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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
高校生編

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80/80

第80話 日蝕、神を喰らう(後編)


 ルビコン・コートに、耳が痛くなるほどの重苦しい静寂が満ちていた。

 内野に残されたのは、肩を激しく上下させるショウタ、ただ一人。足元には、システムに抗い力尽きた丸山と智、そして鮮血を流しながらも、その瞳から闘志の炎を絶やさないリカとゆなが、泥のように沈んでいた。

「……無様だね、遠藤くん。これが君たちが後生大事に抱えていた『絆』という名のバグの成れの果てだ。システムに最適化されない命は、こうして淘汰される運命にある」

 九条太陽が、神の指先のように三つの**黄球イエローボール**を同時に、美しく浮遊させる。タイタンズの完璧なフォーメーションが、ショウタを逃げ場のない「円陣の檻」へと閉じ込めた。

 ベンチでは、三宅コーチが教え子たちの姿に泣き崩れ、黒瀬監督が拳を血が滲むほど握りしめて、自らの無力さを噛み締めていた。

 そして、ベンチの隅。

 ハチが、これまでの人生で一度も聞いたことがないような、地の底から響く低い唸り声を上げ、その小さな漆黒の瞳で、死神たる九条を真っ向から睨みつけていた。

「……消去デリートの時間だ。君のノイズも、ここで完全にミュートさせてもらおう」

 九条の冷徹な合図とともに、三方向から黄球が同時放たれた。

 さらに**『フロアシフト』**が、ショウタの踏ん張る足を無慈悲に払い、重心を狂わせる。

 パァァァァンッ!!

「……あ、……ぁ……っ」

【ショウタ:10秒間の強制スタン発動 / 全機能完全停止】

 全身の神経が焼き切れたような麻痺に襲われ、指先一つ、睫毛一枚動かせない。

 極限まで狭まる視界の端で、九条がゆっくりと、この世で最も重く、最も凶悪な殺意を宿した**赤球レッドボール**を手に取るのが見えた。

「……さよなら、不純物ノイズ。君の死が、世界の『正解』を証明する」

 九条の腕がしなり、死の閃光が放たれた。スカイリングを三層通過し、殺意を臨界点まで増幅させた赤球が、無防備なショウタの胸元へと吸い込まれていく――。

 その刹那だった。

 ベンチから、小さな、だが誰よりも速い黒い影が、禁じられたコートへと躍り出た。

「――キャンッ!!」

 ハチだ。

 メタルコープの軍事規格センサーも、九条の神の如き予測AIも、その「非論理的な乱入者」の、愛という名の軌道を捉えきれなかった。ハチがコートの端にある**『ギミック・ディスペンサー』を、全霊の突進で突き飛ばしたのだ。

 

 衝撃でディスペンサーが異常作動を起こし、制御を失った大量の青球ブルーボール**が、ルビコン・コート一面に溢れ出す。

「……っ、何だこの駄犬は! 演算を邪魔するな!!」

 九条の放った赤球が、溢れた青球の群れと接触し、わずかに、だが致命的にその軌道が逸れた。

 その、システムが吐き出した一瞬の「ノイズ」が、ショウタの止まりかけた脳内に、烈火を灯した。

「ヒュー……、……ヒュー……!!」

 肺が鳴る。だが、それはもはや弱き少年の悲鳴ではない。

 スタンで麻痺した肉体の中で、心臓だけが「不規則な逆転のビート」を刻み、強引に全神経を再起動リブートさせる。

 『真の覚醒:不屈のノイズ』。

「……九条。……お前の、冷たいシステムに、……この生きた鼓動リズムは、入ってないだろ!!」

 ショウタは、スタンの残滓を意志の力で踏み潰し、溢れ出した青球と、九条の放った赤球を、左右の手に同時に掴み取った。

「……いくぞ、みんな! ……これが僕たちの、エクリプスの、最後の一投だ!!」

 左腕が、これまでの十六年の人生で最も深く、最も激しく、そして美しく捻られる。

 最終奥義――『千手観音ショット・システム・クラッシュ』。

 逆巻くサイドウィンドに乗り、ギアタワーを粉砕し、スカイリングを逆流する。

 コート上の全てのギミックを「破壊」しながら突き進む、真っ赤な意志の塊。

 それは九条が愛し、依存した「秩序」という名の虚像を、真正面から否定する、圧倒的なカオスだった。

「……馬鹿な、……こんな、物理法則を無視した弾道、……あり得ないっ!!」

 九条の絶叫も虚しく、不規則な閃光が、彼の完璧なはずの胸部装甲を、魂ごと真っ向から貫いた。

 ドォォォォォォォォンッ!!!

 スタジアムが、かつてない衝撃波と熱狂で激しく揺れた。

 ピーーーーーッ!!

【試合終了:タイタンズ 勝利(累積点差による判定勝)】

 ……結果は、皮肉なまでの「敗北」だった。

 点差はわずかに届かず、ボロボロになったエクリプスの五人は、駆け寄った救護班によって担架で運ばれていく。

 だが、スタジアムを支配していたのは、勝者であるタイタンズへの称賛ではなかった。

 コートの中央で跪き、自慢の最高級防護ギアを粉々に砕かれ、震える指先で自分の「正解」の破片を見つめる、九条太陽。

 そして、仲間に支えられながら、血に汚れながらも、最高に晴れやかな顔でミドルシティの空を見上げる、ショウタの姿。

「……勝負には負けたよ。……でも、九条。……お前のシステムは、今、僕たちが、この手で壊したんだ」

 ショウタの言葉を肯定するように、観客席から地鳴りのような拍手と、野良犬たちへの喝采が沸き起こる。

 ベンチで、三宅コーチに抱かれたハチが、誇らしげに鼻を鳴らした。

 ウォッチが、温かく震える。

 パリからの、一言だけの、祝福。

【Tu es un vrai héros(あなたは真の英雄よ)、Shota. ……待ってるわ、新しい物語の場所で】

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