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36話 桜子ですけど、あなたのお名前は?


 1938年8月 横須賀 海軍工廠



 大日本帝国臣民の皆様、ごきげんよう。


 藤宮桜子内親王が陛下の名代として、臣民の皆様にご挨拶を申し上げます。


 今日は、横須賀にある海軍工廠にお邪魔しております。夏らしく、涼しげなピンクのワンピースの出で立ちであります。もう、人前での立ち振る舞いも、すっかり皇女が板についてきました。

 羞恥心というものは、捨てるに限ると気が付いたのですよ。


 え? そんなもん、はなから持ち合わせてなんかなかっただろって?


 うーん…… そうとも言えなくもないけど、そう思ったヤツは占守島で、蟹の缶詰でも作ってきてください。

 帝国は、臣民の北千島での活躍に期待すること大である! とかなんとか宣伝していますしね?


 話が逸れた。


 いやー、海軍工廠って広いですよね! 案内の人がいなければ、完全に迷子になる自信がある広さだと思います。


 私は、てっきり乾ドックで軍艦の建造をしていると思っていたのですけど、横須賀海軍工廠の乾ドックは違いました。横須賀のドックは修理用の船渠みたいなのです。

 もしかしたら、江戸時代や明治の初め頃には、ドックでも船を建造していたのかも知れませんが、軍艦が鋼鉄で作られるようになってからは、建造は皆無らしいのですよね。これには驚きました。


 それじゃあ、どこで船を作っているのかといいますと、船台で建造しているのです。

 船渠と船台、ややこしいですね……


 でもまあ、起工から進水まで、一年や一年半もドックを塞いでいたら、修理したい船が修理出来なくなりますので、これはこれで良いのかも知れません。

 修理するだけならば、数ヶ月とかで完了する場合が大抵ですもんね。ようするに、ドックの回転率の問題で、建造は船台で行っているということでしょうか?


 大規模改装とかまですると、ドックを一年近く塞ぐことになるような気もしますが、それはそれってことで。






『き~み~が~ぁ~~ よ~ぉ~は~~♪』



 おごそかに、君が代斉唱が行われまして、これから私の出番がやってくるのであります。



『それでは、藤宮内親王殿下に、命名の儀式を行って頂きます!』



 そう、軍艦の命名進水式に来賓といいますか、命名者として呼ばれたから、横須賀の海軍工廠に来ていたのですよ。

 大型の軍艦の進水式の場合は、皇族が立ち会うのが習わしになっているのです。私以外にも、叔父さんである高松宮宣仁親王も臨席しているのです。


 といいますか、正式な天皇陛下の名代は高松宮の叔父さまであって、私はオマケなのですがね!



 神職が祝詞を上げたり、船を清める儀式も一通り終わって、私に命名書が手渡されました。

 私はその命名書を開いて、読み上げるだけの簡単なお仕事です。



『めいめいします! あなたのなまえは…… こうくうぼかん、ひりゅう!』



 空母飛龍は、史実では、昨年に進水していたと記憶していたのですけど、この世界線では今日が進水式となりました。

 なんで進水が遅れたのでしょうかね? 日中戦争が発生してないから、焦らずにのんびりと建造していたのでしょうか?



『空母、飛龍と命名されました! 御臨席の皆様、盛大な拍手をお送りください!』



 パチパチパチ



『命名に続きまして、進水の儀式に移りたいと思います』






 玉串拝礼が済んだら、銀の斧が渡されました。


 きこりが誤って池に斧を落としてしまったら、その池から女神が現れて、『あなたが落としたのは、銀の斧? それとも金の斧?』そう女神様が樵に訊ねる、その銀の斧でしょうか?

 まあ、それは冗談なんですけどね。武運長久や航海の安全を祈願して、銀の斧を使うみたいなのです。



『支綱を切断するのは、高松宮親王殿下と藤宮内親王殿下でございます!』



「桜子ちゃん、せーので切るよ」


「はい。わかりました」


「僕が桜子ちゃんの手に添えて合わせてあげるから、大丈夫だよ」



 なんだか、結婚披露宴の新郎新婦によるケーキ入刀の儀式と、似ている気がしますね。



「では、」


「「せーのっ!」」



 支綱を切ったら、紐で吊るされたシャンパンの瓶が、ぶらーんと宙を舞いながら艦首にぶつかって見事に割れました。クレーンに吊るされた、紅白のくす玉も割れて、紙吹雪の中から鳩が飛び出してきました!

 なかなか凝った仕掛けになっていたようですね。



 チャンチャーチャチャラカスッチャカノチャン♪



 横須賀海兵団の軍楽隊が奏でる軍艦マーチに乗って、飛龍はスロープをゆっくりと滑りながら、艦尾から海へと進水して行きました。

 既に一万トン以上はありそうな、巨大な船体ではありますけど、進水による波は私が思ってたほどの波ではありませんでしたね。


 まあ、そうだよね。進水で津波のような波が発生するのであれば、進水式なんて出来ないもんね。

 私の取り越し苦労だったみたいでした。


 ちなみに、この進水式の一連の儀式は、海軍省にお願いして、カラーフィルムで撮影しております。きっと後世では、カラーで見る昭和史の一コマで使われる映像になること請け合いであります!

 アメリカ製の高級カラーフィルムを使ってますので、画質もこの時代では最高水準だと思われます。


 こういう、歴史的価値のある場面は資料として残しておかなければ、歴史への冒涜だと思うのですよ。

 軍機? なんですかそれ? そんなもんは、海軍省や宮内省で保管しとけば大丈夫なんじゃないですかね? なんなら、秩父宮邸で保管しておいてもいいですしね! むしろ、そうしたい。秩父宮アーカイブスを作りたい!


 それに、軍機とか言っても、飛龍自体の存在は大っぴらにされていますし、軍機もへったくれもないような気がしますしね。

 もっとも、公表している数値は、過少に申告はしているのですけど。



 それで、進水式を終えた飛龍は艤装岸壁に移動して、そこで本格的な工事が行われるのです。つまり、進水式とは、船のガワだけ作ったようなモノと、思って頂いても結構だと思います。

 艤装岸壁は、そこだけ21世紀の日本と大して変わらない設備があるのですよ。200トンのガントリークレーンは、まだ可愛い方でしょうか? 350トンもの重さを持ち上げれる、世界最大級のハンマーヘッドクレーンもあるのですから。


 でも、一つ疑問があります。350トンの巻き上げ能力で、世界最大級であるならば、戦艦大和の46cm三連装砲塔とかって、どうやって設置したんでしょうね? 確か、大和の砲塔重量って、2700トンぐらいあったはずですよね?

 大和じゃなくて、長門の41cm連装砲塔ですら、1000トンぐらいあったはずですので、到底、350トンでは能力が足りないですし、疑問を覚えますね……


 ブロックみたいに、その場で組み立てる方法だったのかな?


 まあ、なにはともあれ、貴重な体験ができて、非常に満足な一日でした!



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