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11話 イーデンですが最後の方がよく聞き取れなかったのですが


「欧州大陸での二度目の大戦か……」


「おそらく貴国にとって一番ダメージが少ないのは、大陸不干渉でしょう」


「そ、それは!?」



 そのオプションを取れるのであれば、どんなに楽ができるのやら。

 しかし、そのオプションを選べば、たとえカナダやオーストラリア、インド等の自治国や植民地があったとしても、我が国は栄光ある大英帝国から、ただの英国に滑り落ちてしまうわい。


 欧州大陸に干渉してこその、プレゼンスなのだ。



「まあ、もっとも、それは土台無理な注文だとは思いますがね」


「ええ、残念ながら、その選択肢は選べないのですよ」



 分かっていて言いやがったのだから、この日本人は性質が悪いことこの上ない。



「でしょうな。貴国の国是は勢力均衡が大原則でしたかな?」


「しかり。我が国は欧州大陸での、ドイツまたはフランスによる一強体制は望んではおりません」



 だが、我が国にとって一番ダメージが少ないのが、大陸不干渉とは、それは一体どういう意味なのだ?

 プレゼンスを放棄してまで、得られるメリットがあるとでもいうのか? いや、ない。



「で、あるならば…… ベターを選ばざるを得ないでしょうな」


「ベターですか?」



 それは、日本にとってのベターなのか? それとも、我が国にとってのベターなのか?

 いや、我が国にとっては、欧州大陸に干渉するのはベストな選択のはずだ。



「我が国は、欧州で万が一の事情が発生した場合には、貴国に協力する用意があります」


「それは、我が国の陣営での参戦と、そう受け取ってもよろしいのですかな?」



 その見返りは、東南アジアやオーストラリアの市場開放といったところか?

 つまり日本は、我が大英帝国のスターリング圏に入りたいということなのかも知れんな。



「貴国の陣営での参戦が良いのか、それとも好意的な中立のまま軍需物資の貿易を続けた方が良いのかは微妙ですがね」


「ふーむ、それはドイツのUボートを念頭に置いているのですな?」


「ええ、中立国の方が貴国にとっても、なにかと都合が良い場合もあり得るかと」



 都合が良いか…… 確かに日本が中立のままならば、日本船籍の船は襲撃されずにブリテン島の港に入れる可能性は高い。

 もっとも、ドイツが無制限潜水艦作戦を実施したら、該当する海域を通行すれば中立国の船舶でも襲われるだろうがな。


 ふむ……



「しかし、近年における貴国の外交を見ると、貴国はドイツに接近しているのではありませんかな?」



 そう、我が国にとっての危惧はそこなのだ。我が国がドイツと戦争になった時に、日本がドイツ側で参戦でもすれば、東南アジアの植民地が危機に晒されるのだ。

 先の大戦では、ドイツのアジアにおける植民地は日本によって占領されたのだからな。もし日本が敵に回れば、それを今度は逆にされるということか。それは非常に不味い事態になるな。


 もっとも、吉田外相の話しぶりからすれば、その心配は限りなく杞憂みたいだがな。

 どちらにしても、アジアで鍵を握るのは日本ということか。



「一部で、そういう動きがあったことは否定しません」


「ここ最近、貴国とドイツとの貿易も増えているように見受けられますが?」


「ドイツの工作機械は優秀です。お恥ずかしながら我が国の工作機械の水準は、欧米先進国に比べて10年以上遅れております」


「確かにドイツの工作機械は優秀ですな」



 忌々しいことに、その事実は認めなくてはならん。忌々しいがな。

 産業革命を起こしたのは我が国なのに、いつの間にやらドイツに追い越されてる分野が多々あるではないか。



「それにドイツの機械の方が少し割安だからでしょう」


「最近は、スターリング・ポンドも安くなっているので、我が国の工作機械もいかがですかな?」



 もう一度、我が国と友好関係を結びたいというのであれば、我が国からも買ってもらわねばな。

 口先だけでの友好は誰にでも言えるのだ。実利を伴った中身が欲しいのだよ。



「ロールスロイスのエンジンは優秀だと聞いております」


「ふむ。それは光栄ですな」


「エンジンのライセンス生産を認めて頂けたら、生産設備や治具等での工作機械の輸入も増えましょう」


「ふーむ……」



 エンジンのライセンス生産を認めろだと? これは私の一存では決めかねるぞ。



「日本では、貴国のインチやヤードとポンドの単位よりも、センチメートル、キログラムの単位の方が主流を占めておりまして」


「ドイツとフランスと同じ単位ということでしたか」


「需要の問題で、貴国の工作機械を使用するには、貴国の設計した物を作るのが手っ取り早いかと」


「なるほど……」



 工作機械を買わせたいのなら、ライセンス生産させろとはな。これでは、どちらの力関係が上なのか分からんではないか。

 しかし、物を売らねば経済が活性化しないのも、また事実だしな。



「それに、貴国向けに軍需物資を生産するのであれば、貴国の規格に合わせる必要があります」


「それは、数年のうちに起こるであろう、再度の欧州大戦を見越してということで?」


「先の大戦でも、我が国はアメリカについで、貴国の陣営へ物資を供給する生産工場になった実績があります」



 確かに、ドイツとの戦争になれば、我が国やイギリス連邦諸国だけで、全ての軍需物資を生産して賄うことは不可能だ。

 それは、吉田外相が言っているように、先の大戦で実証済みなのだから。


 それに、Uボートによってボコスコと商船が沈められて、商船が不足するのは目に見えている。実際に先の大戦では、そうなったのだからな。

 その商船不足を解決するには、日本の造船技術と造船能力は魅力的で捨てがたい。


 我が国の規格品を作るためには、我が国の工作機械が必要か。それで、多少は回収できるのが、まだ救いだな。

 アメリカだと工作機械も自前で、それすらも出来ないからな。


 植民地人に頭を下げるぐらいなら、日本に発注した方が良いとすら思えてくる。

 価格面でいっても、日本からの方が安く仕入れられるであろうしな。



「……検討の余地はありそうですな」


「Si vis pacem, para bellum」


「ラテン語ですか? 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。ですか……」



 ラテン語をも解せるとはな。昔の欧州の王侯貴族では必須ではあったが、半分廃れかかっているラテン語を日本人が話せるとは驚きだ。



「是非とも、ご検討下さい」


「いやはや、吉田外相は商売がお上手ですな」



 日本の外相と会談していたと思ったら、商人と会談させられていたとは……



「貿易と経済もそうですが、イギリスだけにベット、ドイツだけにベットとは行かないものです。外交とは本来そういうものではありませんか?」


「失礼、それは確かにおっしゃる通りでしたな」



 うーむ、やはり、この人間は手強い。タフなネゴシエーターとでも表現するのが適当だろう。



「しかし、ドイツは伝統的に支那との仲がよろしい」


「貴国はドイツと支那大陸で利害がぶつかっていると?」


「そういうことですな」



 先の大戦で負けて、植民地を全て奪われてからは、ドイツの支那への傾注は深くなっている。

 支那への傾注が深まれば深まるほど、支那を巡って日本とドイツが対立するのも当然のことか。



「なるほど。だから貴国は、我が大英帝国に対してレイズしてきたということですか」


「もっとも、貴国にコールして頂いても、負けるのは貴国でも我が大日本帝国でもなく、ドイツの予定なのですがね」


「なるほど……」



 これは、とんだイカサマだ。ポーカーにすらなってない。



「我が国は大陸に深入りするのを自重する方向へと、舵を切り直したいのです」


「その兆候は、我が国の駐日大使館からも似たような報告は届いております」


「軍部の跳ねっ返りを粛清してましたからなぁ」


「それで、貴国は我が国に対して、何を望むのですかな?」



 恐らくは、蒋介石との仲介とかそんなところであろうな。


 支那への深入りは百害あって一利なしだ。そのことは、アヘン戦争とアロー戦争で我が国は理解したが、日本もようやく理解したということか。

 支那に対しては、アヘンをばら撒いて無気力に堕落させ、混乱しているぐらいがちょうど良いのだ。



「失礼な言い方で気を悪くなさるかも知れませんので、最初に断っておきます」


「ほう? 拝聴しましょう」



 おや? 蒋介石との仲介ではないのか?


 ということは、ここまでは話の前振りで、ここからが本題ということか。

 いったい何を言い出すつもりなんだ?


 嫌な予感がするのだが……


 しかし、たとえ慌てるような状態に陥ったとしても、英国紳士は優雅に振るわねばならん。

 それが、紳士の嗜みというものだからな。









「我が国が貴国に望むのは、大英帝国の延命です」


「……は?」



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