年上の人 2
次の日、学校へ行っていつもどおり授業を受ける。
今日は実技はなく全部座学の日だった。なのでインクを使う回数が多いのだけど、インクを見るたびに昨日のリネハン先輩とのことが思い出されてむずむずした気持ちになる。
入学してそこそこ経つし、周りからの恋バナだって聞く。なんならカップルも出来上がっている。恋愛のあれやこれを見聞きするのは楽しかったわけだけど、自分がそっち側に回るなんてもっと先だと思っていた。
このインクのおかげで、いつもより魔法科学の書き取りが多くできた気がする。
あ、でも先輩からのインクだし、なくなるのもったいないし、使いすぎて使い切っちゃうのも何だかなぁと思う微妙な乙女心を誰かわかって。
「ステラ、なにぼやっとインク見てんだよ。」
そう言って訝しげに私を見るのは、同じクラスで一緒に図書委員になったことで仲良くなったビル・バイゴッド。ぱっと見図書委員ってタイプじゃない、インドア系じゃないんだよねアウトドア系なんだよ。
「見たいから見てるの。悪い?」
「いや悪くないけど、何でそんなインクを見つめてるんだって話。」
「そりゃあ……内緒。」
「ふーん?」
まだ何か言いたそうなビルに返事もせず、帰る準備をする。もちろん、インクは丁寧にしまう。
「あれか、昨日まで補習だったからついに脳みそいかれたのか?」
本気でそう思ってるアホな子にここぞとばかりにデコピンをかました私は悪くないはず。「いてー!」だの「指力マックスか?」だの言ってるビルを放置して私は教室を出た。なんだ、指力って。
今日も今日とてバイトなのだ。放課後に用事なく学校で過ごすことなどできない。時間は有限!
バイトに行く途中で、女子生徒数人のグループがリネハン先輩のことをかっこいいとかそんな感じで話してた。でも学年が違うし、学校で見れたらその日1日が幸運とも。
その気持ち分かる、とってもわかる。と心の中で深く何度もうなずき、バイト先へと急いだ。
ちなみに私は学校や寮とは真反対で、昨日リネハン先輩と会った大きな橋の向こう側にある小規模の飲食店で働いている。店内で食べるもよし、持ち帰りよしのお店だ。値段が手頃でボリュームがあるのでとても人気があり、私がバイトする夕方からがかき入れどきだ。
バイト先に到着して店主兼調理担当のお父さんとホール担当の娘さんに挨拶をして、バックヤードに入って着替える。
通常の学校はブレザーだのスカートだのシャツだのワンピースだの、その他装飾品などが指定の場合が多いが、魔法中等学校はこのロングコートのみが指定となっている。男子はシュッとしたデザインで、女子はワンピースのようなデザインで、結構人気が高い。これさえ着ていれば、「あの有名な魔法中等学校の生徒さん?」となるのだ。
まあ、そんな情報はさておき。
コートのみが指定なので、中は何を着ても良いのだ。そりゃあんまりにも品位に欠ける服……例えば極端に肌の露出が多いものとか怪我するようなものが付いてるものとかはダメだけど、それ以外なら基本的にオッケー。なので私はバイトで働きやすいかどうかを重視した服にしている。汚れても良い服とか、乾きやすい服とか、まあそんなかんじ。というかそもそも淑女と呼ばれるような服を持っていない。
なので本日もコートをばさっと脱いで、着用済みのバイト服になる。膝下丈のワンピースなので足さばきが良いし、深い夜空の色なのでシミがついてもそんなに気にならない。一応襟がついてるのできちんと感はある。こんな感じのワンピース3着がバイト日のスタメン。
そしてクリーム色のエプロンをつければバイト仕様のステラ・ソロウの完成だ。
さて、今日も今日とて働くぞ!
◇
……終わった。
まあね、夕食時間帯の飲食店は戦場ですよ。
今日も今日とてげっそりですよ。
私はお持ち帰り対応がメインで、手すきの時にホールで接客だったり中に入って食器洗ったりしてるんだけど、今日は持ち帰りの人が多かった。
もう無自覚で口角があがってる。繁忙時のバイトマジックだ。
クローズ作業をした後に店長に今日の分の給金とまかないをもらうんだけど、今日はチキンサンドをなんと2個ももらった。このチキンサンドって持ち帰りの人気部門第1位で今日はもう売り切れだと思ってたのに、嬉しいことに私のためにとっておいてくれたんだって。ありがたく頂戴して、身支度を整える。そして2人に挨拶をして帰路に就いた。
帰ったら寮で夕食なんだけど、1個ぐらいなら余裕で食べられる。それぐらいお腹が空いてる。
まだ時間はあるし食べちゃえ、と思って途中にあったベンチに座ってチキンサンドにかぶりつく。大きな1枚のチキンとフレッシュな葉物野菜、そしてふわっふわのパンのハーモニーが疲れた私を癒してくれる。ついでに腹も満たしてくれる。
夢中でむしゃむしゃと食べ、最後の1口を食べようと口を開けたところだった。
「あ、ソロウだ。」
この声は、と思った時には大きな口の中にサンドの破片が吸い込まれていった。
昨日に引き続きのリネハン先輩だった。
何でリネハン先輩と会う時って、女子としていかがな姿の時なのか。2分の2の確率でえらい姿なのですが。
それよりも、
「ソロウは今何食べてたの?」
聞き間違いじゃなかった。先輩はちゃんと私の苗字を覚えててくれて、さん付けじゃなく呼び捨てにしてる!名前じゃなくて苗字だけど、嬉しいにも程がある!
そしてさりげなく私の隣に座ってきた。ひえ!
とりあえず手をぱんぱんとして、ハンカチで口元を拭った。自分1人ならこんなことしないけどね。
「チキンサンドです。バイト先でまかないとしてもらったので。」
「バイト先?」
「はい。あっちにある飲食店なんですけど、これ持ち帰り部門で人気No. 1なんですよ。」
店の方を指さすと、先輩が「ああ。」とうなずいた。
「あそこね、友だちが結構好きでよく持ち帰りで買ってるよ。俺もたまーに付いてくけど、そっか、ソロウいたんだ。」
まさかの情報。え、私あそこで働いて半年は経つけど、1回もリネハン先輩見たことない。他の生徒はわりと買いに来てるけど、先輩は見たことない。見たらすぐにわかるはず。てことは私が休みの日か奥に引っ込んでる時に来ていたのだろうか?
「じゃあ今度持ち帰りで買いに行ってみるね。みんな美味しいって言うし気にはなってたんだ。」
ぜひお待ちしてます、と言いたいけど、働きまくって汗だくだくの私を見られるのはちょっと。
「あんまり遅いと混んでたり品切れとかも出たりするので、ゆっくり選んで確実に買えるように早めの時間がいいですよ。学校帰りとか、夕食前とか。」
「なるほど、わかった。」
店で働いてる人の情報は助かるよ、と先輩は笑顔で言ってくれた。
嘘は言ってないのよ、だってこのチキンサンド人気高いし売り切れになりやすいし、初めて来るんだったら何買うかゆっくり品定めしたいものじゃないの。そこに私の微妙な乙女心が加わった結果というだけ。
「ところで先輩はなぜここに?」
「親戚があっちに住んでるんだけど、そこの末っ子に勉強を教えてるんだ。」
「だから昨日も遅い時間に歩いてたんですね。」
「そうそう。」
「いわゆる家庭教師じゃないですか。さすが先輩、すごいです。」
「さすがってね……。そんな大層なものじゃないよ。来年から初等教育校に通うから、それまでの予備知識を教えてるだけ。」
そうは言っても初等前の子に教えるってことは、知識を噛み砕いてわかるように説明するってことだから簡単に見えて難しいことだと思う。こういうのって、基礎と応用の合わせ技だと思うし、やっぱり先輩はすごい。
「いやーそれにしても人が食べてるの見ると自分も腹が減るな。買い食いして帰ろうかな。」
と言って、ちらほら空いてる店を目で物色する先輩に、「あの!」と声をかける。
「さっきのサンド、もうひとつあるんです。良かったら食べませんか!」
そしてチキンサンドが入った紙袋を先輩に突き出す。
「なんか催促した言い方になっちゃったね。気を遣わせたよね、ごめん。大丈夫だよ。」
こちらが気を遣わないようにそう言ってくれたんだろう、なんて大人なんだ。たった2歳差、されど2歳差。
「催促とか思ってないです。先輩、店の商品食べたことないんですよね?これ味見ってことで食べてみて下さい。まかないの貰い物で申し訳ないんですけど。」
私が買ったものじゃなくて、いただきものをまわしてるだけでごめんなさい。でも同じ商品なんで。美味しさとかクオリティに差はないんです。
そんな感じで勧めると、リネハン先輩は少し考えた後に受け取ってくれた。
「ありがたく頂くよ。腹減ってるし、めちゃくちゃ嬉しい。時間も時間だし、食べながら帰ろっか。」
ということで、本日もリネハン先輩と一緒に帰ることになった。2日も連続で一緒に帰れるなんて。
隣では私が渡したチキンサンドを頬張りながら歩く先輩がいる。こんなシチュエーション、過去の私はきっと想像もつかないだろう。
食べ盛りなのだろう先輩はあっという間に食べ終わった。なのに口や手が汚れてない。育ちが良さそうだ。対する私は……まあ、人と人は比べちゃいけないんだよ。そうだよ。
その後、今日の学校での出来事とか、私のバイトの話、先輩が教えているという従兄弟の話など、何だかんだで話題は尽きず話が途切れることもなく、気がつけば女子寮の門についていた。
「今日も送ってもらってありがとうございます。」
「いやいや、こっちこそサンドイッチありがとう。それじゃ、またね。」
「はい。また。」
そうして先輩は手を振った後、少し先にある男子寮へと帰っていった。先輩が門の中へ入り、その姿が見えなくなるまでこっそり見ていたのは内緒の話。




