31話 キ27
大日本帝国臣民の皆様、ごきげんよう。藤宮桜子内親王が、ご挨拶を申し上げます。
皆様はお正月を、いかがお過ごしでしたでしょうか? 私はお餅を一つ余分に食べ過ぎてしまいました。
それで、今日は、防空のお話をしたいと思います。
帝国の空は、安全であります。
帝国の空は、大日本帝国陸海軍の航空部隊によって、しっかりと守られております。
たとえ、敵国の爆撃機が帝国の空を侵犯したとしても、迎撃戦闘機が敵爆撃機を排除します!
たとえ、味方戦闘機が敵を撃ち漏らしたとしても、高射砲部隊が敵爆撃機を排除します!
たとえ、高射砲部隊が敵を撃ち漏らしたとしても、我々には、竹槍があります!
竹槍を全ての帝国臣民が装備すれば、敵爆撃機なぞ恐れるに足りないこと請け合いであります!
精神力は無限であります!
つまり、大和魂も無限ということであります!
その無尽蔵に湧き出る精神力は、きっと敵を撃ち滅ぼす糧となることでしょう。
陸軍大臣を務めたこともある、陸軍大将も言ってましたしね。
『竹槍が三百万本もあれば、我が帝国は不滅である!』
とかなんとか言ってましたもんね。
竹槍が三百万本あろうとも、戦国時代ですら武士が本気を出したら、武士には敵わない気がするのですけど、そこんとこどうなんでしょうかね? 荒木さんに聞いてみたい気がしますね。なんで、こんな人が陸軍大臣の椅子に座れたのやら……
もうね、戦前の軍国主義者や国粋主義者とかいう生き物は、私から言わせれば完全に宇宙人ですよ。本当に竹槍で敵の爆撃機を墜とせるのならば、精神力を認めるのもやぶさかではないのですけれども。
私も無防備マンではありませんので、軍や軍人は国を守るためには必要だと思いますし、それ自体を否定はしません。でもね? 軍あってこその国家や国民という考え方だと、そのうち国を傾ける気がしますね。
もっとも、これは、私が歴史を知っているという後知恵の類いだから、上から目線で言えることなのかも知れませんが。
つまり、その、なんだ、狂信的な愛国主義者は、さっさとお国のために戦って、さっさと死んでくれ。愛国者は必要だけど、狂信的な愛国者は、逆に国を滅ぼす災厄になりかねないのですから。
後方で彼我の損害比率を計算するのは、主計課にでも任せてしまって、精神論を声高に叫ぶ連中は一人残らず、最前線で戦ってもらいたいところであります。
『最前線での防衛は、熱狂的な愛国者である諸君らの働きに掛かっているのである! 諸君らの奮闘に期待すること大である!』
四列目から督戦したり、五列目から傍観しているだなんて許されませんよ? そんな輩は、六列目から撃ち殺したい気分にさせられますよね?
話が逸れた。
今日は、陸軍航空技術研究所で行われる、試作戦闘機の比較審査を見学がてら、お父様と一緒に立川飛行場にお邪魔しているのです。
東京 立川飛行場
「おおーーっ!」
「凄い! 九五式がまったく相手にならんとは」
「そうだな、大人と子供ほどの違いがあるわい」
「これでは、九五式が玩具に見えてくるぞ!」
いい歳をした陸軍のお偉いさんも、新型機の性能に興奮しております。ついでに、私も興奮しています。模擬空戦をしている空を見上げていますので、少し首が痛いのが難点ではありますが。
「うむむ、これほどまでとは……」
「どうです、我が社の新型機の性能は?」
「素晴らしいですな! これは、即採用間違いなしの出来ですよ!」
「それは開発した甲斐があったというものです」
中島知久平さんも、誇らしげな顔をしていますね。まあ、こんな機体を世に送り出したのですから、自慢したくなるのも仕方ないと思います。
それで、現在、試験と称して模擬空戦を行っている、機体のスペックはといいますと、
中島 キ27 (仮)九八式戦闘機
エンジン ハ27 空冷複列星型14気筒
遠心式スーパーチャージャー1段2速 1350馬力
最大速度 585km/h/高度6000m
航続距離 2900km(増槽あり)/1600km(正規)
全高 3.22m
全長 8.83m
全幅 10.85m
翼面積 21.62㎡
翼面荷重 133.2kg/㎡
全備重量 2880kg
上昇力 5000mまで4分33秒
限界高度 12200m
降下制限 780km/h
武装 機首12.7mm×2各350発 翼内12.7mm×4各300発 または、12.7mm×2各300発 20mm×2各200発 または、20mm×4各200発 または、7.7mm×6各700発
爆弾 30kg~60kg×4 または、250kg×1
どこからどう見ても、隼か零戦の強化版ですありがとうございました。
なんですか、この時代を5年は先取りしたような機体は……?
どうしてこうなった?
もしかして、私のせいだったりするのでしょうかね? でも、私が中島知久平さんに渡したのは、大まかなスペックといいますか、戦闘機の方向性を書いた概要だけだったはずなのですが……
それに、キ27って九七式戦闘機じゃなかったの? なんで、九八式なんだ?
もしかして、盧溝橋事件が日中戦争の開戦には至らずに、小規模な紛争で収まってしまった。その辺りが影響を及ぼしているのでしょうかね?
(仮)とは付いているけど、次期主力戦闘機としての採用は、おそらくこの機体で決まりでしょうね。
それに、九八式の名称以外にも、ツッコミどころが山ほどあるのですよ……
エンジンのハ27って、なに? ハ25、栄エンジンはどこにいった? 中島製の空冷星型14気筒で1段2速のエンジンだから、そこは、ハ25=栄エンジンと同じということは、ハ25の改良版みたいなモノなのかな?
公称で、1350馬力で585km/hって…… つまり、どんなに不調で最低なエンジンでも、1250馬力以上は出るってことだよね?
オクタン価96以上の高オクタン価ガソリンを使用できれば、600km/hオーバーも可能な感じがしますね。
金星62型を積んだ五式戦以上の高性能機じゃないですかー。
なんといいますか、隼と零戦を足して、五式戦で割ったような機体という表現が、一番しっくりくるような感じでしょうか?
翼面荷重が、133.2kg/平米ってことは、着艦フックを装備したり主翼を折りたためるように改良すれば、空母でも運用できそうな機体になりそうですね。
翼面荷重とは、その値が小さければ小さいほど、離着陸の距離が少なくて済みますので、物理的な制約から滑走距離が短くにしかとれない、空母艦載機に向いている機体と言えるのです。
翼に掛かる負荷が小さければ、揚力を得られやすいということなのでしょうかね?
また、翼面荷重が小さければ、旋回性能も優れているのです。小回りが効きますので、敵の内側に回り込むことが容易にできるようになりますので、ドッグファイトにも有利になることでしょう。
上昇力には、パワーウエイトレシオが関係してきますので、機体重量が軽くて馬力が大きなエンジンの方が有利になります。これは、加速性能にも同じことが言えるでしょう。
実用上昇限界高度の12200mは絶対に怪しいと思いますね。本領を発揮できるのは、精々、9千とか1万メートルがいいところではないでしょうか? それ以上だと、たとえ、その1万2千メートルの高度に上れても、あっぷあっぷでフラフラの気がしますね。
それと、急降下制限速度。これが、実質的に、ほぼ気にしないでも良い速度なのが素晴らしいですね! 急降下速度が、780kmまで大丈夫ということは、大抵のアメリカ軍機を相手にしても、ダイブで逃げられる心配がなくなるということです。
それにしても、重武装すぎる気がするのですけど……?
機首の12.7mm機銃が二丁で、携行弾数が各350発は、確か疾風が似たような数字だったと記憶してますので、まだ理解できるよ?
でもなんだ、翼内の12.7mm×4に、12.7mm×2と20mm×2やら、20mm×4とか、7.7mm×6って、なんですかね?
こんな重武装で、よくもまあ、3トン以下に収まったと思わなくもない。
でも、似たような大きさと重さのスピットファイアが、7.7mm機銃を八丁とか装備してましたので、やろうと思えば可能ということでしたか。
ホーカーハリケーンに至っては、7.7mm機銃12丁とかいう、どこか頭のネジがぶっ飛んだような機種も一部ではありましたので、この九八式戦闘機の重武装も、まだ可愛い程度の部類なのかも知れませんね。
「いやはや、中島さんは、素晴らしい機体を開発してくれましたな」
「重武装なのに、軽戦闘機以上の運動能力とは恐れ入った」
「軽戦闘機でも重戦闘機でもない、中戦といったところでしょうか?」
「いやいや、これは立派な重戦闘機だと思いますよ」
「まあ、その分類は軍内部で検討して下さい」
「それもそうだな」
「もっとも、この機体を作れたのも、ドイツ製の工作機械のおかげではあるのですがね」
「ドイツ様々でしたか……」
「左様。だからこそ、飛行機を作る工作機械を、それを作る機械が一番重要なのです」
「工作機械を作る工作機械ですか?」
「マザーマシンとか言うそうですな」
「つまり、基礎工業力、か……」
「我が国は、そこが貧弱だからな……」
「ネジをヤスリ掛けしているようでは話にならん」
「「「はぁ~……」」」
玩具を与えられた子供のように喜んでいた、陸軍のお偉いさんが神妙になってしまいましたね。まあ、良い薬にはなったみたいなので、これで良かったのでしょう。
それはそうと、
中島さんは、私をジト目で見ないでください!




