55話 新任の艦政本部長ですが、少女の絵を検分しています
9月17日 東京 秩父宮邸
「フフフンフンフン♪」
「藤宮様、ご機嫌ですね」
「まあねー」
「今度は何を描いておられるのですか?」
「じゃじゃーん!」
桜子ちゃん特製、対潜ロケット弾であります!
これを、艦政本部のお偉いさんに渡せば、対潜水艦作戦で制圧力も上がり、潜水艦に対しての生存性も高まるというものです。
「対潜水艦ロケット弾ですか?」
「そうだよ! このロケット弾を使えば、爆雷よりも潜水艦を撃沈しやすくなるんだよ!」
「それが可能ならば、素晴らしいですね」
「そうでしょ! そうでしょ!」
「でも、一つだけよろしいでしょうか?」
「んー、なにかな?」
「そろそろ藤宮様も、クレヨンは卒業された方がよろしいのでは?」
「……」
「クレヨンは小学校低学年までだと思いますよ?」
「……」
クレヨンじゃないと、絵が下手くそなのがばれるじゃないですかー!
東京 赤レンガ 艦政本部
「ふーむ、対潜水艦ロケット弾、か……」
「この絵は、また藤宮様のお描きになった絵でしょうか?」
「うむ。恐れ多くも、藤宮様がお描きになった絵で正解である」
「また、アイデアが浮かんだから、とりあえず描いてみたという感じですね」
「不敬なことを申すと、些かやっつけ仕事的な感じの絵ではあるな」
「ええ、手抜き感が拭えないといいますか、絵に進歩がみられませんね」
「そう思っていたとしても、人前では言うなよ。それこそ不敬だぞ」
「わかりました。しかし、このアイデアは面白そうですな」
「うむ。爆雷の代わりなのだろうが、艦の前方にも投射出来るのは魅力的だな」
「ロケット弾とは、噴進弾でしょうか?」
「陸さんの、迫撃砲みたいなモノだろう」
「なるほど。爆雷よりも簡易で、数も揃えられそうな気がしますね」
「面制圧と考えると、数がモノをいうからな」
「初めから、数を揃えなければ話になりませんでしたか」
「うむ、そういうことだな。しかし、ドイツのUボートが250メートルも潜るというのは、本当なのか?」
「さぁ? それが本当ならば、ドイツのUボートは相当に脅威ですけど、小官には判断しかねます」
「まあ、それもそうであったか」
「ですが、藤宮様には、独自の情報源でもあるのかも知れませんね」
「皇族独自のルートというヤツか……」
「あくまでも、推測にすぎませんがね」
「それもそうだな。あれこれと詮索をするよりも、我が帝国海軍の対潜水艦能力の向上を図るべきであったな」
「ええ、それと、潜水艦自体の能力の向上も必要になります」
「海大型の潜航深度70メートルでは話にならんということだな」
「新しい巡潜型でも、100メートルとかですしね」
「それだけ、ドイツの潜水艦の技術が優れているのだろう」
「先の世界大戦でも、ドイツのUボートは大活躍でしたので、いくら条約で制限されていたとしても、潜水艦の技術は失われていなかったのでしょう」
「つい先日には、アセニア号が撃沈されたばかりであったな」
「はからずも証明されてしまいましたね」
「ドイツは元々が、技術大国だからな」
「そうでしたね。これからもイギリスは、Uボートによる被害に頭を痛めることになるでしょう」
「先の大戦の悪夢ふたたびといったところか」
「他人事ではありませんよ。我が海軍も、対潜兵器の能力向上は喫緊の課題であります」
「そうであったな。我が国はイギリスと同じく島国なのだからな」
「ええ、商船が航行するシーレーンを襲われでもしたら、帝国の経済が麻痺しかねません」
「海中に潜む見えない敵というのは、それだけで恐ろしいからな」
「それをお偉いさんには、もっと理解してもらいたいものです」
「ワシも一応は、そのお偉いさんの部類に入るのだが……」
「……失礼しました」
「まあ、よい。それに、これでも考え方は昔よりかは、少しはマシになってはいるのだよ」
「小官の目の前におります、将軍様の思考が柔軟で助かりました」
「よせやい。お茶請けに羊羹でも食うかね?」
「いただきます。あと、潜水艦自体に関しては、防音が大切だと書いてありますね」
「防音かぁ。音が大きすぎると音波探知機に音を拾われて、居場所が特定されてしまう訳だな」
「そうなりますね。しかし、藤宮様がわざわざ注意書きをするのが気に掛かります」
「つまり、欧米の潜水艦に比べて、我が帝国海軍の潜水艦は騒音が五月蝿いということなのか?」
「そこまで詳しくは分かりませんけど、我が国の技術水準から言えば、欧米よりは劣っているかと思います」
「やはり、そうだよなぁ……」
「しかし、機関室の床や内側にゴムを張るとかの対策をすれば、多少は防音効果があるかと愚考します」
「そうだな。やれることから、一つづつやって行くしかないということだ」
「足らぬ足らぬは、工夫が足らぬとかも言いますしね」
「まあ、その言葉は、負け犬の遠吠えの気がしないでもないがな」
「そういえば、威勢の良いことばかりを叫んでいた連中も大分減りましたね」
「軍内部の大掃除をしたからな」
「風通しが良くなって、助かりましたよ」
「まったくだ」
9月18日
【ソビエト赤軍が、ポーランド領に侵攻! ドイツとの密約か?】
モロトフ=リッベントロップ協定の秘密議定書、密約通りに、ソ連はポーランドに雪崩れ込みましたか。
これで、万が一にもポーランドが助かる見込みは、完全になくなりましたね。
ポーランドは、6年か7年の休眠に入ったとでも思っておいてください。きっと目覚める日がやって来るはずだよ!
多分、おそらく、きっと、めいびー。
しかし、ポーランドが地図の上から消えるのは、歴史上これで何度目なんでしょうかね? 消えては復活して、また消えては復活を繰り返しているような気がするのですけど?
まあ、それだけ、しぶといとも言えるのかも知れませんが。




