フィルの魔法なんでしょ?
「何これ、どうしたの?」
ひとしきり笑った後、リタは足元に落ちた分厚い本を拾ってリビングへと向かう。
「それねー、サクにもらったのー」
「わ、全部魔法陣だ!」
パラパラとページをめくると、ほとんどのページに魔法陣のイラストが描かれている。
ソファに座ったリタは興味津々で見入った。リタが見てもなんの役にも立たないのだが、その複雑な模様に釘づけだ。
リタは本に目線を落としたまま話を続ける。
「フィルが描いた魔法陣で帰って来たの?」
「んーん、あれはサクが描いたのー」
「昨日は何してたの?」
魔法陣を教わるために魔族の国に行ったのに、とリタは不思議になって思わず本を閉じてフィルの方を見た。
「これ!」
そう言ってフィルは得意げな顔で、“サルでもわかる魔法陣”を高く掲げている。
「サクさんに返すために持たせたのに……
でも、それには一人用しか載ってなかったよね?」
「いいから、見てて!」
フィルは“サルでもわかる魔法陣”を床に置き、しゃがんで右手を乗せる。その行動にリタは首を傾げたが、薄く光を放ったのを見て感嘆の声をあげた。
「……サクー、帰って来たよー
……あはははは、そうだねー」
フィルは宙に向かって一人で話し出す。リタは訳が分からず辺りをキョロキョロと見回した。
そんなリタをよそに、フィルは話し続ける。
「……内緒だからね! じゃあリタに代わるねー!」
フィルは本に触れたまま、手招きをする。
「リタ、この本さわってー」
状況を理解していないリタはソファから下り、言われるがままに右手で本に触れた。それと同時にフィルは手を離す。
『おー、リタか?』
リタの頭の中にサクの声が響く。
「サクさんですか?」
『ああ、驚いたか?』
「えっと、はい。それになんだか頭がゾワゾワします」
『ははは、慣れるまではそうだろうな』
「これってフィルが?」
チラリとフィルを見ると、ソファに座って楽しそうに体を揺らしている。
『そうだなよ。フィルがその手元にある本に魔法をかけたから、リタとも話せてるんだ』
これがあればリタもこっちといつでも話せるぞ、と付け足したサクの声が頭に響く。ぞわぞわとするが不思議と嫌な感じはしない。
「そうなんですか、驚きました。
えっと、フィルは迷惑かけませんでしたか?」
『相変わらず面倒くさがりだな、とは思ったけど迷惑はかかってないよ。』
「それは、すみません……」
『あ、そういえばリタに会いたくて泣いたんだよ。秘密だって言われたんだけどな』
サクは、内緒だぞ、と明るく笑った。
驚いたリタがフィルの方を勢いよく見ると、フィルは笑顔で首をかしげる。
「そ、そうなんですか!?」
『ああ、まあ軽いホームシックみたいなもんだと思うよ。こっちでは楽しそうにしてたし。
ま、何かあったらまたいつでもかけてくれよー』
「あ、はい、また」
頭の中がシンとなる。リタはそっと本から手を離して、拾いあげた。
フィルの隣に座ると、本を返す。受け取ってニッと微笑んだフィルの頭を、リタはわしゃわしゃと撫でる。
「わっ、もーなにー?」
「なんでもないよー」
フィルの綺麗な髪は、いくら激しく撫でても絡まらずサラサラとほどけていく。ろくに手入れもしていないのに不思議なことだ、とリタは思った。
「さっきの、フィルの魔法なんでしょ? すごいね」
「すごいでしょー!」
フィルは鼻高々に胸を張る。リタはそんなフィルの乱れた髪をなおすように撫でる。
「ていうか、フィルだって寂しがり屋じゃん」
頭を撫で続け、リタがボソッと呟いた言葉をフィルは聞き逃さなかった。
「え? なに?
……あ、サクだな! 言わないでって言ったのに! もう!」
リタの太ももに頭を乗せ、膝をペチペチと叩く。フィルの長い髪が、さらけ出した太ももに当たってこそばゆい。
「私に会いたかったんだって?」
「もー、うるさいー! 知らないっ!」
「はいはーい」
リタはいじわるに笑う。
頬を膨らましたフィルは両手で顔を隠すが、真っ赤な耳が見えている。太ももに触れている頬が心なしか熱くなった気すらする。
その姿をみたリタはなんだかキュンとして、綺麗に整えたフィルの髪を再びわしゃわしゃと撫で回した。




