年上の人 1
「あぁああぁあああ」
ペンを投げて机と頬が仲良くこんにちは、という状態でべたりと倒れ込む。
誰だよテストあるって分かってたのにがっつりバイト入れて、めちゃめちゃ苦手な魔法科学の勉強怠った奴。ほんと誰だよ、いや私だね。だって貧乏学生だからお金ほしいのよ、今週人足りないから入ってくれたら給金に色をつける、なんて言われてはやるしかない。
その結果、補習となってこんな感じでひーひーしている。
ということをしている私ーーステラ・ソロウは、早くに病で父と母を亡くした。当時住んでいたところはそれはそれはたいそうな田舎で、医者を1日かけて山超えて迎えに行ってまた1日かけて連れてこないといけないようなところで、医療とはとんと縁のない場所だった。寒い冬の日だったことも関係しているかもしれない。両親は伏せってからあっという間に亡くなってしまった。
そんな感じで天涯孤独となったけど、そういう過酷な土地だったから子どもは村の宝というふうに大切にされた。衣食住、誰かしらが助けてくれたのだ。料理を教わり、掃除を教わり、洗濯を教わり、田を耕すことを教わった。
そうして数年天涯孤独感を感じずに過ごしていたある日、迎えがきた。死んだことの比喩表現ではない。
父の弟と奥さんが来たのだ。手紙を送ったけど返事が来なくなって心配だから様子を見に来たとのことだった。
確かに手紙は来ていたのだけど、この村で字を読み書きできるのは父と母だけで、娘の私が教わる前に逝ってしまったため来る手紙は全て放置していた。
2人が死んでから数年の話をすると、叔父叔母は来るのが遅くなってごめんと泣きながら謝り、私に少し汚れたロケットペンダントをくれた。開いてみると、そこには赤ん坊の私を抱いた父と母が幸せそうに笑っている写真が入っていた。叔父が父からもらって以降ずっと大事にしていたらしい。
そして叔父と叔母は一緒に暮らさないか、と提案してくれた。父と母の忘れ形見である私を失いたくないし、守りたいのだと言う。彼らは子どもを望んでいたけど、授かることが出来なかったからなおのこと引き取りたかったと後に教えてもらった。
そんな感じで私は養子となり、1人家族から3人家族へと戻った。
叔父と叔母は遠くの街で小さな店を営んでいて、忙しい毎日でも私を疎かにすることなく大切に育ててくれた。文字や数字などの教育を施し、初等教育校に行かせてくれた。ある程度の年齢になると店の手伝いもさせてくれて、この店を私が継いだ方が良いのかなと考えていたときだった。
「魔法中等教育校に行ってみない?」
叔父叔母にそう言われた。
15歳で初等を卒業すれば、通常のご家庭は各地区にある総合中等教育校に行くものだ。どの教科も満遍なく学べるから私も総合に行くつもりだった。魔法も初等でやるようなものとか家庭魔法しか使っていないし、専門的な学校に行けるほどの実力も必要性も感じない。
だが叔父が言うには、この学校でちゃんと魔法を教われば今よりも力はつくし一生ものと中等教育校の先生に言われたらしい。そんな話を聞きながらもらった資料を見ていると、端っこに一定の成績を有せば段階的に学校にかかる費用が免除されると書いてあったので私は行くことを即決した。1番下のランクでも総合に行くよりも安い。総合はこういう制度がない。
ここまで叔父叔母に良くしてもらったので、中等でかかる費用を抑えて、ありったけの知識を得たかったというのが1番の理由だ。
そんな感じで叔父叔母から離れ、試験をクリアし、わりと倍率の高い全寮制魔法中等学校に入学したのだった。全寮制であの授業料は安い。
座学と実技があり、総合得点で免除のランクが決まる制度で良かった。なぜなら、座学の魔法科学が破滅的だということが初っぱなの第1回試験で判明したからだ。それでも他の試験の成績は良かったから、免除のランクは中の上。でも全額免除ではないので、バイト三昧ということだ。
叔父叔母は頼ってくれと言ってたけど、私はそこまで頼る気はないので、村で培った体力と気力で頑張ってみせる。
「おいー、終わったぞー。」
私が書いたプリントを採点してぴらぴらと見せつけるこの男性(青少年よりの顔)が担任にして魔法科学の教師たるマクナイト先生と言い、人あたりがよく生徒たちから人気のある人だ。あと御歳28歳にしては童顔で、本人は気にしてるらしくそのことを絶対言ってはいけないと代々先輩から後輩に言い伝えられている。ちなみに「若々しい」というのが本人談。
「お前ね、取りにこいよ。」
と言いつつ、マクナイト先生は私のところまでプリントを持ってきてくれる。
差し出されたプリントを受け取ると、90点と合格点を超えていた。3度もやり直した甲斐があった。まあ、一緒に補習受けたみんなはもう終わって帰ってるけど。なんなら外も暗いけど。
「もう力尽きてボロ雑巾レベルなんですぅ。立てないんですぅ。」
残り少なかったインクがさらに減った。帰りにインク買って帰ろう。
ぼんやりとインクを見ていたら、目の前にマクナイト先生がどさり、と座った。
「補習受けてボロ雑巾になりたくないなら、もうちっと勉強頑張りなさい。お前、俺の授業のときわりと集中力が切れてるでしょ。気合い入れて聞け。」
正論ですね。そしてさすが担任なだけあってよく見てるね。
「それができたら苦手科目なんてないです。できないから苦手なんです。」
「何偉そうなこと言ってんの。俺の授業だぞ?やれ」
何で上から目線なんだ。お?やんのか?
すみません、マクナイト先生様ですもんね、ごめんなさい。調子乗ったっていって退学にしないで。
「マクナイト先生。」
「んー?」
「先生はここの生徒だったんですよね。」
「そー。」
「魔法科学好きだったんですか、得意だったんですか、だからここの教師になったんですか?」
「……ボロ雑巾のわりに、元気に矢継ぎ早に聞くじゃないの。」
まだ立ち上がる気力がないからだらだら話したい、そんなお年頃なのだ。そういうと、先生は笑って飴をくれた。即食べた。アホほど使った後の甘いものって美味しく感じる。染みるよー。
「ありがとうございます。それで、どうなんですか?」
「どの授業も好きでも嫌いでもなかったよ。でもなんやかんやで魔法科学を専攻するようになって、結果こうしてここで魔法科学教えるようになったわけ。」
「ふーん。」
そのなんやかんや聞きたかった。初等科で作文を書いた時に先生に言われたよ。なんやかんやとか色々とかじゃなくて、その中身を書いて欲しいって。マクナイト先生よ、つまりはそういうことなのだ。
でも深掘りして話してたら時間も遅くなる。寮の門限は決まってるし、そろそろ学校を出る必要があるのだ。
起き上がってインクやペン、返されたプリントを鞄にしまって先生に軽く礼をする。
「飴ちゃん、ご馳走さまです。それじゃさようなら!」
「飴ちゃんって……気ぃつけて帰れよー。」
ついうっかり癖で飴ちゃんって言っちゃった。補習でげっそりして頭が働かないせいだな。
椅子に座ってひらひら手を振る先生を尻目に急いで教室を出ていった。
補習が終わり、廊下を早歩きする。窓の外は夕焼け空。今は冬よりの秋なので日が落ちるのも早いからそんなに時間としては遅くないだろうけど、できれば今日インクを買ってから寮に帰りたい。
走ると怒られるので、可能な限り早歩きしてるというわけだ。決してそういう競技じゃない。
たまぁにすれ違う先生方におつかれ、と挨拶される。試験終わり時期だからこんな時間に残ってるから補習だとバレてるのは当然なので、さようなら、とだけ返事する。
そして学校を出た瞬間にダッシュ。風になれるんじゃない?という錯覚を起こしながらダッシュする。
そうは言っても、最後の1人になるまでずっと補習して身には堪えるものがあった。飴ちゃんだけじゃ力にならなかったよ。橋の上で力尽き果て、橋の端っこによって高欄に身を預ける。この橋を渡り切って右に曲がれば店があって学校の購買より安いインクが買えるというのに力尽きたのが私さ。
「あの、大丈夫?」
髪ぼさぼさでぜーぜーしてる私を心配する声が聞こえる。まあなんて良い人なんでしょう、とそちらを向くと、なんとびっくり。成績優秀でイケメンで穏やかな性格のオールマイティ男子と名高く人気のある3年のレックス・リネハン先輩が私を見ていた。
憧れの先輩ではあるけど、接点ないから話したことなんてない。そんな方から声をかけてもらっているこの状況。
とりあえず、髪をかきあげる風にしてぼっさぼさの髪をそれとなく直した。なんせ年頃なので。
「大丈夫です。」
「それなら良かった。」
「お気遣いありがとうございます、リネハン先輩。」
やば、話したことないのに、いきなり名前呼ばれて何だこいつって思われた?やばやばやばやばい、やばやばい。
「リネハン先輩って何でもできる人なんで、私たち1年の間でも有名なんです。先輩の名前知らない人っていないですよ。」
だから名前知ってるんですよアピールをする。
「いや、俺何でもできるわけじゃないんだよ。」
と困ったように頬をかいて謙遜する先輩。何その仕草、可愛い。そりゃモテるよね。
「えっと……君の名前を聞いてもいい?」
「申し遅れました。ステラ・ソロウです。」
「俺も改めて、レックス・リネハンです。よろしくね。」
補習よ、ありがとう。おかげさまでリネハン先輩と会えるし、話せたし、自己紹介もできたよ。魔法科学ありがとう、ついでにマクナイト先生もありがとう。飴よりいいものもらってたら力尽きることなく風となっていたらこうして先輩に話しかけてもらうことはなかった。
「1年なんだよね。この学校はどう?」
「友だちもできたし楽しいです。ただ勉強を頑張らないといけないんですけど、魔法科学が破滅的に苦手です。」
「あー……あれは専門用語と科学方程式を並行して覚えなきゃいけないから、覚えるまでが大変だよね。」
「はい。なので今回の試験でも補習でした。」
最後には1人残り、しかもマクナイト先生に助言をもらって最終的に合格をもらった旨をリネハン先輩に話す。
「そっかそっか。俺も苦手だったからよくマクナイト先生に分かんないところ聞きに行ったよ。3年では魔法科学ってないから懐かしいなぁ。」
朗報、3年では魔法科学はない!テンション上がるわー。爆上がりだわー。良い情報をありがとうございます。
てか先輩、自分から聞きに行ってたんですね。その努力する姿勢素晴らしいですね。
「リネハン先輩にも苦手科目ってあるんですね。」
「そりゃね。だから何でもできるわけじゃないんだよ。」
でも努力した分の結果が出ていて、それを周りのみんなは認めているわけで、やっぱりすごい先輩なんだなっていう再確認がとれました。
漠然とオールマイティな先輩ってイメージ像があったけど、今日知った事実に妙に親近感を覚えて、私も頑張ろうって気持ちになった。叔父さん叔母さん、私頑張るよ!
「あ、こんな時間に引き留めてごめん!走ってたし急いでたんだよね?」
必死の形相で爆走しているところから見られてた、だと?え、はずかしっ。
なんていう様子はおくびにも出さずに、答える。
「インクを買って寮に戻ろうと思ってたんです。でも明日でも大丈夫なんで。」
まだインクはなくならないだろうけど、明日何で行けなくなるかわかんないし、念のため今日行こうと思ってただけで、大丈夫は大丈夫なのだ。
「インク……もしかして橋の右側の?」
「そうです。」
「俺もそこのインク使ってるよ。」
まさかの同インク。
「じゃあ、これあげるよ。」
そう言って先輩が手に持ってる小さな紙袋を差し出してきた。
「さっきインク買ったんだ。引き留めたお詫びと、遅くまで補習お疲れ様ってことで。」
「えっでもせっかく買ったのに、先輩が困りませんか?」
待って脳内キャパオーバー。
あのリネハン先輩がインクをプレゼントしてくれた?え?うそでしょ?ほんと?夢じゃないよね?現実だよね?
「いいからいいから、はい。」
にこにこ笑ってそういう先輩は突き出した手を戻す素振りを見せない。
「それじゃお言葉に甘えて。」
恐る恐る両手でインクの入った紙袋を受け取ると、先輩は満足げにさらに笑った。
憧れの方の笑顔は破壊力がある。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。あとは寮に戻るだけ?」
「あ、はい。」
「じゃあ一緒に戻ろうよ。」
その後は回れ右して先輩と並んで寮まで歩いた。
他愛無いおしゃべりだったけど、緊張して内容をあんまり覚えてない。
ただ、先輩が私の話を聞いて優しく相槌をいれてくれるのと、暗くてバレてないだろう私の真っ赤になった頬に感じるひんやりとした秋の風が心地好かったことはしっかりと記憶に残っている。
女子寮と男子寮は少し離れた位置にあるのだが、先輩は律儀に女子寮まで送ってくれた。
「それじゃ、またね。」
と言ってた手を振って自寮に戻る先輩。
今日だけで一生分の幸福を使い果たしたに違いない。そう思いながら寮の門をくぐった。
その後いつもどおりご飯を食べ、お風呂に入り、自分の部屋に戻り髪の毛を風魔法で乾かすときに机に置いた先輩からのインク目に入る。
明日もリネハン先輩に会えたらいいな、と思いながらベッドに入ったのだった。




