とりあえず魔王様に会ってほしい
「さ、着いたぞ」
サクの呼びかけに、リタとフィルは目を開ける。
「ここは?」
「ん? 魔族の国だ」
リタの目に映ったのは、すごく栄えた街だった。
隣町よりもずっと人が多い。
「えっと、フィルだったか? 君は私について来い。魔王様の城へ向かおう。
イアン、君はリタを頼むよ」
「いやだ、帰りたい! お腹空いた! リター……」
フィルはリタにしがみつき、駄々をこねる。
確かにリタも少しおなかが空いていた。
はあ、とため息をついたサクは、少しの間考え込む。
「もう、仕方ないなあ。ついて来い」
サクは自分を睨みつけるフィルの頭にポンと手を置き、歩き出す。
連れてこられたのは小さなレストランだった。
「おいしー!」
「たくさんお食べ」
たくさんの料理を目の前に、フィルは上機嫌だった。
さっきまでの嫌がり様はなんだったのか、サクが説明するメニューに耳を傾けている。
「サク、わたしこれ食べたい!」
「フィルはよく食べるなー」
ははは、と笑ってフィルの口についたソースを拭きとる。
一方、イアンは騒がしいフィルとサクに見向きもせず黙々と空腹を満たしていた。
「さあ行こうか」
「やだ、帰るー」
驚くほどの量を食べたフィルは、少し眠そうだ。
「えー、さっきまで言うこときいてくれたのに?」
「ごはんだから……」
「リタと一緒なら行くか?」
「う……、帰りたーい」
テーブルに頭をつけ、意地でも動かないぞ、と抵抗を見せる。
「あの、どうして私たちを……いえ、フィルを、こっちに連れてきたんですか?」
リタは疑問に思っていたことを口にする。
フィルを連れ去りたいのかと思ったら、自分も同行させてもらえることになった。リタには理由がわからなかった。
「ああ、少し説明しようか」
そう言ってサクはコホンと咳払いをする。
「昔、私たち魔族の先祖は魔力のせいで隅に追いやられた、そう思っているだろう?
でも実際は違うんだ。魔力があれば人間や獣人たちを、いとも簡単に傷つけることができる。我々の先祖はそれを恐れて、自主的にこの地に住むことにしたんだ。」
唐突に始まった昔話にリタは驚いた。
「えっと、そのこととフィルに何の関係が?」
「まあ続きを聞いてくれ。
私たち魔族は、今でも人間たちの国に攻め込むヤツがいないかきちんと見守っているんだ」
そんな危険な思考のヤツはもういないと思いたいけどね、とサクは一息ついて水を飲む。
「で、そんな時突然そっちの国に強力な魔力の反応があった。
魔王様は、大勢が攻め込んだのかと、すぐに私たちを君の家へ送り込んだ。まあ五日ほどかかってしまったけどね。
けどそこにいたのは君だ、フィル」
ノリノリになってきたサクは、大げさなアクションでフィルを指さす。
しかし、フィルは興味なさげに、コップに残った氷をカラカラとストローで回している。
「まあ、とりあえず魔王様に会ってほしい。
魔王様は、魔族の誰かが人間を傷つけてはいないかすごく心配してらっしゃるんだ」
心配がないとわかればすぐに帰してもらえると思うよ。そう付け足して、サクはフィルの頭を撫でた。
「えっと、今の話は信じてもいいんですか?」
「え、疑ってたの!?」
愛おしそうにフィルの頭を撫でていたサクは、リタの発言に驚きの声をあげて手を止めた。
「あの、少し驚いたので……」
魔族は人間たちに追いやられた。誰に教わったわけでもないが、リタを含む人間や獣人たちは疑問にも思っていないだろう。
「それは人間たちが勝手にそう解釈しただけだよ。俺たちは魔族に勝ったんだー!って。
別に争いもなかったらしいのだから、よくわからないよね」
サクはそう言ってはあ、とため息をついた。
「昔の魔族たちの中にも、その人間たちの考えを信じてしまったヤツはいたんだけどね」
サクは再びフィルの頭をなでる。
フィルは完全に寝息を立て始めている。
「まだ完全には信じられませんが、サクさんのことは信じたいとは思います」
リタはサクを信じることにした。
確かに、突然現れ半ば強制的に連れてこられた気もする。
しかし、嫌がるフィルを無理やり連れて行こうともせず、自分の話を聞いてくれたサク。
「あぁそれでいいさ、魔王様に会ってもらえれば考えも変わるかもしれないしね。
じゃあ、とりあえず行こうか!」
「わかりました。
フィル、起きて、行くよ」
「むー、眠いー……」
フラフラと立ち上がったフィルを、サクは軽々とおんぶする。
「サクさん、重くないですか?」
「ああ、このくらい軽いよ
さ、出発だ!」
静かに話を聞いていたイアンも立ち上がり、サクの後ろを歩き始めた。
こうして四人は魔王のいる城へと出発した。




