第76話:南風、空を撃ち抜く鼓動
全国大会、準々決勝。
海からの湿った熱気を含んだ風が吹き抜ける会場のボルテージは、最高潮に達していた。
対峙する沖縄代表・南星高校のメンバーは、皆、一様に極限まで軽量化された装備に身を包んでいた。その足元、高反発の特製カーボンシューズが、スタジアムの照明を受けて鈍い、不吉な光を放っている。
「……広島のエクリプスさん。地上でのドッヂボールは、少しばかり窮屈じゃないですか?」
エースの星砂海斗が、重力を嘲笑うように軽やかに跳躍しながら、白い歯を見せて笑った。
「僕たちは、真の風を知っている。……空の上、システムの上には、君たちの泥臭いノイズも、決して届かない」
黒瀬監督が、複雑な気流データが流れるモニターを見つめ、低い声で静かに呟いた。
「……上を向かされるな。首を上げた瞬間、視界の下半分に致命的な『死角』が生まれる。リカ、ゆな。空中戦の頂点ではなく、あいつらが最も無防備になる『着地点』を狩れ」
試合開始。南星高校の動きは、これまでのどの強豪チームよりも立体的で、捉えどころがなかった。
スカイリングの直下に集結した彼らは、内蔵されたスプリングを爆発させ、次々と上空十メートルへ、鳥のように跳ね上がった。
「行くよ! ……サンセットショット・パラレル!」
シューターの石垣が放った黄球が、加速用スカイリングを斜めに通過。リングの磁場干渉により、軌道が直角に近い落差で変化し、地上で踏ん張っていた丸山の足元を急襲した。
「……っ、真上からの九十度曲球!? 冗談じゃねえ、避ける場所がねえぞ!」
丸山が、強引な『神速』の反射で、コンクリートの床を削りながら横に転がる。だが、そこへエース星砂の、待ち構えていたかのような追撃が重なる。
必殺――『スカイライン・ダイブ』。
リングを二重に通過し、人工的な重力加速を纏った「赤球」が、文字通り、紅蓮の隕石となって降り注いだ。
ドォォォォォンッ!!
【丸山 HP:80 →50 / 衝撃警告:下半身駆動に遅延発生】
「……っ、重すぎる! ただの貫通属性じゃない。リングの加速が、全部『重さ』に変換されてやがる……!」
「……智くん、リングの向こう側、あいつらの着地の軌道を、僕たちの『ノイズ』でハックできる?」
リカが、激しく乱れる気流をタブレットで強行スキャンしながら、的確な指示を飛ばした。
「……風の抵抗をパラメータに組み込めば、可能だ。空を飛ぶ代償として、あいつらが地面を叩く瞬間、コンマ五秒の『絶対的停止』が発生する。そこが、僕たちの座標だ」
智が、世界を遮断していたフードを初めて払い上げた。その無機質な瞳が、青球を静かに捉える。
狙撃――『リングインターセプト』。
智の放った球が、南星が利用しようとしていたスカイリングに、逆方向から強行侵入。リングの加速エネルギーを逆相で打ち消し、空中から着地しようとした相手・名護の駆動関節を、ピンポイントで粉砕した。
【名護 HP:105 →45 / 行動不能】
「……よし。空中の檻は壊したよ。ゆなちゃん、特攻、お願い!」
「……合点承知。空を飛んでりゃ安全だなんて、そんなおめでたいルール、アタシが書き換えてやるよ」
ゆなが、バイクで極限のハングオンを見せるような低いフォームから、一気に踏み込み、デトロイトシュートを一閃。
彼女が狙ったのは、選手ではなく、南星が次の跳躍ポイントにしようとしていたギアタワーの天面だった。
タワーが、火花を散らして異常回転を引き起こし、上に乗って体制を整えようとしていた南星メンバーの三人を、無様に振り落とした。
「……空を見上げるのは、もう、終わりだ。僕たちのフィールド(地上)へ、引きずり下ろす!」
ショウタが、深く、深く、肺を焦がすような酸素を吸い込んだ。
肺の音、ヒュー、という喘鳴が、スタジアムに吹き荒れるサイドウィンドの風切り音と、完璧に同期する。
(――ジョスなら、この『不自由な風』を、どう愛するかな)
パリのエース、ジョスリーヌ・ローランがよく見せていた、重力を味方につける優雅な身のこなし。
ショウタは、あえてフロアシフトの急停止によって生じる「殺人的な反動」に身を任せ、その慣性を全て上方向のベクトルへと変換し、自らも高く、高く跳び上がった。
「空中なら、僕のノイズは、もっと自由に、広がる!」
必殺――『千手観音ショット・アセント』。
放たれたボールは、サイドウィンドに乗り、複数のスカイリングを複雑な計算式で通過。加速、急曲折、そして垂直の落差。
空中で、王者の余裕を見せていた星砂が、必死に迎え撃とうとした。だが、リングを通過するたびに物理法則を書き換える不規則なノイズを前に、彼の予測AIは、ついに悲鳴を上げてブラックアウトした。
「……バカな、空の上で、軌道そのものが――書き換わった!?」
ピーーーーーッ!!
【試合終了:エクリプス 勝利(点差 3)】
「……はぁ、はぁ、はぁ……。……本当、に、死ぬかと思った」
ショウタが、汗まみれの床に膝をついた。これまでのどの試合よりも激しい、全細胞を使い果たすようなスタミナ消費。
だが、仰向けに転がって見上げたスタジアムの空は、ドバイの冷たい夜空よりも、ずっと近く、そして温かく感じられた。
ベンチでは、ハチが主人を真似て跳ぼうとしたのか、無様に尻もちをついていた。それを見て、三宅コーチが慈しむような笑顔で、小さな体を抱き上げた。
「……ベスト4だ、ショウタ。よく、踏みとどまったな」
影の中から黒瀬監督が歩み寄り、初めて、ぶっきらぼうにショウタの頭を、ポン、と叩いた。その手の温度は、誰よりも熱く、そして「次」への静かな覚悟を促していた。




