表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/92

15話 海軍省人事局長ですが子供の落書きが……


 東京 赤レンガ 海軍省人事局



「求ム、大空の戦士! か……」


「良いフレーズですね」


「まあ、そうだろうな」



 大空の戦士。この言葉は勇ましい響きがするし、これは良いのだ。


 だがしかし、



「この絵は、どうにかならんかったのか?」



挿絵(By みてみん)



「可愛らしい絵ですね」


「だがこれでは、まるで子供が描いた絵ではないか」



 首もずれてるように見えて、どうにも尻の据わりが悪く感じてしまう。



「事実、子供が描いた絵なのでしょう」


「なんとかならんかったのか?」



 航空の航の字を船と間違って書いたからといって、×を上書きしたのを、普通そのまま使うか?

 普通は使わないわな。これでは、幼稚舎のお絵かきと一緒ではないか……



「航本の教育部が決めたことですから」


「人事局の頭ごなしに勝手にやられては堪らんぞ」


「航空練習生の徴募は航本教育部の管轄ですので」


「だがしかしなぁ……」



 お伺いを立てるとか一声掛けるとか、そういった根回しが色々とあるだろうに。



「これは噂ですけど、この絵を描いたのはどうやら藤宮様らしいのです」


「なに? 藤宮様だと?」


「あくまでも噂の域ですがね」



 なんとまあ…… 藤宮様が色々と活動しているとは聞いてはいたが、まさか、このポスターまで作成していたとは驚きだ。



「ふーむ…… 藤宮様がお描きになられたのであれば、これはこれで趣がある絵に見えてくるな」


「局長、手のひら返しですよ……」


「なに、気にするな」



 我々軍人も、国家から禄を頂いてる役人にすぎんのだから、皇族の方々に不敬を働くわけにはいかんのだよ。



「皇族をヨイショすることも必要と?」


「まあそういうことだ」


「はぁ……」



 ため息を吐くな、ため息を! 幸せが逃げるぞ。



「しかし、これはなんだ?」


「なにがですか?」


「ほれ、ここを見てみろ。これは、海軍と陸軍が合同で募集しているのか?」


「帝国陸海軍航空本部航空練習生徴募課と書いてありますね……」



 これは統帥権の乱用ではないのか?



「航本は外局だからといって、好き勝手に陸助と仲良く連んでいるみたいだな」


「松井大臣と永田次官に交代してからは、陸さんも雰囲気が変わりましたので」


「そうだな。皇道派を陸軍の中枢から排除しただけで、こうも変わるとはなぁ」


「意外でしたか?」


「うむ」



 意外も意外。天地がひっくり返っても、陸軍が穏健になるなどありえんと思っておったわ。



「陸軍は航空機のスロットルレバーも、海軍式に改める動きがあるようです」


「ほう? 陸軍が譲歩したと?」


「航空機の操縦方法の一本化を図りたいのかも知れません」



 そういえば、流れはしたが、一部では空軍を創設するという動きもあったな。

 その動きの残滓として、陸海軍合同での航空練習生の募集ということなのかも知れんな。


 それで、練習の効率化を図れるのであれば、お互いにメリットがあるということか。



「ついでに、洋上航法も教えてやれ」


「日本は島国ですしね。単独でも沖縄や台湾、南洋諸島に飛んで行けなければ話になりません」



 いや? さすがに内南洋までは無理だろ?



「今年の予科練習生の入学者は何人だった?」


「204人のはずです」


「少ないな……」


「少ないでしょうか?」



 戦争というのは、自分が撃つだけではなくて、敵も撃ってくるのだ。当然だが、味方の兵も死ぬ。今のままの航空練習生の入学者数だと、戦死するペースに補充が追い付かなくなる可能性が高い。

 飛行機乗りというのは、特殊な専門職なのだ。徴兵して簡単な軍事訓練を施しただけで、銃を撃てるようになる歩兵とは訳が違うのだ。


 これは、軍艦や商船にも当て嵌まることだな。うーむ…… 予備士官の数も必要か。高等教育を受けた人間を臨時の将校にする、短期の士官制度でも作ってみるか?

 これは、検討してみるか価値がありそうだな。



「来期の入学枠は、倍、いや、3倍に増やしてみるべきだ」


「予算との兼ね合いもありますけど、増員の方向で検討してみましょう」


「陸軍には負けておれんからな」



 陸軍だけに優秀な人材を取られるわけにはいかんのだ。技術者集団である海軍にこそ、優秀な人材は必要なのだからな。



「しかし今現在は一応ですが、まだ平時です。そんな潤沢に予算が付きますかね?」


「戦時になってから、慌ててパイロットの養成を始めたのでは遅いのだよ」



 パイロットが一人前になるのに、早くても二年から三年は掛かる。それでは、戦争が終わっているやも知れん。それか、帝国の敗戦が間近で危機的な状況かだな。



「ですが、予算が付かないことには、動きようがありません」


「予算予算予算! どいつもこいつも目の色を変えて予算の奪い合いか!」


「お役所は予算がなければ動けませんから」


「はぁ~、わかってはいるが世知辛いのぉ」



 頭では分かっていて理解もしているのだが、感情の面は如何ともし難い。

 まったく、ため息しか出てこないわい。


 はぁ~……









 東京 秩父宮邸



「藤宮様、頭を抱え込んでいかがなされました?」


「んー、ちょっとね……」



 まさか、遊び半分で描いた絵が、パイロット募集のポスターに採用されていたとは!


 いやね?


 言い訳をするならば、私は航空本部に押し売りも応募もしてないのですよ。

 ただ、書き散らして、そこら辺にほっぽり出しておいたはずなのに、いつの間にか無くなってたんですよね。


 おかしいなぁ~? とは思いつつも、すっかり忘れていた頃になって、世間に公表されて思い出すとは!



「ねぇ、夏子さんや。私が落書きした飛行機とパイロットの絵を知らないかな?」


「……」



 あ、目を逸らしやがった。犯人はコイツか!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ