今日こそお風呂に入ってもらうよ
予想に反してフィルは帰りの道中、一度もぐずらなかった。
大切そうにクッキーの箱を抱え、上機嫌で帰宅した。
◇◇◇◇◇
「え、なんで脱いでるの……?」
買ってきた野菜を保管庫にしまい、自室に戻ってきたリタは驚きの声をあげた。
ベッドの上でうつ伏せでくつろいでいるフィルは、着ていたはずの服を脱ぎ捨てていた。
「えー、おうちではいいんでしょ?」
「いいなんて言ってない!」
フィルは丸まったワンピースを床に落とし、ベッドの上で足をバタバタさせる。
「気に入ってたんじゃなかったの?」
「……べっつにー」
枕に顔を押し付けモゴモゴと言葉を続ける。が、――なんと言ってるかは全くわからない。
さっきまでわがままも言わずに着続けてくれたのはもしかして幻想だったのか?
服屋ではあんなに素直に着てくれたのにな。まあ外で脱がなかっただけマシか……と、リタは大きくため息をついた。
部屋に散らばったままだった裁縫箱や両親から送られてきた箱を片付け、よし、とフィルに声をかける。
「さ、今日こそはお風呂に入ってもらうよ」
というものの、出会ったあの日は話を聞いている間に夜になったし、昨日は面倒くさいと言ってきかずに結局お風呂に入れることができなかったのだ。
「やだ、めんどくさーい」
「今日は汗かいたでしょ!」
嫌だ、とリズムよく足を交互にバタバタさせるフィルの左足首を掴み、無理やりベッドから引きずり降ろそうとする。
「このままだと落ちるよ?」
「わ、わかったから引っ張らないでー」
フィルが降参したように今度は両手をバタバタさせたのでリタは手を離す。
「はい、じゃあ行きますよ」
「……はーい」
諦めてベッドからおりたフィルの手を逃げ出さないように、ときつく繋ぐ。
お風呂場で服を脱がさなくていいから楽だな、と一瞬考えたリタだったが、その考えがおかしいことに気付き頭を振った。
脱衣所でリタが「先に入ってて」と声をかけると、文句も言わずお風呂場へ入っていった。
リタは手早く服を脱ぎ、フィルの後を追った。
フィルはお湯も入っていないバスタブで溶けていた。まるで熱々のお湯が入っているかのようなリラックス状態だ。
「もう出ていーい?」
「バスタブから出てこっちに座って」
諦めたような顔をしてゆっくりと立ち上がり浴槽のフチをまたぐ。
そのままゆっくりとした動作で大人しくバスチェアに腰掛ける。
「目はつぶってね」
リタはそう声をかけてフィルの頭からシャワーをかける。
わーきゃーとシャワーの下ではしゃぐフィルの髪をまんべんなく濡らす。
改めて見ても長くて綺麗な髪だ。水に濡れるとより一層キラキラと輝く。
「お客さん、シャンプーしますよ」
「はーい」
自分以外の髪を洗うことなどなかったリタは、フィルの長い髪を洗うことでノリノリになってきていた。
シャワーを止め、シャンプーを手に取る。手の上で泡立て、フィルの頭にのせる。
「かゆいところはございませんか?」
「だいじょーぶでーす」
リタの細くて柔らかい指がフィルの頭皮を優しくなでる。その優しい手つきにくすぐったさを感じ、フィルは目を細める。
「泡を流すのでちゃんと目をつぶってくださいね」
「つぶってまーす」
そう返事をしたフィルがきちんと目をつぶっていることを確認し、シャワーからお湯を出す。
髪についた泡が綺麗に流されていく。
すべて流しきり、今度はコンディショナーをたっぷりと手に取る。
フィルの長い髪をケアするにはそれなりの量が必要だ。
「はい、次はコンディショナーですよ」
髪の根元から先までコンディショナーを染み込ませる。細く長い髪がリタの手によって滑らかになっていく。
もう一回流しますよ、と声をかけてシャワーをかける。
リタが髪をなでるとやはりくすぐったいのか、フィルはふふふ、と声を出して笑った。
「はい、おしまい!」
丁寧にコンディショナーを流しきり、フィルの頭をポンとたたく。
より一層ツルツルになったフィルの髪に、リタは少しの達成感を感じていた。
「ありがとーございましたー」
と、立ち上がり大げさに礼をしてお風呂場を出ようとしたフィルを、慌てて止める。
「ちょっと待って、まだ体は洗ってないでしょ」
「えー、まだ洗うのー」
「タオル泡立ててあげるから待ってね」
うぇー、と面倒くさそうに座りなおすフィルのために、リタは素早くタオルで石鹸を泡立てる。
リタはいつもより少し丁寧に泡立て、ふわふわになったタオルをフィルに手渡す。
「えー、体は洗ってくれないのー?」
「いや、それはさすがに……」と、言いかけたリタだったが、フィルがあまりにも悲しげな目で見上げるので言葉を詰まらせた。
「……今日だけだからね!」
仕方ないなあ、と言いながらも嬉しそうにリタはタオルを受け取った。
「わーい! リタありがとー!」
フィルはそう言って椅子から立ち上がり、真正面からリタに抱き着いた。
驚いて少しふらついたリタだったが、次に感じたのはリタにはない柔らかさだった。
「わ、えっと、危ないからちゃんと座ってて!」
思わぬ感触に顔が赤くなり、慌ててフィルを引きはがす。
たじろぐリタが注意をするとフィルは、はーい、と楽しそうに返事をしてバスチェアに戻った。




