8話 桜子でございます。私は女優
パッカパッカパカ……
「ヒヒーン! ブルルルゥ~」
ううっ、完全武装の兵隊の前に出るのは、いささか、いや、かなり怖いのですけど……
それでも、この場面においては、桜子ちゃんの一世一代の大博打もとい、名演技が求められるのであります。
私は女優……
私は天才子役……
私はハリウッドの大スター!
よし! 自己暗示は完了。
それに、私も見てくれだけは愛くるしい幼女なのだから、クーデターに加わった兵隊もおいそれとは撃てないし、撃たないとは思いますが。
そう思いたいです。そう思わないとやってられませんし。
こういう役目はそれこそ、脳内お花畑の憲法九条マンにやらせればよいのです。きっと彼等ならば、戦場のど真ん中で敵に銃口を向けられたとしても、非戦の理を、平和の尊さを説いて、敵と仲良くなれるのでしょうから。
たとえ、その場において敵に撃たれたとしても、その崇高なる志はきっと世界中から称賛されるでしょうから、是非にでもお願いしたい所存であります。
お客様の中に、どなたか無防備マンはいらっしゃいませんか~? 出番ですよ~。
え? いない? ほわい? なんで?
あーうー、この時代には、まだ日本国憲法の第九条なんてなかったんや!
ダメじゃん。
やはり、言い出しっぺの私がやらねばならぬ運命なのか……
それに、私は腐っても鯛。中身は未来の平民でおっさんの魂だったとしても、この外身は一応、皇族だしね。
ノブレスオブリージュ…… ノブレスオブリージュ……
私は高貴なる血筋を引く者。特権階級には、それに付随して義務が生じるものである。
高貴なる者の義務を履行せよ!
うん。覚悟完了。
さて、拡声器でもって、みんなに聞こえるように話し掛けるとしますか。
『あ、あ、てすてす…… クーデターを起こした者たちへ告ぐ!』
ざわっ
『諸君等の行いは、断じて許容できない!』
ざわざわ……
『恐れ多くも天皇陛下の御座す帝都で、このように陛下の宸襟を悩ますような不埒な行いは、断じて許されざる行為である! 大御心は諸君等の行動を、けして認めん!』
ざわざわ……
「お、おい。なんで、藤宮様が出てくるんだよ?」
「そんなの知らねーよ」
「桜子ちゃんだ!」
「藤宮様にむかって、桜子ちゃんとはなんだ桜子ちゃんとは! 貴様、不敬だぞ!」
「いや、だって、桜子ちゃんは桜子ちゃんだし」
「まあ、確かに桜子ちゃんだな」
ガヤガヤ……
『武力によっての政権転覆は、議会制民主主義では認められない!』
ざわざわ……
「なあ、帝国って議会制民主主義なのか?」
「さぁ?」
「中身はともかく、一応は議会制民主主義なんじゃね?」
「ってゆーか、政権転覆ってなに?」
「俺らの行動がそれなんじゃね?」
「はは、まさか……」
「藤宮様は可愛いなぁ」
「うむ。やはり本物は美しい」
ガヤガヤ……
『直ちに原隊に復帰しない場合は、この藤宮桜子内親王が、大元帥陛下になり代わり、諸君等を反逆者として成敗する所存である!』
ざわざわ……
「俺たちが賊軍? そんなの聞いてないぞ……」
「ああ、なんで俺たちが賊軍なんだ?」
「しかし、皇族である藤宮様がああ言ってるってことは、俺たちに大義がないってことだろ?」
「俺たちは中隊長たち将校に騙されたんだよ」
ガヤガヤ……
『下士官兵に告ぐ! 今からでも遅くはない。歩哨線を解いて、原隊へ復帰せよ!』
ざわざわ……
「おい、どうする?」
「どうするったって、皇族の命令に逆らえば、それこそ本当に賊軍になっちまうぞ」
「だよなぁ……」
「賊軍だなんて、俺はごめんだぞ」
「俺もごめんだ」
ガヤガヤ……
『抵抗する者は全て逆賊であるからして、射殺する!』
ざわざわ……
「藤宮様は可愛いなぁ」
「うむ。軍服を着ている御姿もお美しい」
「そんなことよりも、これからどうすんだよ? 抵抗したら射殺すると言ってるぞ」
「そんなこととはなんだ! 貴様、藤宮様の良さが分からんとは、この非国民め!」
「そうだ! 貴様は個人国債を買ってないのか? この非国民め!」
「俺は一口買ったぞ」
「俺は二口だ」
「ふっ、俺は五口買ったぞ」
「ブルジョアめ!」
「そ、そんなことよりも、俺たちは皇軍だよな?」
「いや、この状況では、どう見ても俺たちの方が賊軍だろ?」
「ですよねー」
「どうすんだよ?」
「知るもんか。俺たちは中隊長に命令されるがままに行動しただけなんだから」
「とんだ貧乏くじを引かされたってことだよ」
「だよなぁ……」
「上官を恨むよ」
「軍隊では上司を選べないからな」
「普通の会社でも選べないだろ」
ガヤガヤ……
『このままでは、諸君等の父母兄弟も国賊になるので、皆、泣いているぞ!』
ざわざわ……
「家族も国賊になる!?」
「カーチャンに迷惑は掛けられんわ」
「幼い妹がイジメに遭うのはごめんだぞ」
「もう、上官は逆賊なんだし、ここは藤宮様の言う通りにした方がいいんじゃね?」
「将校だけが逆賊でなく、俺たちも同罪ってことはないよな?」
「俺たちは大丈夫なんじゃね?」
「ああ、むしろ俺たちも馬鹿な上官に巻き込まれた被害者みたいなもんだ」
「今からでも遅くはないって言ってるしな」
「そういえば、そう言ってたな」
ガヤガヤ……
『諸君等は直ちに原隊に復帰し、別命あるまで待機せよ!』
ざわざわ……
「駐屯地に帰るか」
「ああ、帰るべ」
「あ~あ、とんだ災難だった気がするわ」
「それもこれも、妄想を肥大させた上官どもが悪い」
「天保銭は頭でっかちなだけで、中身は馬鹿なんだよ」
「俺たち下っ端のことなんて、これっぽちも考えてないんだろ」
「国を憂いてる国士様を気取って、そんな自分に酔っているのさ」
「夜郎自大ばかりだしな」
「あそこまで自己陶酔できる連中は、呆れるのを通り越して逆に羨ましくも思えてくるわ」
「東北の農村が飢饉と貧困で苦しんでいるのを、宴会しながら酷いねって憂いてるんだぜ?」
「ははっ、その宴会で飲んでいる清酒が米で出来ているのを知らないんだろ。馬鹿だから」
「アメリカの禁酒法は、日本でこそ役に立ったのかも知れんな」
「俺、下戸だから禁酒法できても困らんわ」
「なんか上官連中に対して腹立ってきたな」
「俺はアホくさくなったわ」
「帰るか……」
「ああ、アホな上官には付き合いきれん」
「帰るべ」
「藤宮様、サイン書いてくれないかな?」
「ああ、お願いしてみるか」
「おまえら、図太い神経してんな……」
ガヤガヤ……
『復命せよ!』
「はっ! 直ちに原隊に復帰し、別命あるまで待機いたします!」
『よろしい!』
「小隊、整列!」
「藤宮様に対して、捧げぇー銃!」
カチャ
あ、この場合、もしかして私が答礼しなければ、いつまでたっても捧げ銃したままなのかな?
それではあまりにも理不尽なので、答礼しておきましょうかね。
ちゃんとした答礼を一度してみたかったんですよね。カメラマンもいることだし、きっと良い絵が撮れると期待しましょう。
それで、私から先に手を下ろすんだよね?
コイツら、私が礼式を知っている前提で捧げ銃しているけど、もし私が知らなかったらどうすんだよ。
こちとら、外見は幼稚園児なんだぞ。その前提をどこかに置き忘れていませんかね?
「担えー銃!」
ザッ
「回れー右!」
「前へー進め!」
ザッザッザッ……
ふぅ~、どうやら此処は無事に治まったみたいですね。
あー、怖かったー!