また着てないの?
「はい、おしまい」
「あー、くすぐったかったー」
フィルは体を洗われている最中ずっと、声をあげて笑っていた。
よく響くお風呂場でうるさくしてはいけないと思ったのか我慢しようと口をふさぎ、その端から声がもれるので、リタは何かイケないことをしているのかという錯覚にすら陥った。
そのせいでリタはより一層ぐったりと疲れてしまった。
「そこ、出たところにバスタオルとローブがあるから使ってね」
リタの服は……色々あって着られなかったが、羽織るだけならサイズもあまり関係ないだろう。
リタ自身は一度も着たことがないのだが、こちらも両親からのお土産だ。バスローブなんてどこのお土産だっただろうか。送られてきた時も不思議に思ったことを思い出す。
私は自分の体洗ってから出るからね、とフィルをお風呂から送り出した。
一人になったリタは頭を洗い、続いて体を洗おうとタオルを泡立てる。
ふわふわになったタオルを自らの体に押し当てる。腕から首へ、そして胸へ。
胸からお腹へと何の障害もなくタオルを進めることができることに気付いたリタは、少し恨めしくなった。
――どうしてこんなにもぺったんこなのか。確かに魚ばっかり食べて栄養は偏りがちかもしれないけど。野菜だってたまには食べてるし……
リタは言葉通り胸に手を当てて悩む。
二、三分悩んだ後、馬鹿らしくなって体を洗うことに意識を戻した。
フィルは作られた体だもんね。比べるもんじゃないよ。でも、そしたらフィルを作った研究者はわざわざ少女にあんな綺麗な体を……?と、今度は研究者が危ない人だったのではないかという思考に走る。
頭を振って嫌な考えを吹き飛ばす。
はあ、と大きく息を吐いて体についた泡を流した。
お風呂場から出ると、洗面台の鏡が曇る。
その上、床一面が水に濡れている。
「フィル、よく拭かずに戻ったな……」
ロクに拭かず、長い髪から雫が滴ったままウロウロしているフィルが容易に目に浮かんだ。
明日からは一緒にあがろう、とリタは心に決めた。
自分の体を拭き、リタはパジャマを着る。
フィルが床に作った水たまりも丁寧に拭き取った。
洗面台の棚からドライヤーを取り出す。
たぶんフィルの髪も濡れたままだろう。
てっきりフィルはリタの部屋に戻ったのかと思ったが、どこを通ったかわかるくらいに床が濡れていてリビングへ行ったことがわかった。その度にリタはしゃがみこみ丁寧に床を拭いていった。
「フィル! ちゃんと体拭いてから出て! って、また着てないの?」
「……ん……リタおかえり……」
フィルはソファの上で眠っていたようで、部屋に入ってきたリタの大声にゆっくりと反応し、目をこすった。相も変わらず裸だった。
「わ、ソファびちゃびちゃじゃない!」
「……んー……ごめんね……」
そう言ってフィルは再び目を閉じた。
「え、ちょっと寝ないでよ」と言ったリタの声にはもう返事をしなかった。
「もー、風邪ひくからさあ」
そう言ってリタはローブを取りに戻る。
リビングに戻った時にはフィルは完全に寝息を立てていた。
髪が濡れたまま、裸で寝たらさすがに風邪を引くだろう。
リタはローブを広げ、布団のようにフィルにかける。少し見慣れてきたからといってやっぱり目のやり場に困るのだ。
寝息を立てるフィルの頭を優しくなでる。
「ドライヤーかけるからね」と聞こえていないであろうフィルに小声で話しかける。
電源を入れるとブォーーと大きな音を立てるドライヤーだったが、フィルは起きる気配もない。
洗いたてのフィルの髪はサラサラで、スッとくしが通る。
リタがなでるように髪を梳かすとフィルはふふっと笑った。
そんな姿を見てリタは微笑ましく思った。それと同時に、もうずっと長く一緒にいるような安心を感じていた。




