7話 1936年2月26日
1936年2月26日 早朝
「藤宮様、起きて下さい。朝ですよ~」
「う~ん…… あと5分……」
ガバっ!
「さっさと起きる!」
「ひぇ! さ、さぶっ!」
いきなり布団を剥いだりして、このすっとこどっこいは、なにしやがりますかね?
私の心臓が、ビックリして止まったらどうしてくれるんですか!
コイツは侍女失格ですね。まったくもう、ぷんすかぷんです!
「今日は朝から、一面の銀世界ですよ!」
「なぬ!? 雪?」
「はい。大雪ですよ」
あー、そうだったかぁ。そういえば、二・二六事件の当日は雪だったんだよね。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りの日も雪だったし、歴史の節目節目は雪の日が多いのかな?
この二つの出来事以外の雪の日は知らんけど。
そうじゃなくて、
「ダルマさん家に異常はない?」
「高橋蔵相の家ですか? これといって特に騒ぎは起きてなさそうですよ」
「首相官邸や陸軍省、参謀本部は?」
「いえ、これといって異常が起きたという報告を受けておりません」
「そう…… 良かった~」
相沢事件も発生してないし、陸軍内部では統制派が皇道派を粛清しているみたいなので、二・二六事件も回避できたということか。
「藤宮様のその申しようは、まるでクーデターが起きたような言い方ですね」
「その可能性があったんだよね」
「確かに昨今の情勢は、きな臭かったですからね」
「何事もなければ、それが一番だよ」
「そうですね。日々是平和が一番です」
日々是好日をモジって言ってるのかな? でも、槍が降っても爆弾の雨が降っても、それが好い日だなんて私には到底思えないから、私は悟りの境地には程遠いみたいですね。
言い換えれば、悟りの境地なんて、現実を無視した、または現実を直視したくない、脳内お花畑な人間の戯言とも言えるわけです。
すなわち、煩悩万歳!
つまり、
「雪ダルマを作って遊ぶぞー!」
二・二六事件も回避したことだし、せっかく子供に戻ったのだから、遊ばないともったいないですしね!
そう思って、安心していたのですが……
1936年2月27日 早朝
「藤宮様、大変です!」
「う~ん…… あと5分……」
「クーデターですよ! クーデター!」
ガバっ!
「なぬっ!? クーデター?」
なんで? なんで、クーデターが一日遅れで発生するんだ?
史実の歴史を乗り越えたと、油断していたのが不味かったのだろうか?
どうしてこうなった?
これが、歴史の修正力、揺り戻しとかいうヤツなのか?
神の悪戯か神の意志とでもいうのか……?
だがしかし、
冗談ではない! そんなの、私は認めん!
歴史とは、時代とは、今を生きる人間が作っていくものなのだから。
異分子である、私が言うのは烏滸がましい気もしますがね。
そうじゃなくて、
「ダルマさんは? 大丈夫なの?」
「高橋蔵相の家にも二個分隊規模の反乱軍が来ましたが、撃退したとのことです」
ふぅ~、トンプソンが役に立ちましたか。
トンプソン短機関銃は使い勝手が良さそうなので、ライセンス生産を申し込んだ方が良さそうですね。
ダメなら勝手にコピーしちゃえ!
あー、でも、弾薬の補給とかが、ボトルネックになりそうですね。
三八式歩兵銃が6.5mm弾で、この後に製造されるであろう九九式小銃が確か、7.7mmだっけ?
まあ、トンプソンは拳銃弾みたいなので、小銃弾は使えませんけど。
でも、小銃弾は、できるだけ弾薬は統一した方が、なにかと便利なんだよなぁ。
もう既に、三八式歩兵銃が大量に配備されているのだから、いっそのこと軽機関銃以下は、6.5mmで統一した方が良いのかな?
それか、アメリカ軍仕様の7.62mm弾でも良さそうですね。
万が一にもアメリカと戦争になった場合に、鹵獲した弾薬がそのまま使えるようになりますしね!
ほら、敵の武器を奪って使えみたいなことを孫子も言ってたではないですか。
武器弾薬の使い回しができて、地球環境にも優しいエコロジーですしね!
これは検討の余地がありそうな課題でしょう。
あと、航空機銃との互換性も検討課題でしょうか?
あー、でも、戦闘機に載せる7.7mm機銃や、爆撃機や偵察機の7.7mm旋回機銃なんて、どうせ豆鉄砲で大して役に立たなくて、直ぐに陳腐化するのでしたね。
つまり、ブローニングM2が欲しいよぉぉぉ!
12.7mm機銃6丁は漢の浪漫! 20mm機関砲4丁でも良いけど。
それはそうと、こんな事をあれこれと妄想している場合ではなかったんだ。
いまは一日遅れの、二・二六事件に対処しなければならないのでした。
「その他の状況は?」
「三宅坂で銃撃戦が発生しているみたいです」
昨夏以降、要人と要所の守りは手厚くしていたので、クーデター派は陸軍省と参謀本部の制圧に手古摺っているということか。
「クーデターの参加人数は?」
「詳しいことは分かりませんけど、5百人から多くても、7~8百人程度らしいです」
うん?
史実よりも、クーデターに参加してる兵の数が少ない気がしますね。
史実の二・二六事件で行動を起こした将兵の数は、確か1千5百人近かった記憶がありますので。
これは、皇道派の将校を粛清した影響もあって、クーデターの規模が小さくなったということなのかも知れませんね。
「出るよ!」
「藤宮様、それは危険です!」
「国家の一大事に、危険だからといってビクビクしながら屋敷に閉じ籠もっていたら、皇族の沽券に関わるのよ!」
「軍に任せればよろしいでしょうに」
その軍の一部が反乱を起こしているんだよぉぉぉ!
「軍の統帥権は誰にあるの?」
「それは、陛下ですけど……」
統帥権をキチガイな軍人どもの玩具にされて堪るものですか!
『統帥権干犯』この言葉を錦の御旗なんぞには、絶対にさせません。
そう考えると、この時代の軍人の度し難さには、ほとほと頭に来ちゃいますね。
なんであんなにも、軍人が威張り散らしているのでしょうかね? 自分たちが国を守ってやっていると思っているから、尊大な態度が取れるのでしょうか? 私にはよく分かりません。
銃後の人々の協力がなければ、軍人なんぞ銃一つ撃てないのにさ。
時代か? この不穏な時代の空気が軍人を狂わすのか?
日本人とは本来、大人しい農耕民族のはずなのにね?
あー、でも、鎌倉武士のキチガイ度も大概だったような気がしないでもない。
それでは、私は後鳥羽上皇の真似でもしてみますか。
ん?
後鳥羽上皇って隠岐に流された人だったような気が……?
まあ、どうでもいいや。
それよりも、心構えが大切なんだよ。
「ノブレスオブリージュ。高貴なる者の務めだよ。ここで出張らずして、なんの為の皇族か!」
もっとも、この桜子ちゃんの中身は、高貴さとは縁もゆかりもない微妙におっさんに片足を突っ込んだ、しがない平民の魂なんですがね。
それは言わぬが花ということで。
内緒です。
「藤宮様、ご立派になられまして…… 感無量です!」
「混乱した場を治めるには、皇族が出張って行くのが一番なんだから」
「分かりました。私もお供させて頂きます」
いざ鎌倉! じゃなくて、いざ戦場へ参らん!
桜子ちゃん、出陣です。
ポニーで……