森に行かない?
「フィル、今から森に行かない?」
「えー、もう夜だよー?」
夕食に昨日買った貝を食べ、フィルが釣った魚も二人で分けて食べた後だった。
食器を片付けているリタの呼びかけに、フィルは首を振った。予想していた通りである。
「いいから行こうよ」
「やーだー、もう寝るのー」
「お願い!」
フィルはソファの上で寝転び、大きなあくびをする。
今回はリタも引かない。
リタが手を合わせてお願いをすると、フィルは不服そうな目をした。
「暗いし何もないでしょー?」
「た、確かに暗いけど……暗いからいいんだよ」
言葉を詰まらせたリタに、フィルは首をかしげる。
「えー、やだー。今日はもう外出たしー、昨日お風呂入ったしー」
「お風呂は毎日入ろうね」
いや、そうじゃなくてね、とリタは言葉を続ける。
「どうしても嫌なの?」
「どうしても、じゃないけどー……」
今度はフィルが言葉を詰まらせた。
このまま押せば……と思ったリタだったが、確かにフィルの言う通り、今日は釣りにも出た。でもできたら明日ではなく今日……。
うーん、と悩むリタにフィルは不思議そうな顔をする。
「リ、リタ? そんなに行きたいのー?」
「え、ああ、うん。行きたいな」
「しょうがないなー、リタはわがままだなー」
へへへ、と偉そうに笑うフィル。
「行ってくれるの!?」
「わたしがリタのわがままに付き合ってあげるよー」
リタは寝転ぶフィルに覆いかぶさるように抱きつく。
「リタ、おもーい」
「ありがとう! さ、用意しようか」
そこからのリタは素早かった。
嫌がるフィルに無理やりパーカーを着せ、前のチャックを上げる。……ちょっと、いや、かなり苦しそうだが気にしない。
無理やりスカートも履かせたが、予想に反してこちらはあまり嫌がらなかった。パーカーが苦しくてスカートまで気が回らないんだろうな、とリタは思った。
「リタ、これ脱ぐ……」
「夜は駄目! 虫に刺されて痒くなっても知らないよ?」
何度も脱ぎたがるフィルに注意をし続け、暗い森の中でも迷わないように明かりの準備をする。
リタは棚の下の段からランプとマッチを取り出す。
「さ、行こうか」
「はーい」
リタは玄関から出る前にマッチを一本取り出し、慣れた手つきで擦る。
ボッと小さな音がし、マッチの先に火がついた。
その火をランプに移すと、おお、とフィルが声を上げた。
外は真っ暗だった。
リタが一歩外に出ると、ランプの光で辺りが明るくなる。
「暗いから足元には気をつけてね」
「はーい」
そう元気に返事をしたフィルは、リタの空いた手を取った。
暗い夜道になんだか楽しくなったリタは、繋いだ手をブンブンと振って歩く。
「森に何があるのー?」
あまりに楽しそうなリタに、フィルは不思議そうに尋ねる。
「行ってからのお楽しみ」
「えー、ヒントー!」
「内緒だよ」
えー、とフィルは頬を膨らませる。
リタはなおもニコニコと腕を振り続けた。
「さ、ここだよ」
五分ほど歩いてたどり着いたのは、なんの変哲もない森の中だった。
ふぁー、と大きなあくびをしたフィルは、辺りを見回す。
「なに、ここ? 何もないよ?」
「いいから、いいから」
フィルをそうなだめて、リタはランプの火を消す。
「うわああああ! なにこれ、すごい!」
明かりを失った森は真っ暗なはずだった。しかし、地面からぼうっと緑の光を感じる。
「これはね、ヒカリキノコだよ。ちゃんとした名前は知らないんだけどね」
光の正体はキノコだ。緑色に光るキノコ。
このヒカリキノコが生えかかっていることを、リタは町に行く時に確認していた。
寿命が短く、明日になると見れないかもしれない。
リタはこれを見せたかったのだ。
「綺麗だね、リタ! 来てよかったね!」
リタは、しゃがみこみじっくりと眺めるフィルの頭に手を置く。
「そうだね、ありがとう」
リタがくしゃくしゃと頭を撫でると、フィルはその手を掴んで微笑んだ。
「今日はここで寝ようかなー」
そう言ってその場に寝転ぼうとするフィルの手を引っ張り、無理やりにも立たせる。
「駄目駄目、帰るよ」
「でもー……もう眠い……」
そう言い切ると、フィルは電池が切れたようにリタに抱きつくようにもたれかかり、寝息をたてた。
なんどもあくびをしていたし、仕方ないのかもしれない。
「もう……しょうがないなー」
もたれかかったフィルが倒れないように、手際よくランプに火を灯す。
ふふふ、と笑ったリタはフィルをおんぶした。服を着ているせいか、子供のような体温は感じなかった。
そのままゆっくりとした足取りでリタは帰路についた。




