさまが言う。

「問題は、今ここです。赤い車輪に属する生徒とやらは、追ってきているんですか」


「うん?」

学長の結界に干渉する権限を与えられているなら、ゼンさまには状況の把握程度容易いだろう。

ゼンさまは、紺碧の瞳を、ふと虚空へ向けた。


ああこれは。私はつい、半眼になる。視線の先で、ゼンさまの口元が笑みを描いた。



「追ってきたとしてさ、ハルトくん」



レーヴェレンツさまの問いは、とても簡単なものよね。「はい」か「いいえ」で済む話。

でもゼンさまが、素直に答えるわけがない。


「彼に何ができると思う?」

やっぱり。期せず、私とシルヴィアさまの深い嘆息が重なった。


話題の舵を、あっさり別な方向へ切ったわね。


ゼンさまのひねくれ具合は強烈―――――一旦逆方向へねじりなおす必要があるのじゃないかしら、世のためにも。


「は」


レーヴェレンツさまは呆気にとられた。ぽかんとした表情は、いっそ愛らしい。

でもそう言った反応は、ゼンさまから答えを引き出したいなら、逆効果。

「彼の目的は、天魔だよね。だとして、誰が天魔を守護してると思ってるの?」

表面上からかいながら、それでもゼンさまの言葉は、なにがしかの鍵になるから、始末に負えない。

結局、この方、頭の回転が速いのよね。


「五大公家の方々、です」

結局、主導権はあっさりゼンさまに渡り、レーヴェレンツさまが答える状況になってる。

その通り、とゼンさまは陽気に両手を広げた。



「世界中を見渡しても単騎で最大火力を誇ると言っていい―――――ぼくらだ。勝ち目があると思う?」



ゼンさまの面倒くさい性格を知っていても、質問に引き込まれてしまう。


その通り。誰も勝てない。知ってて、彼は学院内で派手に仕掛けてきたわ。


なら初めから、勝とうとは思っていない? じゃあ彼の目的は、






「ねえ、ミアさま」






うわ。思わず聞き入ってた私の顔を、いきなりシルヴィアさまが覗き込んできた。


麗しいですね、毎日。知ってます、だから少し距離が欲しいのですが。

仰け反った私を追いかけるみたいにさらに覗き込んでこられたシルヴィアさまは、拗ねた態度で頬を膨らませた。



「退屈な殿方の話は放っておいて、女子同士、大切なお話を致しませんこと?」


「…ですがさっき、騒動が起きたばかりですし」



今はのんびり話し込む余裕は、気分的にないわ。

赤い車輪のこと。

精霊のこと。


…セルラオ卿のこと。考えることがあり過ぎる。とは言え。


シルヴィアさまのことは、無碍に拒絶できない。

「お兄様に余裕があるのですもの、いきなりどうこうはなりませんわ」

…その信頼は、分からないでもないわね。

見れば、シルヴィアさまは真剣な顔。自然、私が緊張するなり。




「ミアさま、テツさまと何かございまして?」


―――――それ、今する質問でしょうか。




ほら見て、足元に座り込んだ二人の女生徒は固まってるわ。聞き耳を立ててね。居たたまれない。

「あった…と言いますか、はじめから、なかった、と言いますか」

私はただ、事故で始まった婚約を、元通りに戻す意思を示しただけだ。

いえ、それで収まらなかったのは自業自得だけど。


嘘のつけない私は、素直に答えた。



「婚約の、解消時期についての話を、…少し」



なんだか別の方向に話が進んだけど、はじまりはそこ。

私の返事に、三人はびっくりしたみたいな反応をする。


え、シルヴィアさままで? 事情はご存知ですよね?


「…テツさまは、なんと仰って?」

冷静に聞いてくれるシルヴィアさまの態度に、私は、ままよ、と答えた。



「―――――婚約に、気持ちは必要か、と」



直後に気付く。そっか。


他にもいろいろ言ったけど、真っ先にこの言葉が出るってことは、私の中で引っかかってるのは、結局コレなのね。…バカね。

シルヴィアさまは、頬に手を当て、天を仰ぐみたいに嘆息。


「テツさまはね、ミアさま」

噛んで含めるみたく、シルヴィアさま。

「おそらく、ご自身の感情に、一番、疎いのです。傍から見ていれば一目瞭然ですのに、本人の理解が皆無なのです」




許してあげてくださいな、と付け加えられた。はい、構いませんが、…何をです?




内心首をひねる私に、シルヴィアさまは困ったみたいに微笑まれた。

「ミアさまはテツさまを、少なくとも嫌いではありませんでしょう?」

もちろんです。というか、あの方を嫌える女子っているのかしら。

初めから敵対者だったっていうならともかく。


よかったわ、と輝く笑顔で、シルヴィアさまは両手を握り合わせた。う、まばゆい。



「ならば、『そういう』意味で好きかどうか、本能に聞けばよろしいのよ」



女子なのですから、とシルヴィアさまは前置きなさって、空色の瞳を楽し気に輝かせた。

でも待って、『そういう』って、『どういう』? …理解できたのは、すぐよ。幸か不幸か。

「ミアさまは」

シルヴィアさまは艶やかに微笑まれた。近くの男子生徒に配慮してか、小声で尋ねてくる。



「テツさまと寝ることが可能ですの、不可能ですの?」



足元の二人の頬が、一瞬で真っ赤に茹で上がる。彼女たちを尻目に、私は真顔になった。




つまり想像だけでも、えっちできるかできないか、を考えろ、と。




『そういう』って、ああ、つまり、そういう意味…。


確かに、相手の男性がちょっとでも嫌なら性的に触れられるなんてぞっとするわよね、通常の貞操観念がまかり通った普通の環境で育った女の子なら。


…私の母とかはちょっと違ったんだけど…。


なるほど、本能。

シルヴィアさま、天才。大公家の姫の発想じゃないけど。


私は目を閉じた。考えたわ。真面目に考えた。ふむ。

「     」



―――――結果、燃え尽きた。なんというか、戦い抜いた戦士の気分ね。



「シルヴィアさま」


目を開け、私は大公家のお姫さまを真剣に見つめる。




「現実になったら、これ、死にます」




結論から言えば、可能だ。可能だが、現実となれば私の心臓はきっともたない。


「そこは恥じらうところではないかしら?」

シルヴィアさまは首を傾げた。頬に手を添え、困り顔。…そうでしたか。


「そろそろ、いいかな、シルヴィア」


ゼンさまの呼びかけに、シルヴィアさまの双眸に、警戒が宿る。

きっぱり、思考が切り替わった感じ。



「敵ですかしら、お兄様」

兄を振り向き、背中を凛と伸ばすシルヴィアさま。見惚れてしまう。彼女の戦意はうつくしい。


「そうだけど、倒すだけじゃ今回の場合、意味はないよね。…知恵を貸してよ」

レーヴェレンツさまと話してたはずだけど、それじゃ答えは出なかったみたい。見れば、レーヴェレンツさまの眉間にしわが寄ってる。

ゼンさまは半ば考え込むみたいな表情。シルヴィアさまは柳眉をひそめた。


「おそらく、もともと、彼に生きて帰るつもりはないのですわよね」

私もそこは同意。

「天魔と接する前に、その覚悟はもう決まっていらしたのではないかしら」


「ですが、情報は持ち帰ってこそ、でしょう?」

レーヴェレンツさまが悩んでる顔で口をはさむ。


「帰ることなくこの場で死んでは、見聞きしたすべて無意味に終わるのでは?」


そうよね、無意味なことに命を懸ける人なんている? …でも待って。

起こす行動にこそ、意味があるとすれば?


彼はまず最初に、ミア・ヘルリッヒを捜してた。つまり、天魔を。




天魔の顔を―――――見ようとしてた。




「エアハルトさま、敵地に放り出され、捨て駒にされる方には、よくあることなのですけど」

シルヴィアさまのお顔が、憂いで曇る。




「視覚なり聴覚なり、…あるいは五感のすべてを外部に繋ぎ、結果、当人が敵地で見たもの聞いたものを、その外部に知らせることができる、という外法があるのです」




記憶をたどれば、私もその外法を目にしたことがあったわ。


あれかぁ。たちまち、気分が悪くなった。ゼンさまを見る。

彼は否定しない。なら、シルヴィアさまの言葉は正しいのだわ。

学長の結界に干渉してる以上、彼にはそのつながりが見えているはずよね。

話に聞いただけの私より、もっと気分が悪いのじゃないかしら。


逆に、学長の結界が強力であるために、相手はそう言った手段を取るしかなかったって言えるかもしれないわね。


「つまり、今現在もその生徒さんには」

一瞬呆気にとられたレーヴェレンツさまは、苦いものでも飲んだみたいに顔をしかめた。




「操りの糸がついているってわけですか」




「間違いないかと…接触すればするほど、情報を相手に漏らしてしまうことになりますわ」

確かに、かの外法はリアルタイムで情報を送信してるはず。

「学院の生徒でもある以上、捕縛はしても、始末したくはないよね…でもぼくは粗いから」

ゼンさまは肩を竦めた。



「うまくできないな。相手を壊しちゃうよ」


「こちらにも振らないでくださいね、伝達系以外の魔法は不得手なんです」

レーヴェレンツさまが後退。予防線を張る。



「テツはいつ戻るの? 細かい地味な作業ならテツが得意でしょ」

投げやりな台詞に、レーヴェレンツさまが嘆息。

「まだ時間はかかるかと。行った先にいる教師は注文が多いですから」


「ふうん」

ゼンさまはその紺碧の目を室内に巡らせた。その、目が。

私の足元で、息を潜めるようにしてる二人に向く。正確には。

銀髪を三つ編みにした、ジスカールさんのお友達の方に。


「…まあ、学院から単に放り出すって言うのも、手だよ。要は、これ以上の情報を与えなければいいんだ」

「これまで得た情報をあえて握らせたまま放り出すのですか?」

レーヴェレンツさまが上げた声に、私はつい難しい顔になる。


情報。そうね、総合すれば、彼は、天魔の情報を少しでも多く仕入れるために、あえて行動に出たのね。そして。


あわよくば殺そうとした、と。


でも、待って。ちょっと待って。

彼に対して――――――現在の天魔の名、ヘルリッヒを名乗ったのは。



「ゼンさま」


足元で震えてる、銀髪の少女。



望んで生徒会室に足を踏み入れたはずの彼女は、竦んで動けなくなってる。

「うん?」

対するゼンさまは、とても穏やか。でも、妙な威圧が増してきてる。


「捕らえることは、できませんか」

「どうして。今までの話、聞いてた? 接触は情報を多く与えることになるだけって言ったでしょ。このままでいいじゃない」


ふ、と。消えた。ゼンさまから、感情が。明かりを吹き消したみたいに、唐突に。


たったそれだけ、で。

世にも稀な整った造作が、無機物みたいに見えた。

反面、煮えたぎるみたいな生々しい生命の息吹をその目の奥に感じる。


紺碧の瞳が爛と輝いて、―――――きれいなのに、いっそ不気味に見えた。


「言いたいことは分かるよ、ミアちゃん」

でもね、と教え諭す口調で、ゼンさまは続ける。

「その娘は、面白半分で、件の生徒に、今の天魔の名、ヘルリッヒを名乗った」


「ええっ?」

泡を食った声を上げたのは、レーヴェレンツさまだ。

「正気ですかっ。今、その名を名乗ることがどれだけ危険か、…その程度の危機感もないんですかっ?」

思わずって感じで責める声に、とうとう、銀髪の子が俯いて顔を覆った。


「申し訳ありません!」

泣き声に、ジスカールさんが彼女を庇うように抱きしめる。

「でも、お願い助けて…っ」


助けを乞う声も、無理はないわね。

さっきゼンさまが仰ったとおりことが運べば、彼女の命は風前の灯火だ。

そのまえに私の顔が公になればいいんだろうけど、現在、外部に対して名前以外の私の情報は伏されてる。…まあ知り合いたちは、察しているでしょうけど。


いえ、逆に知り合いは知り合いで、神秘の代名詞たる天魔がまさかあのミア・ヘルリッヒだなんて、思いもしてない気もする。


女生徒の涙に、レーヴェレンツさまは怯んだ様子で黙り込んだ。対してゼンさまは気にしたふうでもなく、

「自業自得だね。…ああ、そうだ」

容赦ない言葉を紡ぐ。


「ミアちゃん、キミに不満を抱く生徒たちに対して、彼女はいい見せしめになるよ」


女生徒の喉が鋭く息を吸い込んで、ひ、と恐怖に満ちた音を奏でる。彼女はますます、私の後ろに隠れるように身を小さくした。


ゼンさまの物言いは優し気。ただ、感情が一つもこもってないわね。


よっぽど、彼女の行動が腹に据えかねてたみたい。なにせ。






ゼン・イェッツェルさまは、天使の血統。ゆえに、曲がった行動が大嫌い。

優しげで親し気に接するからうっかり忘れそうになるけど、断罪の剣をいつも持っていて、常に振り下ろす準備がある。


さらりと懐に入ってくる分、ギルさまより質が悪い。






彼は今、ほんのいたずら心から、ヘルリッヒを名乗った生徒を見てる。

そのまま、嬲るみたいにゆっくり言葉を紡いだ。


「いいかな、キミ。ミアちゃんはね、こう見えて、覚悟が違うよ?」

にこやかな語調。ただし、表情はなし。


「有象無象が持ち込む厄介ごとや危険や侮蔑をも承知の上で、天魔の名称を受け入れた。役割にも応じようとしている。そのすべては、重い」


そりゃ、天魔の名が、面倒ごとになるのは、自明の理だもの。何も特別なことじゃないわ。

かなうなら、どこかよそに放り投げてしまいたいけど、…仕方ないわよね。

だから、積極的に受け入れたわけじゃないわ。消極的に受け止めてるってだけ。

褒められたり、認められたりする姿勢じゃないのよ。

だから何かって言うと、この行動を、認める、みたいな言い方をされると、居たたまれない。穴を掘って、隠れたくてたまらない。


「なのに、…キミの目にはちやほやされていい気になっているように見えたかな? ―――――浅はかな愚かさは、どうしてこうも醜いんだろう」


冷ややかな紺碧の瞳に宿るのは、強烈な蔑視だった。

私はシルヴィアさまを見遣る。

ゼンさまを止めてくださらないかしら。でも彼女の表情に、私は期待をやめた。


そうだわ、この方ゼンさまの妹だったわね。表に出てる態度が、兄そっくり。怖い。


「それともミアちゃん、キミは」

ふ、とゼンさまの輝く紺碧の目が、私を射抜いた。真正面から見れば、相当の迫力がある。

同時に、察した。多分これから嫌なこと言われる。思うなり、






「その子を守るため、相手の男子生徒の前で、天魔を名乗るかい」


…案の定だわ。でも。






私は真っ直ぐ、彼を見据えた。


いちいち怖さに乗っ取られる可愛らしい精神じゃ、今まで生き残ってこられなかったもの。

怖くっても、それが何。泣いてる間があれば、動かなきゃ。そして。


考えろ。




「いいえ。自己犠牲は柄じゃないので」




私の声は、自分でも思わぬほど冷たかった。

足元からあがる泣き声が強くなる。決定権は、私にあるとでも思っているの?

そんなわけ、ないじゃない。


「そう」

隠しきれない濃密な退屈が、ゼンさまの顔に浮かんだ。

彼はもう、飽きてる。現在の、停滞した状況に。


ゆえに、面倒ごとのいっさいを切って捨てようとしてた。




この場で、決定権を持つのは、この方だわ。私じゃない。




だから私は、彼が残酷に面倒ごとを叩き潰す前に、――――別の方法を彼に示さなきゃならない。

ゼンさまの反応は、ある意味、予想通り。

「なら、もういいね」



―――――そうはさせるもんですか。



「代わりに、提案があります。ゼンさま」

私はあえて、すまして言った。下手に深刻になると、足が竦むから。あえて、軽く。

まずは、確認。


「今現在も、あなたには、操りの糸は見えているんですよね」

ゼンさまは、言葉遊びもなく簡単に答えた。事態に飽きてる証拠。


「まぁね。断ち切る?」


できるよ、と無造作に仰る。無表情で。何を考えてらっしゃるのかしら。

なんにしろやりかねない。即座に、却下。なにせ、

「やめてください。それでは、生徒側の精神が壊れます」


「分かってるよ、だからそうしないで済むように考えてるんだろう?」

ゼンさまから、でも、もういいか、っていう退屈がありありと漂ってる。


もう少し、待ってください。あるのよ、全部取る方法なら。私の提案は、それ。


興味のある餌を投げれば、全力で食いついてきてくれるはず。

私は昔のことを思い出しながら言う。



「あの生徒が本当に捨て駒なら、もう一方の五感を、術者本人につなげることはありません」



だって、そうでしょう?


五感をつなげれば、一方が倒れたら、もう一方も倒れる。五感を共有するってそういうことよ。

つまりは共倒れ。

正気なら、そんな危険を冒すとは思えない。ゆえに、もう一方、受信する側にあるのは。


「情報の受け取り手は魔道具でしょう」


ならば、捨て駒扱いされた一方が壊れたところで、問題はない。

「ミアちゃん、もしかして」

ゼンさまに表情が戻る。苦笑いが浮かんだ。


「こういうやり方、前にも見たことがあるの?」


素直には答えなかったけど、彼の反応に、私は確信。




「魔道具なんですね」


「うん」



念押しに、ゼンさまは、今度は素直に肯定。よかった、彼には分かるんだわ。

学長の結界がもたらす情報があるとはいえ、そこまで突き止めるゼンさまの能力は空恐ろしいものがある。けど、私は今までの経験から推測を口にしただけで確信はなかったから、正確な情報は助かるわ。


ゼンさまはこんなことで、嘘はつかない。


「なら」

私は胸を張った。今度こそ、断定。




「そちらを…もう一方にある魔道具を壊せば、問題はありません」




確信に満ちた声が意外だったのかしら。

ゼンさまは目を瞬かせた。珍しく、虚を突かれたって表情。


思慮深い瞳を私に向けて、シルヴィアさまが口をはさむ。

「生徒側の精神は、無事に済みますの?」


私は一度、目を閉じた。






「昔、目の前で」

一旦言葉を切って、目を開く。渋面になるのは仕方ない。


「『それ』を行った人がいます。彼は確かにそう言っていました。そして」

どうしても、口調は悔し気になってしまう。


「行いはともかく、嘘はつかない人でした」






「そう」

ゼンさまは、ソファに背中を預けた。

「ならぼくは、ミアちゃんを信用しよう」


軽い語調。本当かしら。つい、疑う。…それとも、試されているのかしら。




彼の信頼を裏切れば―――――殺す、そんな、背後に刃を隠し持ったみたいな意思を明るい声の裏に読んでしまうのは、疑り深すぎるかしら、ね。




「でも、どうしようか」

素知らぬ顔でゼンさまは、紺碧の瞳を、天井に向ける。

彼の視線の威圧から解放されたせいか、足元の二人から、力が抜けた。


「ぼくには向こうの状況もある程度わかるけど、五感をつなぐ糸をたどって向こう側の魔道具だけを壊すなんて器用な芸当はできないよ。壊すなら、全部になる」


「向こうの状況はどうです?」

聞きながら、ゼンさまの視野がどう展開してるのか、不思議に思う。

ここにいながら、別の光景を見る感覚って、…私の経験からすれば酔いそうな感じがするものだけど。

ゼンさまが虚空に目を凝らす。


「こっち側に事情を知られて焦ってるね。でもどの程度まで知ったか測りかねてる…このままだと」

ゼンさまが眉をひそめた。



「向こうは、安全策と称してその魔道具を使って生徒を殺すかもね」



つまりは一刻を争う事態ということね。テツさまを待ってる余裕はない。


「そ、その生徒さんはどこにいるんですかね、捜して」

落ち着きなく、レーヴェレンツさまが扉へ向かって一歩踏み出すのに、ゼンさまは退屈そうに言った。





「もう、扉の前にいるよ」


室内に、重い沈黙が落ちる。





でも当然よね。大きな声で、私は言ったもの。どこへ向かうか。


「ああ、でも…今、ここに揃ってる条件で、さっきのミアちゃんの提案を実現する方法なら、なくもない」


ゼンさまは、億劫そうに立ち上がった。

皆が、彼を見る。


ゼンさまは、満面に笑みを浮かべた。




「だって、ほら、ここには天魔と真名持ちがいる」




直後、私は青ざめる。ゼンさまが、机を回って、こちらに歩いてきた。逃げたい。

「先日の、カイが関わった騒動を見てね、思ったんだ」

何の気負いもない口調で、ゼンさまが続ける。

「あんな魔物相手にカイが暴れたなら、一帯の校舎がダメになったはずだってさ」

そう言えば。魔法も強いけど、白兵戦力としては、カイさまは異常な強さを誇るってどこかで聞いたことがあるわ。


「でも、そうはならなかった。なぜか」

ゼンさまが、私の目の前で止まる。








「キミがカイの真名を掌握し、真名をもって命じたからだ、天魔」








奇怪な気迫が、頭上から落ちた。顔を、あげられない。

ゼンさまがどんな表情でそんなことを言ったのかも、確かめる勇気がない。ただ、心の中で叫ぶ。


まさか、その程度であのカイさまがおとなしくなるはずないじゃない。


胡乱な目になった私に、ゼンさまは言葉を続ける。

「そう、キミは命じた。魔物を倒せと。ゆえに彼はただそれのみを行った…行えた。つまり、天魔の命令には『そういう』力があるんだろう」


ただの偶然です。心の中で、叫ぶ。でも、やっぱり、声にはならない。

「ゆえに、キミの提案を実行するために」

ゼンさまの口調は優しげなのに、挑むみたいな強さを宿してた。




「今、ぼくの真名を伝えよう。それをもって命じるといい」




いらない。やめて。知ってる? そういうの、押し売りって言うのよ!

言葉がなくとも気配で私の全力の拒絶が伝わったか、ゼンさまの声が、不意に。


笑ってるみたいな響きを宿した。

「ただし。…いいかな。ぼくにふさわしい命令を頼むよ。そして、命じるに足る存在であってくれ。認められない相手であれば」

聞きたくない。

でもこの場で拒否すれば、とたんに首が飛びそうでゼンさまを止めることもできなかった。


「たちまち、キミの命は刈られるよ」


だからっ…そんな物騒なもの、これ以上いらない…。

私の心からの願いを無視して、至極楽し気にゼンさまはその名を口にした。










「ヴァラクゼルン」


数種の楽器を同時に奏でたみたいな不思議な響きの、名を。




―――――ズキリ。










猛烈な痛みが、頭を貫いた。でも、時間がないのも事実で。


本当かしら。本当に、真名に乗せれば、私の命令は私が思った通りの形になるのかしら。

これは実行者にとって、繊細な作業になる。でも、迷ってる間はない。


私は顔を上げた。首が痛くなるくらい高い位置に、ゼンさまの顔はある。

私はぎゅっと両の拳を握って、




「―――――ヴァラクゼルン」




その名を呼んだ。とたん、命の根っこを鷲掴みにした感があった。

一瞬、ゼンさまが軽く息をつめた。眉根を寄せ、苦しげな表情。


いけない。これじゃ深すぎる。慎重に、力を緩めた。なんて神経使う作業かしら。


でもそれにばかり集中してもいられない。

ああ、しなきゃ。命令。でも、どんな風に。分からないわ。せめて具体的に、伝えないと。


考え考え、言葉を整理し紡ぐ。

「今、この部屋の前にいる、赤い車輪の入れ墨を持つ男子生徒と五感をつないだ魔道具を、今すぐ―――――破壊して」

これって、どちらかと言えば、お願いよね。…でも、十分だったみたい。


いつもあかるい紺碧の瞳が、今、揺るぎない深い色を湛え、私を真っ直ぐ見下ろした。


と、見るなり。

見惚れるほど優雅な所作で、彼は跪く。それでいて、騎士のごとく力強く言い切った。

「仰せのままに」

頭を垂れ、その唇から放たれた言葉は、絶対の自信と確信に満ちてた。それでいて、冗談みたいな響きも宿してたのは、彼らしいところだわ。


その様子に、私は簡単に、納得させられた。




彼は、為すだろう、私の望みを、寸分違わず。刹那。




―――――ドンッ! ドンドンドンドン…ッ、ガツ!!


扉が狂った勢いで叩かれた。声は聴こえず、分厚い扉は小動ぎもしなかったけど、異変は明白だったわ。

ほとんど同時に。


…掌握の感覚が、ふつりと途切れた。


俯いたまま、ゼンさまが軽く頭を振る。靄を晴らすように。

その間にも、あまりの騒音に、室内にいた全員の視線が扉に集中―――――直後。


不自然に、音が止まった。皆の顔に疑問が浮かぶ、寸前。

…しずかに、扉が開いた。

現れたのは。




「アイゼンシュタット様!」




声を上げたのは、レーヴェレンツさま。ホッとした顔で、その場に座り込む。

す、と長身を観音開きの扉の間に押し込んだのは、間違いなくテツさまその人で、私もようやく本当の意味で、安堵した。


彼の手が、力ない男子生徒の襟首を掴んで引きずっていても、安心感は変わらない。

黄金の目が室内を見渡し、



「…ミア?」



私を映してわずかに見開かれる。

心の底からホッとして、私も思わず座り込みそうになった。

ダメ、腰を抜かすにはまだ早いわ。だって、テツさまが引きずってるのってもしかして。

「テツさま、彼はいったい」


「コレか」

テツさまが、無造作にソファへ放り上げた男子生徒は、間違いない、魔道具の箱を迷いなく教室内に向けて開いたあの男子生徒だ。気絶してる。

「自分の拳を壊す勢いで扉を叩いていたのでな、ひとまず意識を奪っておいた」

「…なるほど?」

ゼンさまが、立ち上がりながら言った。


「魔道具が破壊されて五感からつながりが途絶えたことで、組織から切り捨てられたと思ったかな。壊れてはいないみたいだけど、恨みを買ったね」



「では、お兄様?」



シルヴィアさまの、確認する呼びかけに、ゼンさまは頷く。

「魔道具は破壊できたよ。無事、それだけをね。推察は正しかったみたいだ」


推察―――――真名を使った天魔の命令は、命を受けた者の魔力をも操作できる。


「…どういった仕組かはわからないけどね」

ゼンさまの呟きに、私は頭を押さえた。小難しいことは、もういいわ。



結果良ければ、すべてよし、よ。



この時点でようやく、頭痛がすっきりと消えていく。

蚊帳の外だったテツさまが首を傾げた。

「組織?」


「一つだけ先に言っておくね」

ゼンさまは、ソファの上の男子生徒を指さす。

「彼は、赤い車輪に属する人間だよ」

テツさまは口を噤んだ。シルヴィアさまがきびきびと場を取り仕切る。


「詳細はあとで説明しますわね。エアハルトさま、風紀委員を呼んでくださいな」

「わ、分かりました」

レーヴェレンツさまが座り込んだまま、ぼさぼさ頭を両手で抱えた。

苦悩の真っ最中って姿勢だけど、あれ、まさか魔法を使ってる?


「ハルトくんは心話の技術に優れていてね、緊急の通信が必要な連絡事項の通達は大抵彼に任せてるんだ」

ゼンさまはにこやかで、さっきの真摯な雰囲気は欠片も残ってない。

まあ、こっちの方が安心できるけど。


同時に、テツさまが声をかけてきた。

「ミア、足元の彼女たちだが…、床に寝かせるのも忍びないな。ソファへ運ぶか」

え、と見下ろせば、―――――ジスカールさんとお友達は仲良く、気絶してる。

静かだと思ったわ。

近づいて来たテツさまが、その場で膝を突こうとする寸前。




「ミア?」


私は両手で、彼の左手を握ってた。




ええと。だって。つまりは、その。

彼女たちをこのまま床に転がしておくなんてひどいわよねって思う、でも。


…それは、テツさまが、女の子を、抱っこして、運ぶってことで。



―――――そんな絵面を見るのは、避けたい。しかし。



ものすごい葛藤が私の中で渦巻く。く、どうすれば…。

テツさまに、掴まれた手を振り払う様子はない。まさか、私の反応待ち? と思って焦れば焦るほど、うまい言葉が出てこない。




「いいよ、ぼくが運ぼう」




固まった私たちを尻目に、ゼンさまが肩を竦めた。

「ミアちゃんが、何か話があるみたいだから、テツは聞いてあげて」

え、ゼンさま、ちょっと待って。

もしかして、さっきのシルヴィアさまとの話、聞いてたりしました? でも確認する勇気はないわね。


ゼンさまは足元の二人をひょいと持ち上げる。それ抱き上げるって言うより、荷物扱い…。

いえ、そうですね。悩む時間があるなら、まずは行動。

よし。


「テツさま」


私は、テツさまの手を掴んだ両手に力を込めた。背をまっすぐ伸ばし、彼を見上げる。

テツさまの顔は、いつもと同じで、とても静か。そして男前。


降参です、と恭しく跪きたくなる心地を全力で向こうへ押しやる。


この、騒動がまだ完全に片付いてない状況で、こういう話を出すのもどうかと思うんだけど。

いやいや、とか言うのを言い訳にして、臆してる場合じゃない。


時間を置いて、変にこじらせて、テツさまとの関係を途切れさせたくないわ。

婚約にまで、やっぱり、意識は追いつかないけど。

私は、決して、誰も聞き間違えることがないように、はっきりと、強く、告げた。


「私たち、まずは恋人同士のお付き合いから始めてみませんか」


言い切った。言い切れた。自分をほめてあげたい。

分不相応とか、生意気とか、自分の頭を壁にぶつけて罰したい衝動に駆られるけど、根性で堪えた。それは後でするとして。


私はこの方のことを、知りたいと思ってる。

テツさまを取り囲む、高い身分とか、優秀な能力とか、きらびやかな要素は、はっきり言って、邪魔でしかないけど。この方そのものを知りたいなら、やっぱりそれらは彼にとって欠かせない要素で。


だいじなもの、よね。


テツさまへの申し出が、固い言い方になったのも、しかたない。

テツさま相手にフランクに接するなんて度胸はないわ。

そもそも。




これは、当たって砕け散る前提。




厳格なテツさまがこんな生ぬるい提案、受け入れるもんですか。


はっきり振ってもらうために、言った。そうしたら、すっきりきっぱり、諦めもつくわ。

婚約者って立場を持続しなきゃならなくなっても、さっきみたいに、変にもやもやせずに済む。そりゃ。



…傷つくけど。必要な傷なら、頑張って受け入れるわよ。



さあ、どうぞ。テツさま、遠慮なく。






振ってくださいな?






挑む気分で強く見つめる先で、テツさまの黄金の目がゆるゆる見開かれた。

そこに映る私は、への字口で、怒ってるみたい。ひどい顔ね。


テツさまは、無言。…だった、んだけど。

テツさまの手を握った、私の両手の上に。もう片方の手を乗せた。そうっと。


「ミアは、格好いいな」

思わぬ言葉に、テツさまを見上げたまま、瞠った私の目に、…映ったのは。




「よろしく、頼む」




テツさまの、蕩けるみたいな笑顔。

―――――笑うと少し、幼くなるのね。


ちょっと、感動で私は言葉もなかった。けどすぐ、我に返る。


え? 今、なんて仰ったの? まさか、その。






―――――振られて、ない? なんで? おかしくない?






私、何かを終わらせるつもりだったんだけど。もしかしなくても、…始まった?


呆気にとられた私の耳に、テツさまの厳かな声が届いた。

「では、手を打つ必要はないのだな」

手を打つ必要。…なにかしら、なんだか物騒な気配がするんですが…。

分からないまま、当たり障りなく尋ねる。


「何かお考えの策でもあったのでしょうか」

自分で自分の言葉に突っ込んだ。策ってナニ。



「ああ。昼休みの会話が気になったのでな、ミアと離れないで済む方法を幾通りか考えていた。実行せずに済んで何よりだ。泣かせるのは辛い」



自重なさってね?


…辛いって言いながら、止めるとは言わないあたりがなんともテツさまね。

彼は何やら真面目に続けた。

「だが、さすがミアだ。付き合う、という発想はなかったな。恋人とは。入る墓は一緒だとは決めていたが」



終わりじゃなく、今を見てください。



こういう怖いことを穏やかに言うあたりも、テツさまだわ。

そろそろ、慣れてきた。


周囲で精霊たちが思い切りはしゃぐ気配にも。










ねえ、聞いてくださるかしら。


なんだか、周りで拍手なさってる三人がいるのだけど、こういう場合は見なかったことにしてほしいと切実に思うわ。








ミアさんには精神的男前であってほしいなと。

次の日曜日はお休みします。

読んでくださった方ありがとうございました~っ。

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