28話 帰国
1937年10月 東京
「ひゃっほい! 到着ー!」
「桜子さん、はしたないですよ」
「ちっちっちっ、お父様は固いですってば」
二機の飛行機に分乗して、ドイツから、トルコのイスタンブール、ペルシャのテヘラン、インドのデリー、ビルマのマンダレー、香港、沖縄を経由して、日本へと帰ってまいりました!
え? なんで、シベリア鉄道を使わなかったのかだって?
はははっ、ナイスジョーク! 私に、銀行強盗やロリペドがうじゃうじゃと居る、あの巣窟に行けと申しますか? まあ、真面目な話、マイトナー博士が半分おばあちゃんなので、長旅は身に応えると思って、空路を選んだのが正解かなぁ。
やはり、飛行機だと速度も船の10倍以上ですし、ショーットカットして、ほぼ最短距離を飛べますので、圧倒的に早く目的地に到着できますよね。
その偉大なる飛行機の名前は、ダグラスDC-3!
日本製でも、ユーおばさんでもなかったよ…… レシプロ三発機は、それはそれで味があって好きなのですがね。でも、ユーおばさんは完全に航続距離の短い欧州仕様なのですよ。
今回のような、欧州から極東の日本までの長距離飛行には、ユーおばさんは不向きな機体なのです。
それで、ライト・サイクロン空冷複列星型18気筒、1200馬力エンジンを二基搭載する、DC-3は、世界で初めて、商業用旅客機として成功を収めた機体といっても過言ではないでしょう。
DC-3は、製造から70年以上経った21世紀に入っても、未だに空を飛んでいるだなんて、信じられない頑丈さと信頼性です。機体の構造が単純だし、速度が遅い分、金属疲労とかにも強いのかも知れませんね。
もっとも、エンジンは、ターボプロップに換装したりしてはいるのですが。
このDC-3は、DSTという特別仕様の中で、さらに日本の皇室向けに特別にあつらえた仕様になってるのです。
お値段は、日本円にして約30万円也! つまり、零戦が6機も作れちゃうお値段ということになります。高いのか? 高いのかも知れないし、妥当なのかもしれない。微妙ですね……
それで、DSTとは、飛行機の中にベットがあって、横になって寝ることができるのです。前世ではエコノミーしか乗ったことがなかったので、興奮しまくりの私です!
こんな双発の中型飛行機を10年程度の間に、1万機以上も大量に生産する国とは、アホらしくて戦争なんかやってられませんよね?
B-17なんて、1万2千機以上も生産しているのですから、もうね、バカかとアホかと…… B-29も4千機近く生産していますし、それ以外にも、B-24やら、B-25やら、A-20やら、うじゃうじゃと大量に生産しているのです。
それに加えて、戦闘機を生産した数の方が遥かに多いのですから、これが、アメリカという国の底力というヤツなのでしょう。
こんな非常識な国と戦争をしようだなんて思った、史実の日本人は、なにを考えていたのでしょうか? 理解不能に陥りそうになってしまいます。
でも、日本も頑張ったんだよ? 第二次世界大戦中の航空機の生産数は、アメリカを筆頭に、ドイツやソ連、イギリスについで、第五位の実力は日本にも確実にあったのですから。
高高度性能や、速度に目を瞑れば、そこそこ飛べてアメリカ相手にも、それなりに戦える戦闘機も作れたのですしね! 明治維新から70数年という時間で、よくぞここまでといいますか、多少なりとも欧米に対抗できたと思わなくもない。
ちなみに、ドイツとソ連の生産数は、どっちが多いのか知らん。でも、イギリスが二位ということはないと思います。ついでに、アメリカが断トツで一位なのは、データを見なくても、子供でも分かる自明の理ですよね。
「ここが、日本ね……」
「想像していたよりは発展しているんだな」
「オットー、それは日本に対して失礼ですよ」
「へーい」
マイトナーさんが甥であるオットー・フリッシュさんを説得してくれて、一緒に日本へと連れてくることができました。
無事に済んで、何事も起きなくて良かったと思います。
オットーさんは、ノリが軽い感じがしますね。それで、研究者として大丈夫なのかな? 研究者って、もっと寡黙なイメージがあるのですが? 少し心配になりますね。
でもまあ、史実では、原子爆弾開発のキーを握っていたのが、オットー・フリッシュだったのですから、優秀なはずですので、きっと大丈夫なのでしょう。
「マイトナー博士とフリッシュ博士には、理化学研究所で研究して頂きますけど、本格的な実験は青森県の六ヶ所村という所で行う予定です」
「青森県?」
「はい。東京から直線距離で北に約600km離れた、本州で一番北にある県です」
「つまり、田舎ってことね」
いぐざくとりー。その通りでございます。
「田舎か…… 何もなさそうだな」
「オットー!」
「へーい。でも、ウランには危険が伴うから、実験を田舎でするのは正解だな」
あんた、ロスアラモスで、あわや臨界事故やらかすところだったじゃないですかー。
「でも、実際に田舎だと、東京との行き来は不便そうですね」
「そうですね。鉄道でならば、丸一日は掛かりますけど、そこは心配には及びません」
鉄道だと、東北本線の野辺地まで、20km以上は離れていますので、不便ですしね。大湊線の最寄りの駅だと、周辺に何もない辺鄙な駅でしょう。
そんな、ド田舎の駅に、優秀な科学者を、しかも、客人扱いの外国人を下車させ、路頭にでも迷わせて凍死でもされたら、国家的な損失であります! 国家の恥とも言います! スカウトしてきた私の面目も丸潰れになるよ……
命の値段とは、けして平等などではないのですから。
「?」
「六ヶ所村に建てる実験施設に隣接して、飛行場も建設する予定で、既に土地の収用は済ませてます」
三沢でも良いかな? とかも思ったのですけど、三沢飛行場自体が、まだ開設されてなかったので、実験施設のついでに六ヶ所村に、飛行場も作ってしまえということと相成りました。
それに、三沢飛行場があったとしても、飛行場まで30km近く離れていて、飛行機に乗るまで一時間は掛かりますもんね。
「随分と大掛かりな施設になりそうね」
「それなりに大きな施設は必要になるかと」
「つまり、本格的ってことね」
「飛行機だと東京と青森の間は、二時間から二時間半程ですので、施設が完成しても頻繁に東京へも行き来できるでしょう」
「でも、飛行機のチケット代は高いのでしょ?」
ちっちっちっ、優秀な研究者に、飛行機代を自腹で払わせるだなんて、そんなケチなことはしませんってば。ドイツ時代のマイトナーさんの不遇ぶりが伝わってきて、涙が出そうです。
「マイトナー博士たちに不便がないようにと、この乗ってきた、DC-3を専用機として、いつでも使えるように手配してあります」
「そいつは豪気な話だ!」
「それは、ありがたいわね」
オットーさん、食いつきがいいですね。そんなにも、飛行機が気に入りましたか?
日本に来て、良かったと思ってもらえるようにした結果の一部が、専用機の使用許可というわけです。インセンティブは必要ですしね。
「六ヶ所村は、まだ造成工事が始まったばかりですから、要望があれば、色々と便宜を図らせて頂きますので」
「俺は各種文献や論文が漁れれば、多少の不便は構わないよ」
「理化学研究所のみならず、東京帝国大学やその他の帝国大学にある蔵書は、フリーパスで読めるように手配しておきます」
「それはありがたいけど、俺は日本語を読めないぞ?」
「英語やドイツ語の論文も沢山ありますよ。それに、日本語の論文は言ってもらえれば翻訳させます」
「そいつは助かる」
でも、あなた達ほどの知能があれば、日本語も僅か一年程度で、マスターしちゃうような気がするのですけど? 頭の良さと言語習得は、ほぼ比例しているはずですしね。
「細かな要望は、あの彼に言えばいいのかしら?」
「はい。引き続き、彼を通訳兼雑用係に付けておきますので、なにかあれば、彼に言ってください」
「了解したわ」
まあ、あの彼は、護衛兼監視兼通訳兼小間使いなのですがね!




