15話 海軍省人事局長ですが子供の落書きが……
東京 赤レンガ 海軍省人事局
「求ム、大空の戦士! か……」
「良いフレーズですね」
「まあ、そうだろうな」
大空の戦士。この言葉は勇ましい響きがするし、これは良いのだ。
だがしかし、
「この絵は、どうにかならんかったのか?」
「可愛らしい絵ですね」
「だがこれでは、まるで子供が描いた絵ではないか」
首もずれてるように見えて、どうにも尻の据わりが悪く感じてしまう。
「事実、子供が描いた絵なのでしょう」
「なんとかならんかったのか?」
航空の航の字を船と間違って書いたからといって、×を上書きしたのを、普通そのまま使うか?
普通は使わないわな。これでは、幼稚舎のお絵かきと一緒ではないか……
「航本の教育部が決めたことですから」
「人事局の頭ごなしに勝手にやられては堪らんぞ」
「航空練習生の徴募は航本教育部の管轄ですので」
「だがしかしなぁ……」
お伺いを立てるとか一声掛けるとか、そういった根回しが色々とあるだろうに。
「これは噂ですけど、この絵を描いたのはどうやら藤宮様らしいのです」
「なに? 藤宮様だと?」
「あくまでも噂の域ですがね」
なんとまあ…… 藤宮様が色々と活動しているとは聞いてはいたが、まさか、このポスターまで作成していたとは驚きだ。
「ふーむ…… 藤宮様がお描きになられたのであれば、これはこれで趣がある絵に見えてくるな」
「局長、手のひら返しですよ……」
「なに、気にするな」
我々軍人も、国家から禄を頂いてる役人にすぎんのだから、皇族の方々に不敬を働くわけにはいかんのだよ。
「皇族をヨイショすることも必要と?」
「まあそういうことだ」
「はぁ……」
ため息を吐くな、ため息を! 幸せが逃げるぞ。
「しかし、これはなんだ?」
「なにがですか?」
「ほれ、ここを見てみろ。これは、海軍と陸軍が合同で募集しているのか?」
「帝国陸海軍航空本部航空練習生徴募課と書いてありますね……」
これは統帥権の乱用ではないのか?
「航本は外局だからといって、好き勝手に陸助と仲良く連んでいるみたいだな」
「松井大臣と永田次官に交代してからは、陸さんも雰囲気が変わりましたので」
「そうだな。皇道派を陸軍の中枢から排除しただけで、こうも変わるとはなぁ」
「意外でしたか?」
「うむ」
意外も意外。天地がひっくり返っても、陸軍が穏健になるなどありえんと思っておったわ。
「陸軍は航空機のスロットルレバーも、海軍式に改める動きがあるようです」
「ほう? 陸軍が譲歩したと?」
「航空機の操縦方法の一本化を図りたいのかも知れません」
そういえば、流れはしたが、一部では空軍を創設するという動きもあったな。
その動きの残滓として、陸海軍合同での航空練習生の募集ということなのかも知れんな。
それで、練習の効率化を図れるのであれば、お互いにメリットがあるということか。
「ついでに、洋上航法も教えてやれ」
「日本は島国ですしね。単独でも沖縄や台湾、南洋諸島に飛んで行けなければ話になりません」
いや? さすがに内南洋までは無理だろ?
「今年の予科練習生の入学者は何人だった?」
「204人のはずです」
「少ないな……」
「少ないでしょうか?」
戦争というのは、自分が撃つだけではなくて、敵も撃ってくるのだ。当然だが、味方の兵も死ぬ。今のままの航空練習生の入学者数だと、戦死するペースに補充が追い付かなくなる可能性が高い。
飛行機乗りというのは、特殊な専門職なのだ。徴兵して簡単な軍事訓練を施しただけで、銃を撃てるようになる歩兵とは訳が違うのだ。
これは、軍艦や商船にも当て嵌まることだな。うーむ…… 予備士官の数も必要か。高等教育を受けた人間を臨時の将校にする、短期の士官制度でも作ってみるか?
これは、検討してみるか価値がありそうだな。
「来期の入学枠は、倍、いや、3倍に増やしてみるべきだ」
「予算との兼ね合いもありますけど、増員の方向で検討してみましょう」
「陸軍には負けておれんからな」
陸軍だけに優秀な人材を取られるわけにはいかんのだ。技術者集団である海軍にこそ、優秀な人材は必要なのだからな。
「しかし今現在は一応ですが、まだ平時です。そんな潤沢に予算が付きますかね?」
「戦時になってから、慌ててパイロットの養成を始めたのでは遅いのだよ」
パイロットが一人前になるのに、早くても二年から三年は掛かる。それでは、戦争が終わっているやも知れん。それか、帝国の敗戦が間近で危機的な状況かだな。
「ですが、予算が付かないことには、動きようがありません」
「予算予算予算! どいつもこいつも目の色を変えて予算の奪い合いか!」
「お役所は予算がなければ動けませんから」
「はぁ~、わかってはいるが世知辛いのぉ」
頭では分かっていて理解もしているのだが、感情の面は如何ともし難い。
まったく、ため息しか出てこないわい。
はぁ~……
東京 秩父宮邸
「藤宮様、頭を抱え込んでいかがなされました?」
「んー、ちょっとね……」
まさか、遊び半分で描いた絵が、パイロット募集のポスターに採用されていたとは!
いやね?
言い訳をするならば、私は航空本部に押し売りも応募もしてないのですよ。
ただ、書き散らして、そこら辺にほっぽり出しておいたはずなのに、いつの間にか無くなってたんですよね。
おかしいなぁ~? とは思いつつも、すっかり忘れていた頃になって、世間に公表されて思い出すとは!
「ねぇ、夏子さんや。私が落書きした飛行機とパイロットの絵を知らないかな?」
「……」
あ、目を逸らしやがった。犯人はコイツか!