もう1人の貴方 5
メレディスに言われたとおりビーカーは既に沸騰していて、火を止めた今もお湯はぼこぼこと音を立てていてその温度の高さを物語っている。
「火傷は?」
「してないよ。」
あたりは若干お湯が飛び散っている。この惨状を目にして、私の口から熱いという言葉が出ていないけど心配してそう尋ねてくれた。
「ごめんごめん。心配してくれてありがとうね。」
「まあ……。何でもないなら良いけど……。」
本来ならお湯が沸く間に用意するはずだったのにうっかり忘れていたティーポットと茶葉を取り出して、茶葉をポットに入れてからミトンをしっかり嵌めた手でビーカーの中の熱々のお湯を慎重に注ぐ。すると茶葉の良い香りがまず鼻腔に届き、周辺にふんわりと広がっていくのが分かった。
「ねえメレディス、ごめんついでにマグカップと砂糖出してよ。」
「了解。」
言われて素直に用意する彼を見た後、手早くビーカーを洗って飛び散ったお湯を拭き上げ、良い香りの発信源のティーポットを持ってテーブルに行く。
ソファに座っていたメレディスは昨日私が食べるように買ってもらったフルーツを小型のナイフを器用に扱って皮むきしていた。そして綺麗に剥かれた果肉を程よい大きさにカットして、あらかじめ用意していたらしいお皿に盛りつけた。ちゃんとフォークも用意されている。
「皮むき上手だね。」
「ナイフの扱いは得意なんでね。」
にやりと笑ったメレディス。その風貌と相まって単純に料理上手という意味ではなく別の意味に聞こえてしまった。
これは私じゃない別の誰かがこの状況になったとしてもそうなると思う。
「メレディスが言うと冗談に聞こえないし、ヤバい奴にしか思えないよ。」
「冗談じゃなくてちゃんと上手く使えるんだよ。てかヤバい奴言うな。」
笑いながら謝ると足の先を軽く蹴られた。といっても小突かれた程度に。
そろそろ良い頃合いかなと思いマグカップにお茶を注ぐ。よく煮詰められた飴のような色合いが白いカップに映えている。
「はいどうぞ。」
メレディスの前に湯気がゆらゆらと揺れているお茶を置いた。
当然ながら私はストレートで飲む気がないので砂糖を入れてぐるぐるとかき混ぜてから火傷しないよう気をつけてひとくち飲んだ。やはり良い香りだし渋みがない。バリエンダール先生は良い茶葉を使っているのだろう。
「そうだ。切ってくれた果物食べて良い?」
「おー。食え食え。」
「んじゃ遠慮なく。」
ぶすりとフォークをさして頬張ると、この果物特有の甘みが少なく酸味が強い味わいが口に広がる。日を置いてもパサつくわけでもなくしっかりとした食感と果汁があって良い。
「なんかメレディスってさ、こういうの皮剥かないで四つ切りぐらいにして用意しそうなイメージだったんだけど、意外とちゃんとしてるんだね。」
「どんなイメージだよ。」
常備されてるドライフルーツや昨日買ったクッキーでもなく、敢えて生の皮付き果物を選択してカットして出してくれるというその行為が凄いなと思った。
ちなみに私は朝食に皮を剥かずにそのまま食べていた。
この果物は痩せた土地でも育つ特性を持っていて私の故郷でもよく育てて食べていた。
ただし痩せた土地というのも限度はあるようで、こんなに大きい実にはならず小さかった。そのため切り分けるということはせずに丸齧りしていたのだ。
その癖は今でも残っているので、丸齧り派の私としては皮を剥いてカットするなんて凄いなとなるのである。
「うちにこの樹が生えてたんだ。」
飲めなくはない温度になった紅茶を啜りながら彼の話を聞いた。
「姉貴がこの果物が好きで庭でねだられてさ、ご要望にお応えして実をもいでちゃんと皮剥いて切ってやってたんだよ。年がら年中実をつけてるからほとんど毎日ねだられてたおかげで木登りとナイフの扱いは小さい頃から上手かったよ。服汚してそこそこの高さの樹に登ったり、ナイフ使ったり、果てには果物を切ったりだなんて普通はしないんだろうけど、うちはそういうの気にしない家だったからめきめき上達したんだろうな。」
しみじみとそう言った。
ご家庭の方針はあるだろうけど、そういうことを禁ずる家なんてなかなか裕福なご家庭だと思う。
まず労働階級ではありえないからマクナイト先生は良いとこのご子息なのだと判明した。
そういえば前にビルのお姉さんの話をした時にマクナイト先生もお姉さんがいると言っていた。今の話を聞く限り姉弟仲が良好ということだ。素敵。
というか、この果物って年がら年中実をつけてるなんて初めて知った。
故郷ではまず寒くなった頃に実が小さいまま成長が止まったり色づかなくなったりして、冬に入って雪が降り始めたら実も花もぼとぼと落ちて食べることができなくなってしまうから早めに実をとって乾燥させて保存食としていた。こっちに来て通年店で買えるのはここら辺が豊作で貯蔵しているものを出しているのかと思っていたらそうではなくて、そもそも樹になっているからそれを売っているというわけだ。
今更だけどあの故郷とここは別世界のようだ。
「お前は果物好き?」
「好きだよ。そのままでも食べれるし、干せば日持ちしてずっと食べることができるからね。」
「そりゃそうだな。そう考えると一年中食ってられる食いもんだよな。ドライフルーツ美味いよな。」
「初めて会った時もここで食べてたよね。」
その後はドライフルーツ談義で盛り上がった。お互いに柔らかいものよりもしわしわでしっかり固くなったものが美味しい。欲を言えば酸味も残っているものが望ましい。となるとこの果物のドライフルーツが1番。
要約するとそういうことをずっと話していた。
「そういやステラ。」
「ん?」
「茶葉入れっぱなしで渋くなってるんじゃねぇの?」
ポットを指さしてそう言うメレディスににやり、と笑って見せた。
「これで良いの。この後であっつあつのミルクをここに注ぐと美味しいミルクティーが出来んの。普通はすぐに茶葉を捨てちゃうんだろうけど、こうすれば最後の最後まで無駄なく美味しくいただけるって寸法よ。」
茶葉をちょこっと使って捨てちゃうだなんて勿体無いと思ったのがきっかけだった。多少香りは落ちるけど、この渋さとミルクの甘みが相性抜群で1人の時はこうやって楽しんでいる。
いやでもこれって貧乏人の知恵すぎるよな。
「その発想力すげぇな!頭の回転良すぎ。天才かよ!」
馬鹿にされるどころか褒められる。こう言ってもらえると嬉しいので素直にありがとうとお礼を言っておいた。
「飲んでみてぇけどもう腹がはち切れそうで無理なんだよな。明日淹れてよ。」
お茶を1杯と果物ひと切れ。来る前に何か飲み食いしたのかと聞くも、昼食を食べたきりで何も口に入れていないと言う。
少食が極まってる。ちなみに私は残りの果物もミルクティーも胃に納めてもまだ入ります。
「明日も来るの?」
「は?むしろ駄目なわけ?」
駄目なんてことはない。いかにバリエンダール先生に言われたとはいえ、連日来ることに対して驚いただけだ。
「駄目じゃないよ、明日も待ってるね。」
「おう。」
「すぐに用意できるように出涸らし準備して待ってる。」
「なんか嫌な表現だな。まあいいや。明日も魔法科学教えてやるから、お茶はその対価ってことで。」
「ありがとうございます先生。お待ちしてます先生。」
「先生じゃねぇし。んじゃご馳走様。」
そう言って準備室を出ていくメレディスに手を振った。
先生じゃないと言っていたけど、やっぱりメレディスはマクナイト先生だ。世話をすること、そして教えることがとても上手な人。
時代を遡ってしまうというよく分からない状況になっているのに、いつもどおりの私でいられるのは彼が私を見放すことなく面倒を見てくれているおかげだ。
「やっぱり先生だよ。」
メレディスが消えた扉に向かってぽつりと呟いた言葉は私以外誰も聞くことはなかった。




