14話 艦政本部長ですが、また幼女のお絵かきを検分しています
東京 赤レンガ 艦政本部
「ふむ? ブロック工法とな?」
「また藤宮様のお絵かきですか?」
クレヨンで描いてあるから、まさしくお絵かきだな。
描いてある中身は、ちっとも子供らしくないのは多少問題のような気もするが、それを指摘するほど私は野暮ではない。
ただでさえ、私の立場は微妙なのだから、わざわざ可愛らしい宮様の不興を自ら進んで買いたいとは思わんよ。
「うむ。良く見るがよい」
「ほうほうほう、これは……」
「藤宮様は量産性に主眼を置いておられるようだ」
「工数削減による量産性ですね。仮に戦時にもなれば、量産性は特に重要になるかと」
「戦争にでもなれば、軍艦は沈められる運命にあるからな」
「商船も沈められますよ」
「そうだったな。だからこそ、量産性か」
資源の大部分を外地に頼る日本の経済は、次々に商船が沈められてしまえば干上がりかねん。
「戦時に船を量産するには工数の削減は必須」
「うむ。そして工数削減は、工期の短縮にも繋がる」
「必然的に一隻あたりの単価も下がるので、掛かる費用、つまり、お金減るですね」
「量産性には持って来いというわけか。もっとも、お金減るは日本語として変だかな」
しかし、艦船の単価が下がるのは魅力的だな。その分、浮いた予算で追加の船の建造も可能になるな。
それに、建造する日数が短縮されるということは、就役する船の数も増えるということだ。
そう考えると量産性というのは、良いことずくめの気がしてきたぞ。
敢えて欠点を上げるとしたら、質の平均化、平凡化ということか?
しかしそれも、数を揃えなければならない、商船や駆逐艦に海防艦などでは些細な点だな。
「子供の語彙では出てこなかったのでしょう」
「微笑ましいではないか」
「この絵の中身は大人顔負けですがね」
「それは言えてるな……」
この前の電波探知機といい、まるで、藤宮様の中身がちゃんとした高等教育を受けた大人みたいに思えてくるわ。
「しかしこれだと、肝心の竜骨はどうなるのだ?」
江戸時代の和船じゃないのだから、今どきは漁船でも竜骨があるぞ。
「縁日の輪投げの要領ですよ。」
「輪投げ?」
「はい。最初に竜骨を置いて、そこに船体の輪切りされたブロックを嵌めていくのです」
なるほど。そういうことならば納得がいくな。
「それか、竜骨自体もブロック化させるかですね」
「それだと、強度が弱くならないか?」
「竜骨をブロックから1/3や半分とかずらせば良いのですよ」
「ふーむ……」
凸と凹の要領で嵌め込むみたいな感じか。まるで、ブロックだな。
ああ、だから、ブロック工法というわけか。納得した。
「既存の竜骨もそれ自体が、完全なる一本の鋼鉄から出来ているわけではありませんしね」
「100メートルや150メートルもの長さは、完全な一本物では作れんからなぁ」
「日本古来からある宮大工伝統の継手は優秀ですよ」
「木でも鉄でも要領は同じということか」
「リベット自体、栓みたいなものですしね」
「リベットか…… リベットではなくて、電気溶接を多用できれば、船体の重量を減らせるメリットはあるが……」
「昨年に起きた、第四艦隊事件ですね」
「うむ」
あの事故は痛ましかったな……
「あれは、演習を強行した軍令部にも問題がありますよ」
「悪天候時の艦隊行動の訓練になると思ったんだろ。実際に教訓も得られているしな」
「実戦で作戦行動をする海域が、好天ばかりとは限りませんからな」
「うむ」
第四艦隊事件は、けして無駄な犠牲だったわけではないのだ。
また、そう思わねば、初雪の艦首部分に取り残された将兵をそのままにして、撃沈させたことが無駄になってしまう。
もっとも、教訓を活かせるかは人次第だがな。
「昨年の事故では、溶接箇所の破断だけではなくて、リベットも緩んだり跳んだりしていましたし」
「リベットでも電気溶接にしても、強度の限界を越えれば破断するのは自明の理か」
「物理の法則は崩せません」
「そういうことだな。しかし、電気溶接の使用を止めるのはもったいない」
溶接で船体をつなぎ合わせられたら、リベットを使用するよりも重量も工数も減らせる。
「それでしたら、溶接技術の向上がてらに、あまり船体の強度と係わりのない上部構造物とかから、溶接を再開してみるというのはどうでしょうか?」
「ふーむ……」
「工員の質を上げる必要もありますので、やるべきかと愚考します」
溶接技術の未熟さも工員の質が向上すれば、自ずと時間が解決してくれる問題ということか。
「まずは、小型の水雷艇や海防艦からだな」
「ついでに、このブロック工法も一緒に試してみましょう」
「うむ。横須賀や呉の工廠でも良いが、民間の小型造船所の方が潰しが効きそうだな」
「わかりました。浦賀船渠に話を持って行ってみましょう」
「浦賀はマル2計画での白露型駆逐艦の建造で塞がってないか?」
「そういえばそうでしたね。では、浅野の鶴見に声を掛けてみます」
「頼んだよ」
ふぅ~、どうやら、藤宮様のお絵かきが実現できそうだな。
「しかしながら、藤宮様がここまで理解しているとは末恐ろしいですな」
「藤宮様は聡明であらせられるが、未だ御年6歳の子供だ」
「小官が6歳の頃は、洟を垂らして棒切れを振り回して遊んでましたよ」
「恐らくは海軍の中の誰かが、藤宮様に入れ知恵をしているのであろう」
皇族繋がりで、伏見軍令部総長宮か?
いや、失礼ながら元帥宮は良くも悪くも明治の人間だ。あの方では、こんな先進的な考え方は出てこないであろう。
だとすれば、若手か中堅クラスの人間の発想と考える方が妥当だな。
「利益誘導や己の出世のために、人気のある藤宮様を利用していると?」
「それはあるかも知れんな」
「君側の奸に近いのでは?」
「たとえ、個人の利益誘導があったとしても、指し示す方向性は正しい」
「それは確かに……」
「それが最終的に海軍の利益にもなるのであれば、一概に君側の奸とまでは言えんよ」
「木を見て森を見ずになっては本末転倒でしたか」
「そういうことだな」